血が、絨毯を染めていた。
この絨毯は、渡来のものでとても高価なのに残念だ。
これは、もう落ちないだろう。
ちょうど夕刻だからか、空もまた絨毯のように染まっていた。
見事な偶然だ。
こういう時、詩を詠めれば格好良いと思う。
詩など詠めないのが悔まれる。
さあ、部下を呼ぼう。
私には、この後始末は出来ない。
残念ながら、こういう事は苦手なのだ。
「何を悩む必要がある。」
それは、冷酷にも身内から言われた言葉だった。
嗚呼、この人は私と違う世界を生きている。
そう思わずには、居られなかった。
あの優しい兄は、もうそこには居なかった。
あの優しい兄は、もう見知らぬ人だった。
時の流れとは、常に残酷だ。
そう、祖父から聞いた。
嗚呼、あの言葉は本当だったのだ。
何が、否、何時からだ。
私は、何故、兄の変化に気付かなかった。
私は、今まで何を見ていたのだろう。
虚構か、将又、せん妄か。
私は、人が変わる様を……、人が適応する様を……、
知らなかったのだろうか。
私の知る兄に、何時から化かされたのだ。
嗚呼、私は何と愚鈍なのだろう。
私には、才が無い。
初めて、そう実感した。
私のような人間を、この世界ではカモと称すのだろう。
私のような人間は、この世界ですぐさま喰われるのだろう。
私は、この先、生きられるのだろうか。
それは、天帝にしか分からない。
きっと、こうして信仰は生まれたのだ。
添える手にこそ、人となりは現れる。
微笑みにこそ、立場が伺える。
僅かに覗く眼差しにこそ、本心は見える。
優雅、それは慎み。
ティータイム、それは戦い。
そう見える、しかし、それは違う。
ティータイム、それは情報共有。
これこそ、真実。
予測は、予測に過ぎず、全てを見通す術など無い。
だから、気を付ける。
賢き者は、憶測を言わない。
例外は、付き物。
しかし、傾向は傾向。
物事は、常に多くを孕むもの。
単純なものなど、ずっと少ない。
闇雲には妻に対して何も言えない質だが、此処では綴らして貰おう。
妻には、どうにも底知れぬ恐ろしさがある。
優しい人だという事は、普段の振る舞いや卒の無い家事などから
犇々(ひしひし)と感じている。
しかし、妙に気迫があり、妙に落ち着いた人だった。
私が今まで会った事の無いタイプの女性で、
あの母からの紹介だった事もあって、結婚した人だったから、
よく知らないのだ。
なんというか、主張が無い。
きっと、違和感はそれだ。
よく笑顔を見せ、私だけでなく家族を気遣う気丈な人だ。
しかし、妻は稀に見せる。
まるで、全てを見透かしたように目を細める。
その目には、研ぎ澄ませた眼差しが覗いていた。
まるで、全てを知ったように口に弧を描く。
その口には、含みのある微笑みが浮ぶ。
それが恐ろしくて、怖ろしくて、堪らない。
妻は、一体何を憶えているのだろうか。
気付いたら、時間は経るものである。
気付いたら、失っているものである。
感じないからといって、油断してはならない。
私は、今、ひっくり返した。
事態は、あっと言う間に変わるだろう。
砂は聞こえぬ音を立て、落ちていく。
流れとは、こうして生まれる。
現状とは、こうして生まれる。
だから、些細な言動にも気を配れ。
物事とは、途端に変じていくのだから。