夫は、言う。
『貴女は、人の本当に見て欲しい内面を見てしまう。
僕も又、それ故、貴女に惹かれ続ける人間の一人だ。』
私には、そんなつもりは更々無い。
唯、見えているだけだもの。
しかし、夫の目には違うように映るみたい。
『僕より優れた人間に貴女を取られてしまう。』
私には、その働く心理が分からない。
しかし、尊重するようにしている。
護衛を付けられ、侍女を付けられ、家から出る際は必ず自家用車。
もしかすると、結婚したのは資産故だと思っているのかもしれない。
それも又、夫と結婚した要因の一つでは在るが、それだけでは無い。
夫は、素晴らしい人だ。
私には、勿体ないくらいに聡明で、理知的な人だ。
しかし、自信が無く、繊細な儚さがある。
それが、今の貴男だと私は思う。
そして、それも又、良いのだ。
妻は、言う。
『優しき人。』だと。
私は、違う。
誰かに貴女を奪われるのが、怖いのだ。
貴女の友人は、男も多い。
そして、その男は貴女を慕い、時には思いを寄せる。
貴女は、いつも華麗に男の手を交わす。
しかし、それすら、魅力的なのだ。
蝋梅(ろうばい)は、良い。
黄みがかった、僅かに透けるような花弁。
上品な仄かな甘い香りは、風に運ばれ、辺りを癒す。
花言葉は沢山在る。
その中でも私は、先見という花言葉が最も好ましい。
今では余り見かけ無いが、本当に美しい。
機会が有れば、ぜひ、立ち止まって見て欲しい。
寒中に咲く姿は、言葉では語れない。
それほど迄に、私には美しいと感じたのだ。
嗚呼、全てが憎らしい。
その善意を、その配慮も、全てに嫌気が差す。
私は、かつてとはそんなにも違うのだろうか。
きっと、これらの現象を無知と言う。
気遣いは美徳だと思う。
しかし、大抵は悪手と成り得るのだ。
自らの実感として思う。
こうして人は、人で無く成るのだ。
対等に見られず、声は届かず、皆、五感を閉ざすのだ。
そして、私は蝕まれ、やがて、言われるのだ。
何を考えているのか、分からないと。
私は、目を覆う。
天才と呼ばれる、同窓の友は眩しかった。
彼ほど優れた才を有する人を、私は知らない。
きっと、代々、これから私の子孫は彼の子孫に仕える事と成る。
何故か、そう確信した。
魅せられるとは、将にこの事だ。
私は、分かっていた。
彼の側に居るのなら、身を削ると。
しかし、彼に仕える事以外、彼に従う事以外、考えられなかった。
だから、私は歴史に遺らぬ天才に仕えたのだった。
私の子孫に問う、彼の子孫に仕えているのか。
「ええ、仕えて居ますよ。
今でも尚、私は彼の子孫に仕えて居ます。
あの時から一度も途絶える事無く、失脚も、没落も、乗り越えて。」
先祖たちの文章を見て思う。
血が滲んでいると。
リアルで血が滲んでいるのでは無い。
思いが籠っている、という意味だ。
私たちの家は、それはそれは古い部類の家だ。
その分、多くの先祖の文章が残っている。
今尚、私自身、間繋ぎの当主とは言え、文章を遺している。
私に子は居るが、孫やその先の世代の事など想像出来ない。
私たちの家は、確かに生き残ってきた。
それは、唯、運が良かったに過ぎない。
だからこそ、恐ろしい。
将来とは、恐ろしい。
私の成している事が、将来の弊害に成らぬ事を祈る。
それだけしか、私は遺してやれぬのだから。