kiliu yoa

Open App
7/26/2024, 4:05:19 PM

私の今の役目は、戦争を起こさせないこと。または、仲裁すること。

要は外交。国家間の外交とは異なる、個人間の外交。

『調停者』とでも言うのだろうか。

それが、我が家の代々の務めだった。

何時の頃からか、始めていた『調停者』。

記録も曖昧なほど昔に、先祖が流れで始めた務め。

その務めを代々受け継ぎ、我らは努めてきた。


もしかしたら、今の世にはもう必要の無い務めなのかも知れない。


しかし、私は『調停者』という務めを辞めない。

何故なら、私は知っている。我が家の人間なら、必ず教わる。

『正解とは、百年後の世の人間が決めること。

 今を生きる人間が決めることでは無い。』

だから、私は続ける。この務めを果たす。

今、私に出来る最善を尽くす。

成果など全く挙げられなくとも、この務めを放棄する訳にはいかない。

先祖から受け継いたものを、後世に伝えるために歴史を紡ぎ続ける。

この『調停者』としての務めを、次の世代に繋げる。


それが今の私に出来る、唯一のこと。

だから、私はこの『調停者』という役を務める。

この『調停者』という務めは、私が後世のために出来る、

最善で在ることを願い、祈る。













7/26/2024, 3:59:08 AM

いつも通り、地下鉄のホームから電車に乗る。

人混みに紛れながら、誤って肩を相手に当ててしまうふりをする。

その隙に、掏(す)る。

それが、俺の日常。


電車に乗ると、すぐにターゲットを見つけた。

身なりの良い、アジア人の青年。

革製のバッグ、ホワイトのシャツに、ネイビーのスリーピーススーツ、

ブルーのネクタイを締め、袖の裾からはシルバーの腕時計が覗いていた。

彼の服装は、明らかに周囲から浮いていた。


電車の中では、決して掏らない。

ターゲットが降りた駅で掏る。

なぜなら、降りた時に気が抜けるからだ。

大丈夫だったと…、掏られなかったと。

警戒が緩む、その時を狙う。


ターゲットが電車を降りる。

俺は、彼の後ろを歩く。

俺は、いつものようにターゲットの肩の当たったふりをする。

その隙に、財布を掏ろうとした。

バッグから手を抜く瞬間、腕を掴まれた。

そこからは何が起こったか、分からない。

視界が回転し、気がついたら、彼は俺を馬乗りにして、

顎にピストルを突き付けられていた。

『殺される。』と思った。

そして、彼は電話していた。

アナウンスからして、救急番号に電話を掛けていた。

そこから、記憶が無い。



気づいたら、病院のベッドの上だった。

そして、ベッドの隣には彼が居た。

「すみませんでした。」と、彼は謝ってきた。

何故、謝られているのだろうか。

悪いのは、掏る側だろう。

呆然としていると、札束と連絡先を渡された。

「すみません。航空券の関係で、もう病院を出なくては行けません。

 何かありましたら、この連絡先に電話して下さい。」

彼はそう言うと、足早に去っていった。


俺、いや、私は彼を見誤っていた。

身なりからして、裕福だから安全な籠の中で育った鳥だと、思い込んでいた。

否、彼は富裕層で貴族だ。籠の鳥に間違いは、無い。

しかし、何か感じた。

金持ち特有の余裕と品の良さに相反するような、

異質なものをピストルを向けられた、一瞬感じた。

容易く人を殺せる側、特有の言葉表せられないほどの何かを感じた。

関わってはならない、本能的に感じるほどの恐怖に駆られた。


彼は、何者なのだろう。

一体、どんな風に生きれば、ああ成るのだろうか。











7/24/2024, 2:31:06 PM

草原に寝そべる。

辺りには何も無く、麗らかな風が年中吹く。

今日は、晴天。

ここでは、公爵家の当主でも、王の従兄弟でも、富豪でも無い、

ありのままの自分で居られる。

ここでは、華美に着飾らなくても、厳しい作法を徹底しなくても良い。

ここだけは、自分の好きな格好、自分の好きな姿勢で居られる。

そよ風が私の頬を優しく触れ、草花は私を癒やしてくれる。


いつも通り、私は草原に寝そべり、顔に軽い読み物を乗せる。

ものの数十秒で、顔に乗せた軽い読み物は浮き上がった。

いや、持ち上げられたのだ。

眩しくて、私は目を細める。

「よぉ。」

低い青年の声がした。私は、この声の主を知っていた。

「王よ、何をするのですか。」

「ここでは、王と呼ぶな。休暇くらい、王の冠を取らせろ。」

「分かったよ、ルイ。」

「おっ、やっと俺の名前を呼んだな。それで良い。

 従兄弟のおまえくらい、俺の名前を呼んでくれ。」

「で、何しに来たの?」

「ランチ出来たってさ。」

「メインは?」

「チキンのステーキ。」

「了解。じゃあ、食べようかな。」

私は、起き上がる。

「カミーユ、おまえいい加減、偏食治せよ。」

「うるさいなー、治そうと思って治るもんじゃ無いんだよ。」

私は立ち上がり、ルイと一緒に別荘に戻った。











7/23/2024, 3:52:13 PM

光沢のある白いシャツに、紺色の小紋柄のネクタイ、

紺色の襟なしのベストの上には、紺色の無地のジャケット。

髪型は、上品なオールバック。

色白い端正な顔立ち、青年だった。


私が齢十八頃、親の薦めで半ば強引にお見合いをさせられた。

相手の家は、私の家よりも高貴な家格と血筋を持つ家で、

正直、私の家とは不釣り合いの見合いの席だった。

「很高兴见到你,我叫蔡 礼静。
(初めまして、ツァイ・リージンと申します。)」

彼は、澄んだ声で静かに名乗った。

こんなに穏やかな声の男性は初めてで、私は内心とても驚いていた。

そして、同時に『ああ、この人は本当に優しい人なのだな。』と、直感した。

「我也很高兴见到你,我叫胡 思涵。
(こちらこそ、初めまして、フー・スーハンと申します。)」

この方に自然と合わせて、私は優しい声で名乗った。

途切れ、途切れの会話ではあったけれど、彼との会話は心地良かった。

私は漢詩が好きだと言うと、彼も漢詩が好きだと教えてくれた。

流れで、庭園に咲いていた梅の花で、互いに漢詩を詠んだ。

彼は、私の詠んだ漢詩を絶賛してくれて、本当に嬉しかった。

この時、初めて漢詩が得意で良かったと思えた。


その後、彼との見合い話は順調に進み、今は彼と夫婦となった。

今でも彼は昔と変わらず、優しく穏やかで静かでありながら、

今では、揺るがぬ軸が在るように思う。

そんな夫のことが、堪らなく愛おしい。

いつも、ありがとう。そして、あなたを誰よりも愛しているわ。

                       あなたを愛する妻より














7/1/2024, 2:19:09 PM

窓を開けようとした時、一瞬だけ小さく白い光が見えた。

窓を開けた瞬間、私の左肩は紅く染まった。


ゆっくりと血飛沫が空中に舞い、遅れて強烈な痛みが走る。

私は、衝撃で後ろに倒れる最中であった。


噫々、此処が私の最期の場所か。

悪くない、むしろ良いくらいだ。

生家で死ねるなんて、夢にも思わなかった。

まだ、実感が湧かない。

幾度も死際を潜り抜けてきたから…だろうか。

いつもなら、逃げ切れると確信する。

しかし、今回は違う確信が頭を過ぎる。


『死』の文字が、何度も頭を過ぎる。

熱かった左肩は、徐々に冷たく、左腕の感覚は無に等しい。


ガチャ…、玄関のドアが開いた音が聞こえる。

トン…、トン…、トン…。倒れている私に、足音が近づいて来る。

カチャ…。ピストルのロックを外す音が、左から聞こえた。

「さらば、哀れな者よ。」男、否、青年の冷たい声が聞こえた。

まだ若いのに、その腕前か。

なんと、世界は不平等なのだろう。

バン…。ピストルを発砲した音を最期に、私の意識は事切れた。












Next