光沢のある白いシャツに、紺色の小紋柄のネクタイ、
紺色の襟なしのベストの上には、紺色の無地のジャケット。
髪型は、上品なオールバック。
色白い端正な顔立ち、青年だった。
私が齢十八頃、親の薦めで半ば強引にお見合いをさせられた。
相手の家は、私の家よりも高貴な家格と血筋を持つ家で、
正直、私の家とは不釣り合いの見合いの席だった。
「很高兴见到你,我叫蔡 礼静。
(初めまして、ツァイ・リージンと申します。)」
彼は、澄んだ声で静かに名乗った。
こんなに穏やかな声の男性は初めてで、私は内心とても驚いていた。
そして、同時に『ああ、この人は本当に優しい人なのだな。』と、直感した。
「我也很高兴见到你,我叫胡 思涵。
(こちらこそ、初めまして、フー・スーハンと申します。)」
この方に自然と合わせて、私は優しい声で名乗った。
途切れ、途切れの会話ではあったけれど、彼との会話は心地良かった。
私は漢詩が好きだと言うと、彼も漢詩が好きだと教えてくれた。
流れで、庭園に咲いていた梅の花で、互いに漢詩を詠んだ。
彼は、私の詠んだ漢詩を絶賛してくれて、本当に嬉しかった。
この時、初めて漢詩が得意で良かったと思えた。
その後、彼との見合い話は順調に進み、今は彼と夫婦となった。
今でも彼は昔と変わらず、優しく穏やかで静かでありながら、
今では、揺るがぬ軸が在るように思う。
そんな夫のことが、堪らなく愛おしい。
いつも、ありがとう。そして、あなたを誰よりも愛しているわ。
あなたを愛する妻より
窓を開けようとした時、一瞬だけ小さく白い光が見えた。
窓を開けた瞬間、私の左肩は紅く染まった。
ゆっくりと血飛沫が空中に舞い、遅れて強烈な痛みが走る。
私は、衝撃で後ろに倒れる最中であった。
噫々、此処が私の最期の場所か。
悪くない、むしろ良いくらいだ。
生家で死ねるなんて、夢にも思わなかった。
まだ、実感が湧かない。
幾度も死際を潜り抜けてきたから…だろうか。
いつもなら、逃げ切れると確信する。
しかし、今回は違う確信が頭を過ぎる。
『死』の文字が、何度も頭を過ぎる。
熱かった左肩は、徐々に冷たく、左腕の感覚は無に等しい。
ガチャ…、玄関のドアが開いた音が聞こえる。
トン…、トン…、トン…。倒れている私に、足音が近づいて来る。
カチャ…。ピストルのロックを外す音が、左から聞こえた。
「さらば、哀れな者よ。」男、否、青年の冷たい声が聞こえた。
まだ若いのに、その腕前か。
なんと、世界は不平等なのだろう。
バン…。ピストルを発砲した音を最期に、私の意識は事切れた。
品の良い、しかし、何か蠢くものを感じる微笑みを貴女は浮かべる。
美しく、儚げで、聡く、穏やかな貴女。
貴女のような人を、きっと妖艶というのだろう。
貴女が私のもとを去ってからは、すべてが灰色だ。
貴女さえ居れば、もう他には何もいらない。
貴女が望むものなら、何だって叶えよう。
私のすべてを貴女にだったら、捧げていい。
だから、どうか、戻ってきて欲しい、私のもとに。
純白の肌、月白の髪、紫翠の眼を持つ、そよ風みたいな貴女。
キャペリンとワンピースを好み、とても似合っていた貴女。
生涯で貴女ほど、愛した人は他に居ない。
今でも忘れられない、否、決して忘れたくない。
私の初恋の人。
「さようなら、わたしが最も愛した人よ。」
貴女はそう言って、私のもとを去っていった。
「なんと、哀れな。」
青年は、不敵に笑う。
青年の目線の先には、肥え太った男がいた。
肥え太った男は欲に目が眩み、青年の誘いに魅せられて、たった今失脚した。
肥え太った男は、何やら喚き立てている。
しかし、青年に肥え太った男の喚きは届かない。
肥え太った男は、知らなかった。
欲に目が眩む、恐ろしさを。
他人を蔑ろにした、代償を。
興味が無ければ、人は居ないも同然であることを。
昔、好きだった童話がある。
この童話の世界には、暴虐を尽くす王様から民を守る、4人の騎士の話。
彼らに名は無く、代わりにそれぞれ東西南北と呼ばれていた。
私は、その中でも南の騎士が大好きだった。
彼は、4人の中で最も強かで敵だろうと味方だろうと容赦はしない。
彼には、柔軟な体術と鋭い洞察力を持ち、文武両道の強さがあった。
何より、決して子供を殺さない。
常に弱者の味方でありながら、冷酷さも持ち合わせている。
矛盾した強さを持つ、彼に幼い私は憧れた。