過ぎれば、どんなに長い月日も……本当にあっと言う間だ。
私の家は、彼の家に仕えて、もう2245年目になるように。
そして、私の家は今尚、家を、一族を保ち続けている。
正直、今の時代には家や一族など必要無い。
貴族制は廃れた上、この国では、みな等しく同じ教育が受ける権利がある。
身分問わず、好きな職に就く権利が保証されている。
だから、正直、家は必要無い。
では、何故、家や一族を保ち続けているのだろう。
と、疑問に思うだろう。
それは、簡単だ。
唯、昔話がしたいからだ。
家を保ち続けるのも、
古くからの友人を亡くしてしまうようで、寂しいからだ。
過去を忘れられてしまったら、それはもう無かったことになってしまう。
それが、何よりも恐ろしく、怖いのだ。
あの時、共に乗り越えた困難の記憶も、
あの時、共に分かち合った記憶も、
忘れ去られてしまったら、もう元には戻れなくなる。
だから、私の家は時を紡ぐ。
私にとっての時を紡ぐとは、先祖代々の記憶を語り継ぐこと。
忘れてしまわぬように、無かったことにならぬように、
長年、紡いできた糸を解けてしまわぬように、
私の家と彼の家、他の縁ある家々は、
今日も又、家を保ち続ける為、互いに助け合い、努めている。
「もう、貴方とはお別れです。」
そう、彼女から告げられた。
私は、その言葉に何も思わなかった。
私自身、薄々感じていたから。
「そうですか。分かりました。今迄、有難う御座いました。」
私は、彼女に頭を下げた。
「こちらこそ、今まで、ありがとうございました。」
そう言って、彼女も頭を下げた。
「私自身、もう別れだと感じていましたから。」
微笑もうとしたけど、少しぎこちなくなった。
「では、さようなら。」
そう言って、彼女は私に背を向け、去っていった。
最後の最後まで彼女は、涙の一滴も見せず、颯爽としていた。
きっと、こういう彼女の姿に……私は惚れ込んだのだろう。
一筋の涙が流れる、私を見ぬように夕日は……もう沈んでいた。
彼は、いつも私の先を歩む人だった。
彼の家に私の家は、代々仕えてきて実感する。
彼らは、天才だということに。
その所以は、明確だ。
いつの時代も彼らは、正気を保ち続け、飄々としていた。
いつの時代も彼らは、俯瞰的で合理的で、冷静な判断を瞬時に下した。
だから、私の代まで家は続いてきた。
正直、悔しくて羨ましかった。
その一種の人間離れした、天賦の才が欲しかった。
私も、いつの時代も正気を保ち続けたかった。
しかし、それは叶わない。
何故なら、彼と私は、他人なのだから。
至極、当然のことだと思うだろう。
だが、私は気が付かなかったのだ。
何せ、彼と私は、対極的な人間なのだから。
対極な人間……だからこそ、互いの欠点を補うことが出来た。
だからこそ、彼の家と私の家は、現在まで続いたのだ。
どきどき、ばくばく…。
心臓の鼓動を表す、それらの言葉はとても的確だ。
わたしは、今からあの人に逢いに行く。
正直、不安だった。
あの人に、この想いを伝えて拒絶されたら……。
それでも、あの人に想いを伝えたかった。
その一心で、あの人に文を送った。
「姫さま、来られました。」
従者が御簾に声を掛ける。
「どうぞ、お入りになって。」
御簾から澄んだ声が聞こえた。
「失礼いたします。」
私は、御簾の中に入る。
貴女は、今日も柔らかく微笑んで迎えてくれる。
噫々、なんと暖かいのだろう。
「わたくしに何か、お話しが有るようですね。」
「はい。」
貴女は、いつも本当に察しの良い方だ。
「今更ではありますが、わたしの妾になって頂けませんか。」
私の声が僅かに震える。
「はい。その申し出、喜んでお受けさせて頂きます。」
貴女は、目に涙を浮かべながら震えた声で応えた。
「申し訳ありません。
もう、あなたさまには……逢えぬとばかり思って居りましたから、
嬉しくて、涙が零れてしまいました。」
懺悔するように、貴女は心内を打ち明けてくれた。
「そうだったのですね。」
私は、貴女を抱きしめた。
「不安な想いをさせて、申し訳ない。
これからは、貴女に不安な思いをさせぬよう努めて参ります。」
いつもより貴女は、華奢で小さく感じた。
妻は、嫉妬しない。
例え、僕が他の女と寝ようとも…。
例え、僕が他の女と付き合ってても……。
全く、嫉妬しない。
というか、寧ろ僕に興味が無い。
僕は、見合いの席で必ず聞いていた。
「結婚後も、女遊びして良い?」って。
今までの女性たちは、僕との縁談を断った。
しかし、彼女…後に妻となる人は違った。
「私には恋愛感情?を理解できないから、別に良いよ。
私を束縛しないなら、不倫も浮気も歓迎するよ。」
と、平然と…至って真剣に応えた。
その応えを聞いた時、この人だ!と思った。
だから、僕は彼女と結婚した。
現在も妻とは、互いに束縛しない、良好な関係が続いている。
改めて、人と人との心地良い関係は十人十色だと感じた。