「もう、貴方とはお別れです。」
そう、彼女から告げられた。
私は、その言葉に何も思わなかった。
私自身、薄々感じていたから。
「そうですか。分かりました。今迄、有難う御座いました。」
私は、彼女に頭を下げた。
「こちらこそ、今まで、ありがとうございました。」
そう言って、彼女も頭を下げた。
「私自身、もう別れだと感じていましたから。」
微笑もうとしたけど、少しぎこちなくなった。
「では、さようなら。」
そう言って、彼女は私に背を向け、去っていった。
最後の最後まで彼女は、涙の一滴も見せず、颯爽としていた。
きっと、こういう彼女の姿に……私は惚れ込んだのだろう。
一筋の涙が流れる、私を見ぬように夕日は……もう沈んでいた。
彼は、いつも私の先を歩む人だった。
彼の家に私の家は、代々仕えてきて実感する。
彼らは、天才だということに。
その所以は、明確だ。
いつの時代も彼らは、正気を保ち続け、飄々としていた。
いつの時代も彼らは、俯瞰的で合理的で、冷静な判断を瞬時に下した。
だから、私の代まで家は続いてきた。
正直、悔しくて羨ましかった。
その一種の人間離れした、天賦の才が欲しかった。
私も、いつの時代も正気を保ち続けたかった。
しかし、それは叶わない。
何故なら、彼と私は、他人なのだから。
至極、当然のことだと思うだろう。
だが、私は気が付かなかったのだ。
何せ、彼と私は、対極的な人間なのだから。
対極な人間……だからこそ、互いの欠点を補うことが出来た。
だからこそ、彼の家と私の家は、現在まで続いたのだ。
どきどき、ばくばく…。
心臓の鼓動を表す、それらの言葉はとても的確だ。
わたしは、今からあの人に逢いに行く。
正直、不安だった。
あの人に、この想いを伝えて拒絶されたら……。
それでも、あの人に想いを伝えたかった。
その一心で、あの人に文を送った。
「姫さま、来られました。」
従者が御簾に声を掛ける。
「どうぞ、お入りになって。」
御簾から澄んだ声が聞こえた。
「失礼いたします。」
私は、御簾の中に入る。
貴女は、今日も柔らかく微笑んで迎えてくれる。
噫々、なんと暖かいのだろう。
「わたくしに何か、お話しが有るようですね。」
「はい。」
貴女は、いつも本当に察しの良い方だ。
「今更ではありますが、わたしの妾になって頂けませんか。」
私の声が僅かに震える。
「はい。その申し出、喜んでお受けさせて頂きます。」
貴女は、目に涙を浮かべながら震えた声で応えた。
「申し訳ありません。
もう、あなたさまには……逢えぬとばかり思って居りましたから、
嬉しくて、涙が零れてしまいました。」
懺悔するように、貴女は心内を打ち明けてくれた。
「そうだったのですね。」
私は、貴女を抱きしめた。
「不安な想いをさせて、申し訳ない。
これからは、貴女に不安な思いをさせぬよう努めて参ります。」
いつもより貴女は、華奢で小さく感じた。
妻は、嫉妬しない。
例え、僕が他の女と寝ようとも…。
例え、僕が他の女と付き合ってても……。
全く、嫉妬しない。
というか、寧ろ僕に興味が無い。
僕は、見合いの席で必ず聞いていた。
「結婚後も、女遊びして良い?」って。
今までの女性たちは、僕との縁談を断った。
しかし、彼女…後に妻となる人は違った。
「私には恋愛感情?を理解できないから、別に良いよ。
私を束縛しないなら、不倫も浮気も歓迎するよ。」
と、平然と…至って真剣に応えた。
その応えを聞いた時、この人だ!と思った。
だから、僕は彼女と結婚した。
現在も妻とは、互いに束縛しない、良好な関係が続いている。
改めて、人と人との心地良い関係は十人十色だと感じた。
銀の瞳、淡いうす茶色の髪、整った東欧の顔立ち。
俗にいう、美青年であった。
彼の雰囲気は、なんと言えば良いのだろう。
どこか儚げで……そう、本当に生気が無かった。
虚空を纏っているような……人間離れした雰囲気だった。
死神がいたならば、きっと彼のようなのだろう。
実際、彼は処刑人だった。
処刑ならば、大人だろうと…子どもだろうと、平然と殺せる人間だった。
いつからか、高額な暗殺にまで手を染めるように成っていた。
だから、彼はこんなふうに成った。
人間らしさの欠片も、彼は失ってしまった。
だから、人々は彼をこう呼んだ。
『死神』と。
なんと、馬鹿らしいのだろう。
己のことながら、そう思う。
気が付いた時には、もう……何も遺っていなかった。
気が付いた時には、かつての私は何処にも居なかった。