「あなた……、愛しきあなた。」
私の頬は、紅く染まる。
「どうしたの、聴こえているよ。」
出来る限り、冷静に返事をする。
「あなたのもとに嫁げて、本当に幸せだったわ。
わたしを愛してくれて、本当にありがとう。」
貴女に強く、抱きしめられる。
「礼を言うのは、こちらの方だ。
私も貴女と過ごす日々は、本当に幸せだった。
私を愛してくれて、本当にありがとう。」
私も、強く抱きしめ返す。
嗚呼、もう別れか。
婚姻する前から、聞いていた。
しかし、予想より……ずっと早かった。
ただ、それだけ。
溢れそうになる涙をぐっと堪え、優しく微笑む。
貴女を見送る、その時まで……
貴女が好きだと言ってくれた、笑顔で居たいから。
「若いね。」
久しぶりに、そう言われた。
こう見ても、わたしは五百歳くらい。
彼女のように千年以上生きた方から見ると、わたしは未だ若いらしい。
「よく頑張ったね。」
そう言われ、頭をよしよしされた。
「うん!」
嬉しくなって、子どもみたいな返事になった。
恥ずかしい。
久しぶりに褒められて、舞い上がってしまった。
「いやだった?」
そう、彼女に問われた。
「ううん、違うの。久々に褒められたから、舞い上がってしまって、
恥ずかしくなっただけ。ありがとう。嬉しかった。」
久々に自分と同じ種族と出逢って思う。
この思い出も、あっという間に共有できなくなるのかなって。
人間のように、本当にあっという間に居なくなってしまうのかなって。
「大丈夫だよ。私は人間じゃないから、あっという間に居なくならない。」
「うーん、それなら二百年後、また会おう。」
「いいの?」
「うん!」
「じゃあ、ここで会おう。」
「うん!」
「じゃあね。」
「またね。」
これが貴女との出会い。
今日、貴女と5回目の約束。
あのときは、千年先まで続くとは思わなかった。
遠くで貴女を見つけ、わたしは手をふる。
貴女もまた、手をふりかえしてくれた。
「久しぶりね。」
わたしは、いつものように舞い上がって言う。
「久しぶり。」
貴女もまた、いつものように微笑み、そう言う。
「お久しうございます。我が主君よ。」
「嗚呼、久しいな。遂に私を主君と認めたか。なんの心変りだ。」
「わたくしは、かつての貴方様からの仕打ちを忘れ訳では御座いません。
しかし、其れ以上に貴方様から賜わった恩が御座います。
ですから、わたくしは貴方様を主君と崇め、尽力させて頂きます。」
「かつての仕打ちについて謝罪させてほしい。本当に済まなかった。」
「はい。貴方様からの謝罪、聢と受け取らせて頂きます。」
「お覚悟。」
「嗚呼。」
あなたの凛とした声は、静かに響き渡る。
和多志は今日、あなたに刃を向ける。
今迄、あなたから受けた恩を……和多志は仇で返してしまう。
和多志は……あなたを殺す。
唯一、あなたが望んだ願いを叶えるために。
初めて、あなたを殺すために剣を交える。
あなたの戦法は、知っている。
もう、何度も、何度も、叩き込まれた。
最初は守りに徹し、相手を油断させ、その隙を付く。
相手の集中の糸が切れた、その瞬間をあなたは必ず付いてくる。
単純だが、強力な戦法。
だが、短期決戦に持ち込まれれば、その戦法は崩れる。
和多志は、それを知っている。
だから、和多志は一直線にあなたの心臓を貫いた。
「見事なり。」
和多志の頬を水滴がつたい、急いであなたの、母上に駆け寄る。
「強く成ったな。」
「母上……。」
「ありがとう。わたしの願いを叶えてくれて。…人間に戻してくれて。」
「死なないで、くれ。」
嗚咽が止まらない。
「いやよ。」
嬉しそうに母上は、笑う。
「よく聴いて。失敗して良い、完璧で無くて良い、
万事最善を尽くし、例え短くとも、懸命に生きよ。」
最期の、最期まで凛々しく、穏やかな人だった。
「母上、和多志は……あなたに命を拾われ、
あなたの子として、生きられて、本当に幸せだった。」
「お姉さま……。」
「どうしたの、そんな不安そうな顔をして。」
お姉さまは、優しく微笑む。
「以前、お姉さまとお会いした時より青白く、痩せらたように感じます。」
「ふふふ。」
飾り羽のついた扇子で、お姉さまは顔を覆う。
「お姉さま、どうか、ご無理なさらぬように。」
「ええ、代替わりが終わったらね。」
お姉さまは、覚悟が決まっている瞳をして居られた。
「お姉さまに、神のご加護がありますように。」
「ふふふ、ありがとね。愛しきあなたにも、神のご加護がありますように。」
お姉さまは優しく、わたくしの頭を撫でた。
「じゃあね。I love you.」
「I love you, too.」