暖かく、麗らかな、中性美を纏う、魅惑の貴女。
そよ風のように、私に触れる貴女。
凪のように、穏やかな貴女。
竹のように、靭やかな貴女。
蝶のように、軽やかな貴女。
何人たりとも惚れぬ、母鷹のように凛々しい貴女。
貴女の前では、青薔薇も色褪せる。
貴女の温もりは、巨万の富も価値を成さない。
この世で最も深く愛す、貴女。
私の妻として、子どもたちの母として、貴女は幸せでしたか。
貴女の、風花のように澄んだ声を……鈴のような笑い声を……
どうか、もう一度だけ、聴かせて……。
もっと、もっと、上に成らなければ……。
もっと、もっと、強く成らなければ……。
あの頃は、かなり思い詰めていた。
強さばかりを追い求め、いつも努めていた。
強く成らねば、生きる意味は無い。そう、感じるほどに。
己の有する全ての才能を、研ぎ澄ませることしか……眼中に無かった。
若さ故に……無知が故に驕り、傲慢だった。
かつて、誰よりも完璧で無ければ、己を許せなかった。
かつての己は、苛烈で独善的だった。
まるで反面教師にしていた、師匠のように。
何も考えず、いとも容易く、躊躇も無く、淡々と命を奪ってきた。
命の重さは、皆等しく同じだ。
重罪人とて、それは変わらない。
かつて、命を奪うことは己を強くする手段の一つでしか無かった。
でも、今は違う。
今の己は、命を奪うことの重さを知っている。
己の強さは、他者を思い遣らねば、成立しないことを知っている。
研ぎ澄ませてきた……己の強さは、他者が苦しまぬ為に在る。
高みを見るのでは無く、眼の前のことに集中する。
そして、その一瞬が生涯に幕を閉じる者の『人生』を決めるのだと思う。
あの純粋さを持ち続けたかった。
なんて、今更思う。
過去は悔いぬ、変えられぬものには、固執はしない。
幼き頃、親に存分に甘えたかった。
しかし、もうあの時には戻れない。もう、家族はいない。
誰一人として、もう此の世にはいない。
もう……やっと……血の呪縛から逃れられた。
そう思っていた。
そして、気が付いた。
一度、汚れた手は……もう二度と綺麗になることは無いことに。
此れこそが、血の呪縛という事に。
ハハハッ…、嗤える。
まるで、悲劇の主人公みたいに滑稽だ。
ひどく嗤える話しだろ?
嗤ってくれよ、…………頼むよ。
笑ってくれよ、…………子どもみたいに。
帰り道は、何気に好きだ。
当たり前の風景は夕日で朱や紫に染まり、
昼に見る風景とは、又異なる風景に変わる姿が好きだった。
家々には、明かりが灯り始める。
日が暮れ出すと、「家に帰りたくない。」と親に訴える、子どもたち。
走って、帰える子どもたち。
ふと、家庭環境によって、そのあたりは変わることに気づく。
今の子どもは、働くことが出来ないことの方が多い。
子どもたちがたくさん遊べたり、勉強や部活に集中できる良い面も有る。
しかし、子どもが親から逃げられないという、悪い面も有るように思った。
私の偏見だが、そういう親の子どもほど、頼れる人が居ない気がした。
いつか、私が大人に成れたのなら、
そういう子どもたちの第三の居場所を作りたいと思った。
家や学校、職場の次に永く居れる場所。
もしくは、家や学校、職場より永く居て良い場所を作れたらな。
空間は難しいとも、そういう逃げれる場所を提供したいと思った。
休めることは、大事だ。
私の故郷は、乾燥した内陸の国で主に貿易で栄えた街だった。
ここの人々、いや、この辺り一体の人々は男も女もよく働く。
時間があれば、仕事を探し、交渉し、働くほどである。
それを見て育った子どもたちも、また、よく働く。
たまに、働き過ぎだと感じるほどである。
彼らは、贅沢を好まない。
これは、旅路の話しである。
私の旅路の移動手段は、荷が多い時はラクダ。普段は馬が多い。
しかし、私の案内人は皆、馬にも、ラクダにも、乗らない。
何故かと問うと、贅沢に慣れると困るからと、口を揃えた。
そして、彼らは僅かな空白の時間を見逃さない。
休む時は短くともしっかり休み、働く時は短くとも真面目に働く。
恐らく、その習慣が彼らを支えいるように感じた。
だから、この街やこの辺り一体は、貧しくとも栄えたのだろう。
と、ふと思った。