kiliu yoa

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10/7/2023, 12:39:47 PM

 拳を握り締める。

 手を開くと、血が流れていた。

 私の悪い癖が出た。

 感情を抑えるために、必死に握り締めた拳。

 私は、多くの……数え切れないほどの……人を殺した。

 殺人は、罪だ。

 例え、それが上からの命令だとしても……。

 私は、数々の戦場で……数多の理由から……、

 多くの、途方もない数の人を殺してきた。

 なのに、どうして、私は………、

 一度たりとも……罪を問われることも、罪を裁かれることも、無いのだ。

 自己の選択で、多くの人々を殺した。

 多くの人々の人生を狂わし、奪ってきた。

 なのに、どうしてだろう。 

 私は、疾うの昔に…人を捨てたからだろうか。

 それとも、職務を全うしてきたからだろうか。

 私は、何故、罪を裁かれないのだろう。

 罪の無き、人々までも……平然と殺してきた。

 なのに、どうして、私の罪は裁かれない。

 どれだけ、王に懇願しても、叶わない。

 本来なら、疾うに処刑にされるべきなのに。

 私のような者は、生きるために多くを奪える者は……、生きてはいけない。

 私のような者は、いつか…必ず…又…罪を犯す。

 なのに、王は……部下たちは……同業者たちは……この国の民たちは……、

 皆、そんなことはないと……、あなたは被害者だと……、私を慰める。

 その優しさが、どうしようもなく、辛かった。

 私の重ねてきた、重罪ともいえる罪は……いつ裁かれるのだろうか。
 




 

 

10/4/2023, 11:26:17 AM

 美しく舞う。

 その人は、凛としていて……誰よりも、泰然自若な人だった。
 
 たとえ、なにをいわれようとも、いつも、己の正しさを貫く人だった。

 舞いは、その人の全てを映すと思う。

 舞いをどれだけ努めたか、どれだけ表現したいか、どれだけ想っているか。

 だから、舞いには……その人の思いが籠もる。

 その人の舞いは 力強く、かろやかで、やわらかい。

 そして、指先から爪先の細部まで、美しい。

 決して、観客を退屈させない……それどころか、魅せられる。

 その人の舞いには、人を惹き込ませる力が在った。

 恐らく、それほどまで、その人は……舞いに命を賭けているのだろう。

 たった一つ、その振り付けに 鮮烈な思いを籠める。

 いつか、必ず…わたしは、貴方とともに舞う。

 それが、わたしの夢だった。


10/2/2023, 10:32:04 AM

 運が良い。それは、生まれながらに在ると思う。裕福な家に生まれたり、

 良い親の元に生まれたり、『運が良い』の基準は人により…様々だろう。

 どうしようも成らないことは、この世に沢山在る。

 恐らく、どんなに時代を経ても、種類は変われど、ずっと残り続ける。

 でも、困難を乗り越えた先に学べることは多い。

 だから、苦労して、努力して、成功した人は、口々に『私は、運が良い』と

 言うのだろう。

 私は、まだ、『運が良い。』とは、到底、言えそうに無い。

 私は、まだ、私より苦しみ…乗り越えた人を、この目を通して

 見たことは無い。

 私は、まだ、私より苦しんだ人を聞いたことは…無い。

 内心、分かってる。

 見聞きしたことが無いからと言って、存在しないことには…ならない。

 私が見聞きした事が、全てでは……無い。

 でも、どうしても、まだ、飲み込めないのだ。

 頭では分かっていても、感情が追いつかないのだ。

 きっと、私は……まだ、無知なのだ。

 だから、まだ認められないのだ。

 私より、苦労してきた人々のことを……。

 私は、世間知らずの只の子どもだということが、まだ認められないのだ。

 

 
 

 

 

9/30/2023, 11:48:53 AM

 人生は、退屈だ。

 物語の主人公たちのような優れた才能も、悪に対抗するほどの志しも、

 和多志は持っておらず、周囲に流され、生きてきた。

 和多志は、凡人。

 其れは、兄様や弟たちを見ていて、幼いながらに感じた。

 兄様のような聡明さも、弟たちのような優れた身体能力も、

 和多志は持ち合わせて居なかった。

 だからと言って、不幸では無かった。

 若き時は、兄弟たちの持つ天賦の才が羨ましくて……堪らなかった。

 幼き頃、兄弟の中で……和多志にだけ、優れた才が無いことに苦しんだ。

 大人になり、気がついた。

 優れた才が無いからと言って、人の価値が決まらぬことに……。

 だから、理想の自分に成れないことを、恥じなくて良いことに……。

 例え、理想の人生を歩めなかったとしても、それを恥じなくて良い。

 一日一日を精一杯…生き抜くことは、決して…容易なことでは無い。

 苦しくとも…辛くとも…生きてきた和多志や貴方を、何よりも誇って良い。
 
 苦しみを生き抜いてきた、和多志や貴方なら……。

 きっと、大丈夫。 

 和多志や貴方の生きる明日は…、未来は…きっと明るい。

 和多志は、そう信じてる。

9/29/2023, 4:42:22 PM

 壁一面の本棚には、ぎっしりとすみずみ迄、本が隙間なく詰められている。

 一人しか座れぬほどの大きさの座卓は、窓に面していた。

 当時には、珍しく…畳ではなく、板が敷き詰められていた。

 障子越しに通る光は、僅かで薄暗かった。

 座卓近くに、高く書物が積まれていた。

 しかし、決して乱れては居らず、むしろ整頓された印象を受けた。

 住人の匂いは無く、僅かにイグサの香りと鉄の香りがした。

 極めて清潔で、洗練された部屋だった。

 この部屋の住人は、かつて…拷問を生業にしていたと、誰が思うだろう。

 彼は、かつて『かがち』と呼ばれていた。

 幼少の時より、拷問を仕込まれ、童の頃から才の片鱗を見せていた。

 ひどく大人び、冷酷に淡々と仕事をこなす子どもの姿は、なんとも異様で、

 恐ろしかったと云う。

 だから、人々は口を揃えて…こう呼んだ。

 『輝血(かがち)』と。

 八岐の大蛇の目のように、赤く染まり輝く…鬼灯の実のようだと。

 そして、彼は若君と出会う。

 若君は、全くと言っていいほどに、彼を恐れなかった。

 彼を気に入り、人間として、友人として、信を置く側近として扱った。

 しだいに、彼は無表情だが感情が豊かになり、人間みを取り戻していった。

 やがて、彼は多くの部下から持ち、信頼され、尊敬される人間と成った。

 若君には、慇懃無礼な態度だったが、そこが気に入られていたと云う。

 生涯に通し、若君に忠を尽くした彼。

 この部屋は、彼が若君から最初に与えられ部屋だった。

 その後、様々な功績から屋敷を与えられた。

 しかし、生前の彼は、この部屋を手放すことは無かったと云う。


 

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