壁一面の本棚には、ぎっしりとすみずみ迄、本が隙間なく詰められている。
一人しか座れぬほどの大きさの座卓は、窓に面していた。
当時には、珍しく…畳ではなく、板が敷き詰められていた。
障子越しに通る光は、僅かで薄暗かった。
座卓近くに、高く書物が積まれていた。
しかし、決して乱れては居らず、むしろ整頓された印象を受けた。
住人の匂いは無く、僅かにイグサの香りと鉄の香りがした。
極めて清潔で、洗練された部屋だった。
この部屋の住人は、かつて…拷問を生業にしていたと、誰が思うだろう。
彼は、かつて『かがち』と呼ばれていた。
幼少の時より、拷問を仕込まれ、童の頃から才の片鱗を見せていた。
ひどく大人び、冷酷に淡々と仕事をこなす子どもの姿は、なんとも異様で、
恐ろしかったと云う。
だから、人々は口を揃えて…こう呼んだ。
『輝血(かがち)』と。
八岐の大蛇の目のように、赤く染まり輝く…鬼灯の実のようだと。
そして、彼は若君と出会う。
若君は、全くと言っていいほどに、彼を恐れなかった。
彼を気に入り、人間として、友人として、信を置く側近として扱った。
しだいに、彼は無表情だが感情が豊かになり、人間みを取り戻していった。
やがて、彼は多くの部下から持ち、信頼され、尊敬される人間と成った。
若君には、慇懃無礼な態度だったが、そこが気に入られていたと云う。
生涯に通し、若君に忠を尽くした彼。
この部屋は、彼が若君から最初に与えられ部屋だった。
その後、様々な功績から屋敷を与えられた。
しかし、生前の彼は、この部屋を手放すことは無かったと云う。
9/29/2023, 4:42:22 PM