『E』、私を仮にそう云おう。
仮に、私と対になる者を『W』と呼ぼう。
Wは、Eとは多くが異なる人だった。性別は勿論、価値観も異なる。Eとは異なり、Wは人を愛すことも愛されることも知っている人だった。
EとWの決定的な違いは、仕事への考え方だった。
Eは、何よりも依頼主からの指示に従順で忠実だった。Wは、何よりも独善的で、依頼主からの指示を平然と無視した。
Eは忠実さと従順さで、此の地位を掴んだ。しかし、Wは己の技力のみで、此の地位を掴んだ。
其れが…其の紛れもない事実が…Eには、辛かった。なによりも、残酷で…不平等な現実だった。Eには、運命に抗い、戦う知恵も…考える事さえ、無かった。
竹のように靭やかなで、蓮華のように泥の中でも咲く花のように生きる、W…貴方のように成りたかった。
『生き方は、人…其々、ふたつとして同じ人が居ないように、ふたつとして同じ生き方は存在しない。だから、己の生き方を恥じる事は無い。』
此の言葉を貴方から聞いた時、私は膝から崩れた…視界がぼやけ、涙が溢れて、溢れて、止まらなかった。
今迄、何度も…呪い続け、縛り続け、否定し続けた生き方が報われたように思えた。
言葉には、霊が宿る。言葉には、力があり、重みがある。見えるものでは、決して無い。しかし、多くの人々が計り知れないほどの永い時間を掛け、変化させ続けて来たものだ。
謂わば、言葉とは其の土地の歴史であり、文化であり、様々なものの根底なのだ。
今の時代は、遠く離れていても誰とでも連絡できる。
その言葉の相手と自分自身に与える影響力と重みを、気軽に連絡することが出来てしまうからこそ、実感することは難しいと思う。
言葉には、人の人生を変える力がある。
たった一言で…人を殺めることも、人を救うことも、出来てしまう。
言葉は、『諸刃の剣』という事実を決して忘れては無らない。
朝日が、昇る。
朝の光は、とても気持ち良い。私の隣には、小さな手紙が置いてあった。
其の手紙は、愛する人からのものだった。
『朝を一緒に迎えられなくて、ごめんなさいね。』と綴られていた。
私は、貴女の繊細な気遣いに惚れたのだ。いつも相手を思い遣る、そんなところに。
貴女は、魔性だ。一度惚れたら、手放せない…どんな人でも骨抜きにしてしまう。貴女には、私以外にも愛する人が他に幾人も居る。其れでも、誰も貴女を手放さない。
其れどころか、私はより貴女に執着している。
貴女は、私を愛しているが一番では無い。運命は、とても残酷だ。生涯で貴女ほど愛している人は、私は居ないのに。
布団から、仄かに貴女の…ラベンダーの香りが鼻を掠めた。
私たちの生きる世界は、修羅の道だ。
此の家で生まれたら、気に入られ…養子に成ったら、最後だ。もう人の道は、歩めない。もう、陽の目を見ることは叶わない。此処は、まるで巫蠱の壷の中みたいだ。子どもたちを城館に閉じ込めて、序列の順位を競争させ、最後まで生き残った強い者を作り、兵器として使う。
最後まで生き残った者、其れが私だ。
偶然、生き残った訳では無く、私が殺したのだ。頂点に成るために、生き残る為に、平然と多くの人を殺した。あの頃の私は、何も思わなかった。何も感じなかった。生きる為の行為でしかなかった。
兵器として、生きてきた。傀儡みたいに、生きてきた。常に虚ろだった。あの頃の記憶は殆ど覚えていない。其処だけ記憶が抜け落ちていた。
今の私は、あの頃とは違う。命を奪うという意味を知っている。
ガス灯が道を照らす。闇夜にはとても心強いだろう。
然し、わたしの様な生業の人間には少々仕事がやり辛くなる。
科学の発展は、喜ばしい事だ。人々の暮らしは、便利になり、豊かになる。
やはり、時代が進むに連れて、わたしのような常夜で生きる者の肩身は狭く変るようだ。
良いことでは、或るが何だか複雑な気持ちに成った。
難しいことは、止めよう。今日は、折角の久々の休みだし。
帰ったら、煙管か水煙草を吸って…ウイスキー…いや、ウォッカに檸檬を入れて、窓を開けて街の灯りを眺めよう。
此れが休日のわたしの至福の時だ。