約束なんて大嫌いだ。
「ずっと一緒にいてほしい」
「なら、約束しましょ?」
何が約束だ。互いを縛り付けるだけ縛り付けて、その実はなんの強制力もない幻覚。
わかっている。彼女のせいではない。彼女だって死にたくなかった筈だ。殺されさえしなければ、約束通り、俺の側にいてくれた筈なのだ。
……本当に?
「最近、嫌な夢を見る。君がいなくなってしまう、一番の悪夢だ」
「なら、あなたがその悪夢を見るたび、本物の私がかっこよく現れて、それをどーんとふっとばしてあげるね」
頼む。変わらぬ笑顔を向けないでくれ。もう、今の俺にとっては、君自体が悪夢になってしまった。
だから……。
「だから、また次の悪夢でも会おうね。ずっと一緒の、約束」
もう……俺を縛り付けるだけの約束を増やさないでくれ。
また会いましょう
踊りを強制する愉快な音楽。脇目も振らず走り回る子供達の楽しげな笑い声。遠くの空に消えていく赤い風船に、ガタン、と聞こえた後、落ちていく悲鳴。
そして、そんなきらびやかな世界を眺めながら、長い長い行列の最前線に地味で場違いな男二人が並んでいる。
そう、これは俺と、俺がこうゆう煩い場所が苦手だと知っておきながらも「暇そうだから」という理由でネタ集めの同行人に選びやがった作家仲間である。彼いわく、恋人同士で遊園地デートするシーンを書こうと思い、リアリティ追求の為実際にジェットコースターに乗る、らしい。
何故?何故俺なんだ?こいつに女友達などいないのは知っているが、何故わざわざ俺を巻き込むんだ? というか、それなら他の奴らだっていいじゃないか!何でよりによって俺なんだ!?
いつにもなく感情が高ぶっているのを感じる。というか、不満と理解不能でどうにかなりそうだ。
怖い、乗る前から怖い。何故、何故こんな危険な物にわざわざ金を払ってまで乗るのだ。大体、スリルだけなら推理小説でいくらでも味わえる、なのに何故……。
隣にいる作家仲間を見やる。彼は平然とした顔だ。まるでこれが日常の一コマであるかのように、当たり前のようにそこにいる。
俺は違う。いつも通りじゃない。
そもそも、溢れんばかりの本物カップルを観察する方が格段にためになるだろう。別に俺が同行する必要などないのでは。それに気づいた瞬間、俺はハッとして彼を見る。
その口角が上がっていた。
こいつ、俺が怖がっているのをわかっててわざと連れてきたのか。 最悪だ。何で気づかなかった……!?
ジェットコースターがホームに帰ってくる。彼に買ってもらった大好物のチュロスを握りしめ、口に押し込みながら覚悟を決める。
大丈夫、死ぬことはない。安全バーもあるし、落ちたとしても死ぬような高さではないはずだ。きっと、きっと大丈夫。
……存分に振り回され、がたがたふらふらになった後、追い打ちで間髪入れずにお化け屋敷に連れていかれたのだが、どうなったかはお察しの通りだ。
スリル
俺はよく、空を飛ぶ夢を見る。
夢を見る頻度こそ減ったものの、子供の頃から現在に至るまで、様々な夢の中でずっと空を飛ぶ夢ばかり見ていた。
翼で、というよりかは、自分だけ重力を無視して泳ぎ回るようにして、晴天でも、嵐でも、存分に楽しんでいた。
そして、それがあまりにも楽しいせいか、目が覚める度に、「ああ、また夢だったのか」と思ってしまうのである。
だからといって、現実でも飛べるように背中に翼があったほうが良いとは思わない。
そもそも、人間の重さでも飛べる翼となると、身体の何倍も大きく、体重の何倍も重いものとなる。そんなものを背中に担ぎながら歩けるわけがない。それに、白鳥を見るとわかりやすいが、翼を羽ばたかせる為に胸筋も鍛えないといけないし。
夢のことを考えた後にそんな夢もないことを考えながら、ベランダに雨宿りに来た烏達を見ていると、もふもふして、暖かそうで、この時期には特に羨ましく感じる。
ふむ、身体を包む為の小さな翼なら、有ってもいいかもしれない?
……いや、仰向けで寝れなくなる。やはり、人間の身体に翼は合わないようだ。
飛べない翼
冷たい夜風が容赦なく頬を刺してくる中、ベランダから遠くの空き地で揺れ動く雑草達を見下ろしている。さらさらさら、枯れ葉が擦り合う音を想像しながら、水筒に淹れた緑茶を一口飲み込んだ。
あの空き地は、俺がこの部屋に引っ越してくる前からあの状態であり、数年に一度除草剤を撒かれ、更地に戻される以外は殆ど放置されている。
丁度この時期になると、背高草の中に白くてモコモコとした物が混じり、それに反射して狭くも見事な月明かりの波が生み出されるのだ。
俺に植物の知識はないし、しっかりと調べた訳でもないが、多分、稲穂のようなあれはススキだと思う。あそこを通りかかる度に息のあったウェーブにつられて見上げてしまうのだが、俺よりも背の高い彼らは二メートル以上はあるだろう。
しかし、こうして上から見てみると、緑色の割合が段々と増えている気がしてくる。除草剤のせいだろうか?
彼らの揺らめきをこうしてぼんやりと眺めていることも、この季節に待っている楽しみの一つなのになぁ。
ススキ
薄暗い六畳の部屋。その三分の一を占める本棚の整理をしていると、時々、ものすごい不安が脳裏をよぎる。
俺の末路は、いつかこれに押し潰されるといった物ではないだろうか、と。
小説やら辞書やらがぎっしりと積められた四つの本棚は、どれも壁に固定されておらず、なおかつ一つ一つの段がばらばらでただ重ねただけになっているので、本をさしこむ度にくらくらと揺れる。地震が来れば真っ先に倒れるのではないかと思う程に目に見えた危険だ。
布団で寝ている時も、書斎机で仕事をしている時も、ただ、この部屋にいるだけでも。本が増える度に段を組み立て、天井ぎりぎりまで成長してしまった四つの本棚が倒れてきた時、そこに逃げ場はない。
大好きな本に押し潰される最期……俺としては、幸せな部類の末路な気がして……。
……いや、危険な状態を放置する訳にはいかないだろう。今度、良さげな固定方法を考えなければ。
脳裏