ありがとう、ごめんね。
感情を表すのが苦手な俺が、とりわけ上手く言うことができなかった言葉。
それで何度苦労したか。
それで何度後悔したか。
違う、何もない訳じゃないんだ。ちゃんと感謝も謝罪も俺の中にある
あるんだ。なのに出てこない。
そしてまた、冷たい人になっていく。
そんなどうしようもない人間と共にいてくれる人たちにありがとうを。
そんなどうしようもない人間を心配してくれる人たちにごめんねを。
ありがとう、ごめんね
ここから部屋を見回すと、少しだけ広く感じる。が、そんなことはない。
4台の本棚に、見た目と大きさを無駄にこだわったアンティークな書斎机。そして、今も足元を囲む本や原稿用紙が所狭しと積み重なり、倒れ、とっ散らかっている。
文章を書くためだけに存在するこの空間。
しかし、スランプや憂鬱時にこうして部屋の片隅で膝を抱え、執筆道具の一つになっていると、段々と部屋の全容が現れる。
好きな物だけの世界。とても狭い世界だ。
部屋の片隅で
ただ傍にいて欲しいのに
口から出るのは拒絶ばかり
称賛と慰めが欲しいのに
口から出るのは卑下ばかり
時々、胸の内に抱いた感情と、それに伴う言動が全くの逆さまになるときがある。
天邪鬼や嘘つき……という訳ではないと思うのだが。
いかんせん感情とは複雑で矛盾した物であり、直そうにも直せない。
何故こんな反応をしてしまうのだろうか?
弱い自分を見て欲しくないからだろうか?
それとも単に恥ずかしいだけなのか?
自分のことなのに分からない。
ただ一つ言えることは、この反応を制御できればきっと何倍も楽になり、後悔は半分で済んだだろうということだ。
逆さま
布団に入って目を瞑っていたら、ふとアイデアが浮かんだ。
仕方ない。ぬくぬくとした布団から渋々抜け出し、部屋に満ちた冷たい空気に浸されながら、明かりもつけぬままささっとノートに綴る。
よし、これでいい。満足半分、あったか布団に早く帰りたい思い半分にノートを閉じようとした、その時。
また、アイデアがふっと浮かんだ。
そして、悟った。
あぁ、始まってしまった。
はた迷惑な幸せの時間が。
今夜は確実に眠れないだろう。
冷えていく指先を高揚で震わせながら、俺はわざとらしく口角を上げた。
眠れないほど
幼い頃は、烏になりたかった。
真っ黒で、艶めいて、夕日に向かって飛んでいく彼らが落としてくれた風切羽。
それを拾い集めていれば、いつか俺もそれを身に纏い、彼らと共に飛んでいけると思っていた。
今も見つけたら集めてはいるが、烏に本気でなれるとは思っていない。
高校生の時は、ただ一人になりたかった。
静かで、孤独で、しかし、誰にも邪魔されずに本を読んでいられる。
そんな世界にいられたら、きっとこんな自分でも生きていけると思っていた。
別れを告げた者たちも、今も共にいてくれる者たちも、どちらも、総て人生には必要不可欠だったと思う。
今は、このぼんやりとした夢を、どうにもならない現実の狭間で見ていたい。
どうだろうか。あまりにも厳しくて恐ろしい現実に尻込みして、曖昧な夢など押し殺してしまうだろうか。
まぁ、なんだかんだここまで生きてきた俺なら大丈夫、という確信もある。
夢と現実