烏羽美空朗

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11/8/2022, 12:36:35 PM

意味がないこと。
それは、この生総てだ。

……などと言ったら、彼女はどんな顔をするのだろうか?
昔の、何もかもが大好きで大嫌いな、死にたがりの俺に戻ってしまったと失望されるだろうか。

いつか死ぬのに何故生きる?
総て無くなるのに何故生きる?
閉じた瞼の裏側で、過去の俺から問われ続けるその問いに、俺は未だ答えられずにいる。

今は、無意味だとは思っていない。
思っていないのは真実なのだが……
生きる意味。それを上手く伝える術も今の俺は持たない。

強いて言うなら、こうして脳みそを塗りつぶしていく思考たちを文字に変換し、文章として原稿用紙を汚していくこと。
そして、それを誰かと共有し、何かしらの意味を持たせること。
それが、俺の生きる意味かも知れない。

意味がないこと

11/7/2022, 1:22:48 PM

ゴミはないけど生活用品も足りない部屋の真ん中で、今日も彼は本と原稿用紙に押し潰されながらすやすやと眠っていた。
まるで事件現場のようなその光景に最初の頃はいちいち慌てていたが、意外にも穏やかな彼の寝顔を何度も見せられるうちに、今ではすっかり慣れてしまった。むしろ、今日はしっかりと眠れているんだ、というホッとした安心さえも感じてしまう。

とりあえず上に乗っかっている本を退けたり、原稿用紙を順番通りに集め、机の上に置いたりと彼の発掘作業を始める。もちろん、気持ち良さそうな彼を起こさないように。
毛布を掛けてやったら、次は夕食作り。
どうせ今日も何も食べていないんでしょ?

どんなにどんなに彼を思い、奉公し、共に過ごしても、私はずっとファン一号。彼の鋭い瞳はいつも文字を睨みつけ、私のことなどほとんど放ったらかし。彼の頭の中にはいつでも作品のことばかりで埋め尽くされているの。私が入り込む隙なんてない。

でも、そんな真っ直ぐな彼が、私は大好き。
作品だけじゃない。最早執筆することが自分の心臓を動かすのに唯一必須だと思いこんでいるかのような、そんな、目を離したら忽然と消えていそうで、どうにもほっとけない彼自身が大好き。

あなたとわたし

11/6/2022, 12:09:57 PM

黄色い線を超えると、朝から降り続いている細やかな雨がふわりと空に漂い、じっくり、しっとりと俺の髪を濡らしていく。
一時間弱乗ってきた電車に別れを告げ、改札を抜ける。ぱっぱっと周りに開いていく傘に合わせるようにしてこうもり傘を開き、道なりに歩き出した。

正直、雨に濡れるのは心地良くて大好きなのだが、観光名所でもあるここでびしょ濡れになりながら歩くのは流石に目立つし、下手すれば変質者だと思われるだろう。
ただでさえ俺は伸び切った髪に鋭い目つき……自分で言うのも何だが、人相が悪いのに。

それはそれとして、緩やかな坂になった道路を道なりに進んでいくと、目的地の神社に辿り着く。
今、ここの庭は紅葉が始まり、老若男女がカメラやスマホを片手にごった返し、みんなして上を見上げている。時々知らない言語を話している若者たちとすれ違ったりとなかなか楽しげなことになっている。

雨が降っているというのに、かなりの人数だなぁ。と少々げんなりとしながらも、この場所が好きな人間がこんなにもいることに嬉しさを感じつつ合間を通り抜け、遠くの鳥居へと向かう。
俺の目的はあれの向こう、毎年この季節になると、この日の為に労力と時間とお金をかけて育てられてきた見事な菊が参道に並べられるのだ。

自信に満ちた佇まいで観光客を待ち受ける背高の菊たち。その景色は毎年見ておきたいと思うくらいには素晴らしいものだと思っている。しかも今日は雨粒の飾り付きだ。周りに植えられた樹木たちも含め、その情景はいつもとは一味違う神気を纏っているだろう。

今降っている雨が、優しくて柔らかな物だということに感謝をしなければ。

もしこれが強くて激しい雨であったら、誰もが屋根の下に隠れ、菊たちも傷つけられる。そうなったら総てが台無しだった。

よかった、よかった。俺はずっと広がる灰色を見上げ、ふっと微笑んだ。

柔らかい雨

11/5/2022, 1:12:09 PM

眠りの水面下より沈みゆき、ここは深海である。
光のないこの世界では、目を動かす必要がない。一欠片の光さえも得られない場所では、眼球は何の意味も持たなくなるからだ。だから、俺は決してこの瞼を開かない。ついでに身体も動かさない。

……と、思いこんでいたかったのだが、とうとう寒さに耐えきれなくなって、うつ伏せになるようにして恐る恐る寝返りをうち、綿が萎んでへなへなになった敷き布団とふわふわ感を失った毛布の間に隠れるようにして冷たい身体を埋め込む。
俺は、真夜中に目を覚ましてしまった。

正確な時間はわからないが、まだまだ暗く静かなところを見るに、大体丑三つ時だろう。俺の嫌いな時間だ。
怖い。身体を動かせない。いい大人が何を怯えているんだ。と嗤われるだろう。実際、俺もそろそろ慣れるべきだと思っている。

しかし、怖いものは怖いのだ。何度経験しても、部屋の角に誰かが立ち、こちらを凝視しているかのような。あるいは、天井に誰かが張り付いていて、俺が気づいた瞬間に落ちてくるような。そんな異様な気配を纏った暗闇には慣れない。いつだって恐怖心はあるし、それに飲み込まれないように必死なのだから。
普通の暗闇は涙を隠してくれたり、俺だけの世界をくれたり、大好きな筈なのだが。

あ、しかし。しかし、もう少し朝に近づいた時間帯に見れる、ほんのりと青色に染まっていくカーテンは好きだ。
隙間から一筋の光が射し込んでくると、届かないと知りつつもつい手を伸ばし、その輝きに見惚れてしまう。

その時間になるまで、この恐怖に耐えなければ……あぁ、もう一度眠りの水面下に沈むことはできないだろうか。
俺は震える身体でぎゅうと蹲った。

一筋の光

11/4/2022, 12:05:38 PM

ベランダの外の木が夕日で真っ赤に燃え上がっていたのを見て、俺はなんだか居ても立っても居られなくなり、何の用事もないのに外に飛び出してしまった。

仕方がないのでマンションの周りを大回りするように黄昏を進む。ここら一帯には銀杏の木が道沿いに植えられており、いつの間にか銀杏の実が靴の裏にこびりついていることが度々あるので、気をつけて歩かなければいけない。
適当に羽織ってきたミルクティー色のチェスターコートが冷たい風に揺れる。裾ののれんを通り抜け、後ろで吹き上がる黄色い扇子たちに思わず感嘆の声をあげてしまった。

哀愁……もの悲しいことの意。
漢字に秋と入っている通り、枯れゆくこの季節は確かにどこか哀しい心が芽生えやすい。赤や黄色に熟れたこの世界の先には、真っ白に広がる静寂の冬が待っているのを知っているからであろうか。

今ここで、舞い落ちてくる銀杏の葉を一枚受け止め、大事に大事に取っておいても、冬が来れば他の仲間たちと同じように燃え尽きてしまうのだろうな。

一周し、マンションの入口付近に戻ってくると、近所の一軒家に住むおばちゃんが家の前に散らかった銀杏をやっとこさ掃き集めているのが見えてくる。

あの袋に入れられた葉っぱたちは、もう舞い上がれないのか。
俺は少しだけ、哀愁を理解した。

哀愁をそそる

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