烏羽美空朗

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黄色い線を超えると、朝から降り続いている細やかな雨がふわりと空に漂い、じっくり、しっとりと俺の髪を濡らしていく。
一時間弱乗ってきた電車に別れを告げ、改札を抜ける。ぱっぱっと周りに開いていく傘に合わせるようにしてこうもり傘を開き、道なりに歩き出した。

正直、雨に濡れるのは心地良くて大好きなのだが、観光名所でもあるここでびしょ濡れになりながら歩くのは流石に目立つし、下手すれば変質者だと思われるだろう。
ただでさえ俺は伸び切った髪に鋭い目つき……自分で言うのも何だが、人相が悪いのに。

それはそれとして、緩やかな坂になった道路を道なりに進んでいくと、目的地の神社に辿り着く。
今、ここの庭は紅葉が始まり、老若男女がカメラやスマホを片手にごった返し、みんなして上を見上げている。時々知らない言語を話している若者たちとすれ違ったりとなかなか楽しげなことになっている。

雨が降っているというのに、かなりの人数だなぁ。と少々げんなりとしながらも、この場所が好きな人間がこんなにもいることに嬉しさを感じつつ合間を通り抜け、遠くの鳥居へと向かう。
俺の目的はあれの向こう、毎年この季節になると、この日の為に労力と時間とお金をかけて育てられてきた見事な菊が参道に並べられるのだ。

自信に満ちた佇まいで観光客を待ち受ける背高の菊たち。その景色は毎年見ておきたいと思うくらいには素晴らしいものだと思っている。しかも今日は雨粒の飾り付きだ。周りに植えられた樹木たちも含め、その情景はいつもとは一味違う神気を纏っているだろう。

今降っている雨が、優しくて柔らかな物だということに感謝をしなければ。

もしこれが強くて激しい雨であったら、誰もが屋根の下に隠れ、菊たちも傷つけられる。そうなったら総てが台無しだった。

よかった、よかった。俺はずっと広がる灰色を見上げ、ふっと微笑んだ。

柔らかい雨

11/6/2022, 12:09:57 PM