Yushiki

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6/25/2023, 11:17:46 PM

 荒廃した大地に降り立った元兵士は、彷徨い歩くように辺りを見渡した。
 かつては一面が焼け野原で、そこかしこに敵か仲間か分からない遺体が転がっていた。
 今は何もかもがなかったように取り払われ、けれど、確かに傷付いた跡がそこかしこには残っている。未だ固く衰えた地面はまるで死んでいるようにどす黒く、空も澱みが消えないまま灰色に朽ち果てている。

 自分は何をしに再びこの地に帰って来たのだろう。兵士に目的はなかった。ただあの戦場から自分だけが生き残ってしまった虚しさと、散っていた仲間の無念を思ったら、自然と足がこの場所へ向かっていたのだ。

 しばらく歩くと兵士はぱたりと歩みを止めた。止めた場所には見覚えがあった。ここは戦友が亡くなった場所だった。敵の銃弾からその戦友が、自分を庇ってくれた場所だった。

 兵士は両膝を折り、背を丸めて蹲った。胸の内側から苦しいものが込み上げる。苦しいのに吐き出せなくて、兵士はぎりりと奥歯を嚙んだ。

 ふわりと、柔らかな風が頬を掠めた。この廃れた大地に吹くにはあまりにも柔らかであたたかな感触に、兵士はつい俯かせていた顔を上げる。

 そうして兵士は息を飲んだ。

 見上げた視界に映ったのは、一輪の小さな花だった。
 黒い地面にたったの一輪。たったの一輪だけ白い小さな花弁が咲き誇っていたのだ。
 兵士は無我夢中でその花の元まで駆け寄った。見るからに繊細で、ちょっとでも触れたら折れてしまいそうなほどに細い。
 けれど小さな花は雲間から僅かに射し込んだ日の光を受けて、凛と上を向いていた。まるで何ものにも負けてなるものかという、強い意思を主張するかのように。

 兵士はその花の前で声を上げて泣いた。
 繊細な花の勇敢さと、優しさに、彼の地で亡くなった人々を思い、また自分自身の心もその時だけは許してもいいような気がして。



【繊細な花】

6/25/2023, 9:28:56 AM

 1年後にまた会いに来る。
 そう言って旅に出た友人は1年と経たずにあっさりと帰って来た。俺がどうしたんだと問い質せば、「お前がいないと毎日が退屈でさ、時間が経つのも長く感じたからそのせいかも」と、こちらの力が抜けてしまうような、何とも呑気な答えを寄越してくる。そんな友人の様子を見て自分が安堵しているのを自覚しながら、「バーカ。なら旅に出るなんて言って、俺を置いていくなよ」と、恨みがましくふざけてみれば「・・・・・・だって、俺、お前みたいになりたかったんだよ」と、こっちが全く意図していなかった言葉を吐き出してきたので、俺は僅かに瞠目してしまう。

 こんなこと絶対に言うつもりなんてなかったのに、「俺だって、お前みたいになってみたかったよ」と、ついずっと抱えてた願望を漏らしてしまったら「・・・・・・なんだ、そっか」と、ひどく子供みたいな顔であいつが笑うので、1年後でも、10年後でも、この眩しさだけは変わらずここにあるんだろうなと、俺はまたこいつを羨んでしまった。
 それでもこいつがしばらく経って、再び旅に出るなんて言い出したら、きっと俺は止めることもせずに見送って、また1年後でも、10年後でも、こいつの帰りを待っているのだろうと思う。



【1年後】

6/24/2023, 9:21:01 AM


 息子が迷子になった。
 繋いでいたはずの手からいつの間にか離れ、気付けば姿が見当たらない。慌てて僕は辺りを見回す。
 今日は近所のお祭りで、屋台も並ぶことから気晴らしがてら行ってみようということになり、先月6歳になったばかりの息子と一緒に、こうしてやって来たわけなのだけれども。
 まだ人が多くならない時間帯だからと油断していた。僕はとりあえず、元来た道を戻ってみる。人ごみの間を縫うように歩き、キョロキョロと我が子の特徴を思い出しながら周囲を確認する。

 だんだんと焦りが募ってきた。このまま見付からなければ役員のテントに行って応援を頼もうか。そんな考えが頭に過り始めた時──。


「パパ!」


 後ろから大きな声が響いた。振り返るとあんなに探して見付からなかった息子が、道の真ん中に堂々と立っている。

「パパ、見つけたぁ~」

 どんっと突進する勢いで、息子が僕の腰に抱きついてきた。

「どこにいたの? 探したんだよ」

 息子を受け止めると、見付かった安堵からほっと肩が下がった。息子の目線と合わせるように膝を曲げてしゃがむ。

「あれ? これどうしたの?」

 よく見れば息子の手から水の揺蕩う透明なビニール袋が吊り下がっていた。水の中には小さな赤い金魚が一匹、尾ひれをゆらゆらとなびかせながら泳いでいる。

「もらった」
「屋体の人に?」
「ううん、狐のお面を被ったお兄ちゃん」

 お兄ちゃんがこの金魚について行けばパパのところに帰れるって教えてくれたんだ。

 そう言ってどこか誇らしげな様子で満面な笑みを作った息子は、何故だか少しだけ頼もしくなったように見えた。

 どうやら僕の知らない冒険へ一人で旅立っていたらしい。僕は息子の笑顔を遠い日の自分に重ね合わせる。狐のお面の彼も元気そうだと知って、自分が子供だった頃の懐かしさと、あの頃の感情を思い出した嬉しさで、息子をぎゅっと抱き締めた。



【子供の頃は】

6/23/2023, 6:46:33 AM

 箸が転がるだけで笑える年頃なんてことを言うらしいけれど、さすがに箸が転がっただけでは笑わないし、笑う前に普通に拾うと思う。

 ただ誰かと食事をしていて、ついそれが楽しくて、うっかり手を滑らせては持っていた箸を落とすことくらいはあるだろう。

 もしそんなうっかりで箸を転がしても。
 それさえも楽しく感じてしまうような誰かと一緒に、食べれるご飯があるならば。
 そんな毎日が当たり前にあるならば。

 そんな当たり前に満ち足りた日々を、誰もが持ちえるものになれればいいのに。



【日常】

6/22/2023, 4:14:18 AM

「私の好きな色は何でしょう?」

 目の前の彼女からそんな質問を向けられる。

「どうせその日の気分で毎回変わるんだろ」

 彼女の性格をよく知っている俺は、この答えを導き出せないだろう不毛な問いかけに、さっさと終止符を打つ。

「君の答えは当たっているけど、正解じゃあないよ」

 謎を深めて返ってきた返しに、俺は首を捻った。彼女がふいに微笑む。

「ちなみに今日の私の好きな色は青だよ」

 青と聞いて、俺は幾つか考えを巡らした。

 確か朝テレビでやっていた星座占いが、彼女の今日のラッキーカラーは青と示していたような・・・・・・?

「それとも、お前が昨日の放課後に買っていたノートが青系だったから? もしやお前が今ハマっている漫画のキャラクターの名前が青山だからか? いや、それか・・・・・・」

「・・・・・・。君はずいぶんと私のことを見てるのに、自分のことには超がつくほど鈍感なんだね」

 彼女の言葉に俺は訝しげに眉を寄せる。彼女は「正解に辿り着くにはしばらくかかりそうだから、さっさと学校に行こう」と、俺の左手を取り歩き出す。

 俺は先へ行く彼女に手を引かれながら、思考の続きに没頭していたせいで、俺の左手首に巻かれた青色の腕時計を見た彼女が、至極可愛らしく笑ったところを見逃した。



【好きな色】

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