荒廃した大地に降り立った元兵士は、彷徨い歩くように辺りを見渡した。
かつては一面が焼け野原で、そこかしこに敵か仲間か分からない遺体が転がっていた。
今は何もかもがなかったように取り払われ、けれど、確かに傷付いた跡がそこかしこには残っている。未だ固く衰えた地面はまるで死んでいるようにどす黒く、空も澱みが消えないまま灰色に朽ち果てている。
自分は何をしに再びこの地に帰って来たのだろう。兵士に目的はなかった。ただあの戦場から自分だけが生き残ってしまった虚しさと、散っていた仲間の無念を思ったら、自然と足がこの場所へ向かっていたのだ。
しばらく歩くと兵士はぱたりと歩みを止めた。止めた場所には見覚えがあった。ここは戦友が亡くなった場所だった。敵の銃弾からその戦友が、自分を庇ってくれた場所だった。
兵士は両膝を折り、背を丸めて蹲った。胸の内側から苦しいものが込み上げる。苦しいのに吐き出せなくて、兵士はぎりりと奥歯を嚙んだ。
ふわりと、柔らかな風が頬を掠めた。この廃れた大地に吹くにはあまりにも柔らかであたたかな感触に、兵士はつい俯かせていた顔を上げる。
そうして兵士は息を飲んだ。
見上げた視界に映ったのは、一輪の小さな花だった。
黒い地面にたったの一輪。たったの一輪だけ白い小さな花弁が咲き誇っていたのだ。
兵士は無我夢中でその花の元まで駆け寄った。見るからに繊細で、ちょっとでも触れたら折れてしまいそうなほどに細い。
けれど小さな花は雲間から僅かに射し込んだ日の光を受けて、凛と上を向いていた。まるで何ものにも負けてなるものかという、強い意思を主張するかのように。
兵士はその花の前で声を上げて泣いた。
繊細な花の勇敢さと、優しさに、彼の地で亡くなった人々を思い、また自分自身の心もその時だけは許してもいいような気がして。
【繊細な花】
6/25/2023, 11:17:46 PM