あの日の温もりなんて
もう忘れてしまったよ
だって
思い出すと悲しいもの
もうあの日には戻れない
君をもっと
抱き締めてあげたかったのに
優しくしてあげたかったのに
なんで私ばっかり
温かくして貰っちゃったんだろ
【あの日の温もり】
もし叶うのならば
そっと伝えたい
僕が君をたまらなく好きだってこと
僕がどれだけ君を好きかってこと
僕がどれだけ君に感謝をしてるかってこと
こうして毎月
僕の墓前に花を添えてくれる
今はまだ俯いている君に
【そっと伝えたい】
ひとりきりの部屋の中
ふと頭に浮かんだ君の名を
そっと囁くようにして呼んでいた
あまりにも無意識に口から溢れたせいで
自分でもびっくりしてしまう
耳に残った余韻が
未だ優しく響くものだから
ああそうか
僕は君が好きだったんだと
ようやくゆっくりと自覚したんだ
【そっと】
「これをあなたに渡しておきましょう」
そう言って彼が差し出したものは、手のひらに収まるくらいの、小さな鍵だった。けれど不思議なことに、その鍵には一切の溝が掘られていない。ただの平べったく細い金属の板が、鍵の持ち手の部分から突き出しているだけだ。
「……これはどこの扉の鍵なんですか?」
これじゃあピッキングし放題。
防犯性もあったものじゃない。
目の前の彼はニコリと笑い、こちらを指さす。
「これはあなたの未来への鍵です」
「?」
首を傾げる僕に構わず彼は続ける。
「これから先、あなたの人生にはたくさんのことが起こるでしょう。この鍵に深く溝がつくような、様々なことが。それを良いこととするか悪いことと捉えるかはあなた次第ですが」
僕は黙って彼の話を聞いていた。
僕の手のひらにある鍵が、だんだんと熱を帯びていく気がする。
「さて、あなたの鍵はどんな形になるのでしょうね?」
僕は前方に立つ彼を見据えた。手のひらにのせてあった鍵をそっと握り込む。
「きっとこの世にふたつとない僕だけの鍵を形作ってみせますよ」
僕の答えに彼は満足そうに微笑んでみせる。
「その答えが出ているあなたなら、きっと大丈夫。どうかあなたらしく進んで下さい。いつかの未来の扉の向こうで、再び会えることを楽しみにしています」
そう穏やかに告げて、いつかの未来にいるはずの彼が消え去った。
【未来への鍵】
一面に広がったススキ畑
そよ風が吹くたび優しく揺れる
僕はたくさんのススキに囲まれた中で
キョロキョロと辺りを見渡す
しばらくするとススキたちの影から
君がぴょこんと顔を出す
ああ、良かった
やっと見付けた
さあ早く、うちに帰ろう
【ススキ】