あの子は僕のこと、好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い・・・・・・。
ぷちり、ぷちり、ぷちり、と花びらを毟って地面へ落とす。
もう何度こうして繰り返しただろうか。
僕が座り込む傍らには、雌しべだけになった花の残骸がこんもりと山となって積まれていた。
あの子はまだ僕のことを嫌いなままなのかな。
好きになってくれるなら、いつまでも待つつもりでいるけれど。
ねぇ、ねぇ。
そろそろ答えてはくれないか。
僕がどれだけ待ってるか、この花の残骸の重みを知れば分かるだろ?
そうして僕はうち捨てられた花たちのその下に、埋もれるように横たわっているはずのあの子へ、想いを伝えるべく問い掛けた。
【好き嫌い】
ここの角を曲がると、朝早くからやっているこぢんまりとしたパン屋がある。素朴ながら味わいのあるコッペパンに、シンプルな味付けのタマゴサラダを挟んだものが特に絶品で、僕はよくこれを購入しては、近くにある公園のベンチに座って、朝ごはん代わりに頬張っていた。
そうすると犬の散歩がてらに公園を訪れたのだろう年配のご婦人に、遭遇することがたまにある。僕はそのご婦人とは顔見知り程度の間柄にはなっていて、目が合うと互いに会釈を返したり、距離が近いと挨拶を交わしたりと交流を持つようになっていた。
僕はこの街で様々なものを発見した。
僕好みの炒飯を出してくれる中華屋さんに、ジャンルが豊富な本屋さん。店員さんが丁寧な接客をしてくれるカフェに、風邪をひいた時にお世話になった街中の小さなクリニックなど。
この街に引っ越してきてはや数ヶ月──。今日はどんな街の一面に出会えるかな。
【街】
生きているうちにやりたいことを思い付くだけ挙げてみようと、まっさらなノートを机に広げて考えてみる。
考えに考えて、五つくらいなら何とか挙げることができたが、それ以上となるとどうにも思い付かない。こんなに私の想像力は貧相だったか、はたまた好奇心とやらが薄いのか。
「なぁにやってんの?」
後ろから突然声を掛けられる。考えることに集中していたせいで、部屋に誰かが入って来たのにも気付けなかった。
「生きているうちにやりたいことリスト? ・・・・・・え、なに、これ?」
「ちょっと、勝手に見ないでよ!」
慌てた私はリストを覆い隠すように体を丸める。
「何でそんなもの書いてるの?」
「別にいいでしょ。単なる気まぐれよ」
「・・・・・・ふーん」
さっさと出て行ってほしい。私がそう思っていると、「生きているうちにしたい割りには、少なくない?」と、まさに悩んでいたことを指摘される。
「まだ書いてる途中だから」
「いや、さっき明らかに手、止まってたじゃん」
くっ、こいつはどこまでこちらの図星をついてくるのか。
「あっ、そうだ!」
私が悔しさに歯嚙みしている間に、持っていたペンを相手に取られた。こちらがすかさず抗議しようとしたところで、「これも付け加えといて」と、勝手に割り込みノートにサラサラと文字を綴っていく。
私はそれを読むと、一瞬だけ思考が停止する。
「何これ。全部あんたと何かをすることばっかじゃん!」
ノートを思わず鷲掴んだ私は文句を告げる。
「誰かと一緒にやったほうが、楽しいじゃん。それに──、そのほうがやりたいこともいっぱい浮かぶでしょ」
そう言われて私は、はたと気付く。
あんなに思い付かなかったやりたいことが、友人や家族の顔と一緒になって、一気に閃いた。
【やりたいこと】
ベッドから起き上がると、窓にかかるカーテンの隙間から細い光の筋が射し込んでいた。
わたしはゆったりと体を起こしてから、今日が久しぶりの休日であったことを思い出す。
わたしは布団から抜け出して、絨毯の上に裸足のまま立ち上がると、窓辺へ近づきカーテンを開けた。薄暗かった室内が眩しい光に照らし出され、心地良い温さが起き抜けの感覚を徐々に醒ましていく。
トン、トン、トン。
部屋の扉をノックする音が聞こえた。
わたしがそちらへ振り返るのと同時に、扉が控えめに開かれる。
「おはようございます。朝ごはん出来ていますけど、どうしますか。せっかくのお休みですし、もう少しあとにします?」
私が起きていたことに、心なしかほっとしたように安堵した彼女へ、「いや、いま行くよ」と返す。その途端にぱっと花やいだように表情を明るくした彼女が「じゃあ、待ってますね」と明らかに声を弾ませたことに、私は顔には出さずに内心で苦笑した。
部屋の扉が静かに閉じられた後、わたしは窓辺から離れ身支度を整え始める。
もう何十年も思ってきたことだが、わたしの朝はいつも、お日様に包まれたような心地から始まる。
【朝日の温もり】
いつも誰かの意見に流され、または誰かの後をついて道を辿っていた。
たぶん、そうするほうが楽だったから。
あとはきっと、怖かったのだと思う。
どちらかの道を選ぶということは、どちらかの道を捨てるということだ。
それが私は怖かった。
選んだ道が正解じゃなかったら、正解だった道を捨てることになったら。
掴めなかったチャンスは、ただ過ぎ去っていくだけだ。二度と同じチャンスは巡ってこない。
そう思うと踏み出す足が震えた。
難なく道を選び取り成功している人を見ると羨ましい。そんな醜い心に嫌気がさすも、それでも必ず人生の岐路というものはやってきてしまうから。
臆病な私はそれでも。
もう誰かに委ねるのだけは、やめようと思う。
たとえ震えながらでも、その一歩を刻もう。
辿り着いた先に待っているものが何かなんて、考えたら途方に暮れそうだから。
今はただ震えるほどに重いこの一歩を、私は私以外のせいにしないで選び取る。いつかの日に振り返ったその足跡を、誇れるようになるために。
【岐路】