遠くの地平線へ沈む太陽を、君と並んで見送る。互いの手と手を繋いだまま、僕らはオレンジ色の夕景の中で、もうすぐ来るはずの闇色の夜を待っていた。
これが最後の夜だ。君とこの世界で過ごす最後の。
そう思ったけれど口には出さなかった。ただ手のひらに触れる温もりだけを感じ、世界の終焉を受け入れる。
「怖くない?」
彼女がそっと囁くように聞いてきた。
「怖くないって言ったら嘘になるけど、それでもどこか安堵している自分もいるんだ」
僕の言葉に彼女が手を繋ぐ力を強くする。
「うん。私も、そう。何でかな?」
その疑問に僕は答えられない。だってこんな状況で安らいでいるなんて、自分でもよくわからないのだから。
「でもね、私、思うの。今までの人生がどうだったとしても、きっと最期に君といられることが答えなんだって思う」
君と見るこの風景が。君と繋ぐこの手が。
終わりさえ良ければ、たとえどんな理不尽だって許せるなって気がするの。
こんな突然に起きた世界の終わりでさえも。
そう言って微笑んだ君はとても美しく、僕の脳裏に焼き付いた。
【世界の終わりに君と】
隣を歩く彼女が俯いて、もうかれこれ三十分くらいは経っただろうか。自転車を引きながら左腕に巻いていた腕時計を覗き込んだ。俺よりも頭一個分低い位置からは、微かに鼻を啜る音がする。
どうやらまだ泣いているらしい。
「たかがキーホルダーひとつなくしたくらいでそんなに落ち込むなよ。また新しいの買えばいいじゃんか」
「たかがじゃない! あれはこの世に100個しか存在しない限定品なの! 簡単に買えなんて言うな!」
そんなに貴重なものなら、鞄なんかにつけて持ち歩かなきゃ良かったのに。──なんてことを言ったらたぶん怒鳴られるので、余計なことは言わないけれど。
「今日は朝から本当に最悪だよ。自転車が壊れて学校は遅刻するし、お気に入りのキーホルダーはなくすし、しかもちょっと気になっていたひとつ上の先輩に彼女がいたことが発覚するしで、もうさんざん!」
彼女の目が涙目から、いささか鋭く吊り上がったところで、俺は隣から目を逸らすように空へと視線を上げた。清々しいほどに晴れた日の放課後に、実は長年片思いをしている幼なじみとこうして帰路についている。
こいつの自転車が壊れたおかげで、家が隣同士の俺は、半ば強制的に自転車の荷台を彼女に空け渡して一緒に登校することになったし、お気に入りのキーホルダーをなくした悲しみを、たぶん一番ぶつけやすいからだとは思うけれど、俺に甘えるように愚痴ってきては、今もまだこうして俺の前に無防備な顔を晒している。しかもいま初めて聞かされたお気に入りの先輩の存在に、こちらが焦りを覚える間もなく振られたらしい。
彼女の最悪な一日が俺にとっては予期せぬラッキーデーだったなんて、そんな最悪なことを口に出して言うつもりはないけれど。
思うくらいは許されるだろう。
なんせこいつに恋してから今日まで、こいつに振り回されっぱなしの俺の最悪な日々は、片手ではもう数え切れないくらい、山ほどあるのだから。
【最悪】
「これは、二人だけの秘密だよ」
そう言って彼と約束を交わした。互いの小指を絡めると、彼は嬉しそうに、けれど、どこか鋭い眼差しを湛えて微笑んだ。そしてその数ヶ月後、白い病室の白いベッドの上で、あっけなく彼は逝ってしまった。
私と彼の二人だけの秘め事を、私のこの胸に刻み込むようにして残したまま。
まったく、何てことをしてくれたのだ。
きっと彼は約束を交わした二人だけの秘密を、私が彼に許可もなく誰かに打ち明けるなんて、できないことをわかっていたのだろう。
こうして私は彼を過去の思い出として、誰かに話せなくなってしまった。
こんなことになるなら、秘密なんて簡単に持たなければよかった。
私の頰を熱い雫が伝う。だって私は彼のことを、忘れたままで生きられなくなってしまったのだから。
【誰にも言えない秘密】
膝を抱えて踞る。
狭い部屋の真ん中で。
たった一人きり。
そこで僕は想像する。
この世のあらゆる事柄について。
そこではどんなことも自由で。
そこではどんなことも許される。
そんな世界に浸りきり。
そうして僕は傷だらけになったこの心を。
幾許かの間だけ癒している。
そうしないと。
現実に折り合いがつけられない。
この広い世界のどこかにある。
この狭い部屋の真ん中で。
今日も僕は何かを変えたくて藻掻いている。
【狭い部屋】
本当に大切だった。
報われずに終わってしまった想いだけれど。
それでも、恋をしていた時は苦しいくらいに幸せだった。
この大切さを知っているのは私だけで。
この大切さを糧にしていくのも私だけだ。
【失恋】