チカチカしたネオンに照らされた夜の街を、酔いが回った足取りで闊歩する。
周囲は少々煩わしいほどに騒がしくて、けれど嫌いでないほどに馬鹿馬鹿しい。
そして流れる街中の空気は、昼間のものよりもどこかぬるくて艶っぽい。
「あーーーーーーーーーーっ!!!!」
そんなぬるい空気を一掃するような大声で、すれ違う人の迷惑も考えずにひとり叫ぶ。
「やってらんねぇーーーーーーーーっ!!」
お日様が降り注ぐ明るい時間帯にはちょっと憚れるような、口汚い言葉を吐き出して。
「ふざけんなよ、ばーーーーーーか!」
自分の醜さをこれでもかと曝け出す。
「くっそーー、ぜってー負けねぇ」
チッと舌打ち混じりに呟けば、ひそひそとこちらを覗うような視線が突き刺さる。
冷めた己が降りてきたことを、はっと自覚した。いそいそと背中を丸めて先を急ぐ。
ああ、やってしまった。そんなどうしようもない後悔を苦く味わいながら、そんなどうしようもない夜の真ん中を歩いて、明日に向かう決意を固めつつ。
【ミッドナイト】
『ああ、どうしよう。間違えた。失敗してしまった。ここから挽回できるだろうか。僕はきちんとこの問題に、対処することができるだろうか』
「大丈夫、大丈夫だよ。今日はとりあえず家に帰ってぐっすり寝よう。そうして明日になれば必ずきっと、その問題は解決してる」
『どうしよう、どうしよう。あれも足りない。これも足りない。いつかなくなってしまうかも。そうしたら、どうやって生きていけばいいのかわからない』
「大丈夫、大丈夫。まだこんなにあるじゃないか。無くなったりなんかしないよ。君が必要だと思ったときには巡ってくるもんなのさ」
『どうして、どうして。そんなことを言うんだ。そんな呑気に構えているんだ。君がそんな態度でいるから僕は不安になる。僕がこんなに不安になるのはぜんぶ君のせいなんだ』
「そうか、そうか。それは悪かったね。でも僕がこんなに落ち着いているのは、君がいてくれるからなんだ。君が胸の内を隠さずに打ち明けてくれるからなんだ。君が素直に気持ちを話してくれるから、僕は不安を抱えるのは僕だけじゃないんだって、安心できるんだよ」
『ごめんよ、ごめん。僕だって。君のせいじゃないって本当はわかってる。でも止まらないんだ。やめられないんだ。込み上げる不安を吐き出さないといられないほどに不安なんだよ』
「いいんだ、いいんだよ。君は君のままでいいんだよ。君の不安をもっともっと聞かせてくれ。僕は君の側にいる。だから君も僕と一緒にいてくれよ。僕には君が必要なんだ」
【安心と不安】
あたたかく眩い光が天空から滝のように溢れていた。
どこからその光は降り注いでいるのか。
地上からではその始まりは見えないが、あまりにも神々しいその光に、周囲にいた人々が吸い寄せられるように集まっていく。
私もならって皆の後を追った。どこへ辿り着くのかわからないけれど、私ひとりだけ置いていかれたくはなかった。
どんっと、体が勢いよく前方から押された。よろけて後ろへ尻餅をつく。私は地面に座りこみ、何が起きたのかと呆然として前を見る。
『お前は来るな』
厳しい声が飛ぶ。
目の前に立ちはだかった人物が、私の背後を指差した。
『早く戻れ』
光を背にして佇む彼の人は、全身に暗い影が射していた。逆光となった表情は読めないが、告げる声には強い意志が込められていた。
『お前にはまだ果たすべき使命があるだろう』
私を突き飛ばした人物は、くるりと背を向ける。
「嫌だ!」
私は抵抗した。必死に手を伸ばす。
「私も連れて行って」
私の悲痛な叫びなど無視して、彼は光の方へと歩き出した。
座り込んで動けなくなった私を、後から来た人達が追い越していく。誰も私に手を差し伸べてくれない。
私はその場で踞り泣いた。
どうして私だけ置いていってしまうのかと。
そうして気づいたら、私は病院のベッドの上にいた。体には所々包帯が巻かれていて、後から聞けば私は大きな事故に巻き込まれた中での数少ない生還者だったらしい。
私はベッドに横たわったまま目を瞑る。
私に戻れと言ったあの人は、誰かを置いていかねばならなかったあの人は、どんな顔をしていたのだろう。眩い光の元へと行ったあの黒く翳った彼と彼らを思ったら、一滴の涙が頬を伝った。
【逆光】
僕は大空を飛んでいた。
すぐ眼下には白い雲。
澄み切った青色が、見渡す限りに広がっている。
僕はどこまでも自由で、どこへでも行ける。
それが嬉しくて、誇らしくて。
この光景がいつまでも続けばいいのにと、そう願った──。
きっとあれが、きっかけだったのだろう。
実際は自分で自由にどこへでも飛んでいくなんて、それこそ夢のまた夢だけど。
けれどあの時に感じた嬉しさと誇らしさは、大人になった今でも同じだった。
僕は操縦桿を握る手に力を込める。
さあ、行こう。いつか見た夢の光景へ。
【こんな夢を見た】
ガツン、ガツン、ガツン。
何度も何度も重いハンマーを打ち下ろす。
外装には私の知らない最新の技術が施してあると聞いていたから、そう簡単にはいかないかもなと思っていたのに、案外そうでもなかった。
ガツン、ガツン、ガツン。
装甲が剥がれ落ちていくさまは何ともあっけない。
人類の最たる叡智だとか、未来への新たなる希望だとか、そんな陳腐な文言ばかり並べ立て、連日マスコミが持て囃していたけれど。
何てことは無い。
どう呼ぼうとも、所詮は人間に生み出されたただの機械だ。
「貴様、何をしている──!!」
薄暗かった室内が懐中電灯の灯りに照らされた。暗さに慣れていた目が一瞬眩む。
光の発生源を目で追えば、警備員らしき二人組がこちらを驚愕した表情で見つめていた。
「それが何だか分かっているのか!?」
警備員の一人がこちらへ問い質す。
どうやら私の顔までは、はっきりと認識していないらしい。
「世界初のタイムマシーンだぞ」
「それが何だと言うの」
心はひどく冷め切っていた。私は再びハンマーを振り上げて叩きつける。
ガツン、ガツン、ガシャン、ガシャン。
「こんなものが誕生してしまったら、人はダメになる」
ガシャン、ガシャン、ガシャン、バキッ。
「人生で迷うことが無くなったら、人はどんどん退化するしかない」
タイムマシーンの完成は、私にとって人生の念願だったけれど。
「私は未来で見てきたの」
人の世に顕現させるには、きっとまだ早過ぎたのだ。
【タイムマシーン】