『手を繋いで』
「今まで騙して本当にごめん。
僕は今日君を殺すために今まで一緒にいた」
泣きそうに揺らぐ瞳を目を伏せて隠して、いつも通りにへらりと君は笑った。
思えば、違和感はどこにでもあった。
去年の誕生日を境に来年という言葉を君が口にしなくなったこと。
来年も来ようという言葉をことある事に君はよく使っていた。
何かを押し殺すように瞳を揺らして。
今年俺が来年という言葉を使うと、一瞬瞳を揺らがせて目を伏せて、ほんの少しだけ俺じゃなきゃ分からない程度に震えた声で同意すること
ずっと俺を眺めることが多くなったこと。
まるで脳裏に刻みつけるように。
自分を責めるように。
俺に気が付かないときはずっと悲しそうな表情を浮かべていること。
今日になるにつれて、どんどん様子がおかしくなりながらいつも通りを装う君に、隠し事を尋ねた。
答えは「これ」だったらしい。
なんだそんなことかと俺は笑ってみせた。
いいよ、と言った。
なんで、掠れた声で友人は俺に尋ねた。
その顔はもういつも通りではなかった。
今まで押し殺していた感情が溢れたようなぐちゃぐちゃな顔だった。
「俺は、君と居た日々が、これ以上ないくらいに1番幸せだった。
未練なんてないくらいに」
君に最期をあげてもいいくらいに。
そう思いを伝えると君はしゃがみこんで言った。
「なんで、詰ってくれないの。生きたいって、死にたくないって言ってくれないの、、、、嫌いになってくれないの」
君を殺したくなんかない。
君を傷つけたくなんかない。
そう言って君は迷子のような顔になった。
俺は君を抱きしめた。
そうして君を俺が抱きしめて、どれだけ時間が過ぎたのだろうか。
とうとう、君が俺を殺す時間がきたらしい。
君はそっと俺の体から手を離した。
その手はもう震えてはいなかった。
俺はそっと床に横たえられた。
目の前にはいつもの笑みを浮かべた君がいた。
その瞳にも揺らぎはなかった。
太陽を背後に笑う君はとても綺麗で。
これが最期の景色かと満足した俺に君が覆いかぶさってナイフを構えた。
そして、次の瞬間血に染まった君の歪んだ顔を最後に、
俺の人生は終わった。
𓏸𓏸高校の屋上から二人の遺体が見つかったと通報があった。
1人は、満ち足りたような穏やかな顔を浮かべて床に横たえられていた。
もう1人は、泣き笑いのような顔でその傍らに佇んで1人目の遺体と手を繋いでいた。
凶器は佇んでいる方の遺体が握るナイフだと見られており、犯人は2人目の遺体であると推測される。
二人を知るある人物はこう言った。
彼を傷つける自分を、世界を許容できなかったんでしょう、と。
『ありがとう』
初めてあなたと出会った日を覚えていますか。
ボロボロで罠にかかっていたわたしをあなたが助けてくれました。
そして、あなたの元で生活を送ることを許して貰えました。
1日三食寝床保証で勉強も、武術も教えてくれました。
俺はあまり素直になれない性格であなたに甘えて何も言うことができませんでした。
でも、ひとつだけ心に決めていたことがあります。
それは、あなたを護ることです。
あなたより弱い俺では、あなたを護ることなど出来るわけないとあなたは笑うでしょう。
でも俺はあなたの役に立ちたいのです。
いつか武術も勉強も頑張ってあなたにおいついて、あなたの背中を守れるような人間になりたいのです。
ぼろぼろで死ぬはずだった命を救ってくれたやさしいあなたへ。
そのやさしさは、いつかその身を滅ぼすでしょう。
そうならないように俺はあなたを護れるようになります。
「俺を拾っ、て、、、育て、て、くれ、て、、あり、がと」
やっとそう言えた俺の口からコポリと血が垂れた。
そだてかたをまちがえた。
魔女狩りの対象となってしまった自分を庇って槍で貫かれたこどもをみて、まず思ったことはそれだった。
やさしい子だった。
いつも自分のあとをついてきて、憎まれ口を叩いたり、損得を説いたりしていたが、自分を邪険にしたことはなかった。
いつの間にか、気まぐれに拾ったこどもは自分の大切なひとになっていて、はじめて喪いたくないと思った。
だから、魔女狩りが始まってこどもを逃がした。
まだこどもは知らないだろうが数年先でないと入手できない長い長いお使いに出した。
手に入れるまで帰ってくるなと、強く強く言い含めた。
魔女狩りとなったら真っ先に狙われるのは自分だからだ。
だが、おつかい先で聞いてしまったのだろうか。
こどもはおつかいの途中にも関わらず戻ってきてしまった。
「なんで、戻ってきてしまったのだ。お得意の損得勘定はどうした。」
自分を助けることはどう考えても大損だ。
槍には毒が塗ってあった。
こどもはもう助からない。
少しでも生き延びられるように止血して、こどもを抱えて追手からにげた。
「俺を拾っ、て、、、育て、て、くれ、て、、あり、がと」
そう囁いたこどもは、血を吐いた。
「そだてかたをまちがえた」
何度も心の中で叫んでいる言葉がポロリと零れてしまった。
言ってはいけないことだった。
その言葉にこどもは傷ついた顔をした。
けれども言葉は止まらない。
「おまえをもっとわがままに育てればよかった」
「自分の命のためならなんでも捨て置けるように育てればよかった」
「自分を嫌うくらいに冷たく育てればよかった」
自分は、自己中心的な輩は嫌いだが、この子が生き残ってくれるなら、そんなふうに育てればよかった。
言っている内に足が止まる。
気がつけば追手を振り切っていた。
すると、こどもは、自分を抱きしめた。
慰めるように。
思えば、初めてこどもから自分に触れてきた気がする。
こどものちからがどんどん抜けているのを感じる。
自分は、こどものしあわせを祈って震える手と声でねかしつけた。
《君の背中》
俺たちのリーダーを一言で表すなら『怠惰』である。
やんごとなき身分で顔もよく恐ろしく有能だが常にぐーたらしていて背を伸ばしたり、敬語を使ったりしている姿を見たことがない。
ただ、俺たちはそれでもリーダーを敬愛している。
俺たちは知っている。
リーダーがどれだけ努力しても報われなくてもそれでも諦めきれずに足掻いた姿を。
緊急事態の時には頼もしくなるリーダーの大きな背中を。
俺たちはこのリーダーを認めていつまでもついていこうと思っている。
だから、ひとりでなかないで、かかえこまないで。
バカな俺達には賢いリーダーの考えることも思うこともわからないけど、一緒にいることはできるから。
誰よりも、寂しがり屋な俺達のリーダー。
あなたをひとりにはしない、どこへだってついていきます。
「だから、お前たちは、俺は、馬鹿なんだ」
リーダーと呼ばれていた男はそう、鼻で嗤ったが、その声は震えていた。
目の前に広がるのは間違えた愚かな人間についてきた哀れな者の末路。
夥しい血が、ただの肉塊があちこちに転がっていた。
その態度とは裏腹にリーダーはそれらの肉塊を震える手で丁寧に集めた。
そして、ひとまとめにしたただの肉塊に対して言った。
「本当はもう、どうでもよかった」
親に認めてもらえなくても、あいしてもらえなくても。
「お前らが、一緒にいてくれれば信じてくれれば、どうでもよかった」
すっかり、小さくなった背中を丸めて、なにもかもを失ったなにがあっても泣かなかった人間は、久しぶりに一筋涙を流した。
「ひとり、に、しない、で」
無意識に溢れた声を、拾ってくれる者たちはもういない。
『失って初めて気がついた誰よりも寂しがり屋な王様の話』
⚠️交通事故表現、流血表現あり
《遠く》
汗を掻いてだらだら二人で歩く学校帰り。
家への帰り道にポツンと立つ昔ながらの駄菓子屋さん。
そこにいるお婆ちゃんに声をかけて、二つアイスを買う。
いつもの日課。
でも、そんなしあわせももう遙か遠く。
当たり前の日常だと思っていたそれは簡単に崩れ落ちる、泡沫のようなものだった。
自分の当たり前だった日常の名残の微睡の夢を醒させたのは、いつもの駄菓子屋のお婆ちゃんの一言。
「そんな2つも欲張ったらお腹壊しちまうよ」
自分の隣にいた幼馴染は消え失せた。
いや、元々いなかった。
頭のなかに車のブレーキ音が響いて離れない。
そして思い出したのは、車に轢かれた血に濡れた幼馴染。
《視線の先には》
今日は、幼馴染と買い物に来ている。
あまり表に感情を出すのが苦手な幼馴染に対しては、
こちらが察して動くことが大切だ。
随分長い付き合いである幼馴染の意図を察することは
俺にとっては朝飯前。
時々意味が分からない仕草はあるが、
97パーセントくらいは察知できる。
すると突然、幼馴染の目が星が散ったように煌めいた。
その視線の先には、猫カフェの可愛い猫の写真。
幼馴染は猫が好きだ。
よく意外に思われたりしているから本人は隠しているし、自分以外は知らないだろうけど。
幼馴染は自分にも隠しているつもりだから、
こちらも知らないフリをしている。
今日はこれから猫カフェに行くことにしよう。
「なぁ、ちょっと暑いからここで涼んでいかね?」
と猫カフェを指差した。
幼馴染は頷く。
でも、その目は抑えきれないほどきらきら輝いていた。