《勿忘草》
いつまでも一緒にいられたらいいよね。
そう互いに約束したのは良かったのだけれど。
君はこの国の兵士で、私は潜入している諜報員だ。
家族で諜報をしているから、ハイスクールの時に任務を与えられてこの国で遂行し始めた。
私の願いはただひとつ。
君ともう少しだけただの友人として一緒に居させて欲しいということだけだ。
どうか、私に帰国命令が下されませんように。
この国で戦争が起こることがありませんように。
一生、私をただの人として、思ってくれますように。
まぁ、幼い頃から作戦に従事していたのだ。
直接では無いもののたくさんの人を不幸せにしてきた、血を流させた私の願いは叶えられることはなかった。
君と出会った十年後、私は帰国を命じられた。
私が属する国と君の国との間で戦争が勃発してしまった。
私は徴兵されて、せめて君と戦場で出会わないようにと願った。
君が生き抜けるように祈った。
のに、神という奴がこの世に存在するなら、余程酷いらしい。
君と戦場で再会してしまった。
一目で君と分かってしまった。
私は変装が得意だったから。
歩き方や、体の動かし方の癖で分かってしまった。
出会ってしまったのならば、殺し合わなければならない
。
君も本気で来るだろうし、私も私に施された教育が手加減することを許さなかった。
君との戦闘は長期戦に持ち込まれると圧倒的にこちらに分が悪い。
どうここを考えを巡らせつつ君の攻撃を避けていると、君は私の君といたときに使っていた偽名を呼んだ。
一瞬、大きな隙を作ってしまった。
私は今素顔だ。
君と会う時は変装をしていて歩き方なども変えていたのに。
なんで。
君も私の隙が分かったようで、攻撃を辞めてしまった。
「なんでわかった」と聞くと
「ただの勘」だと自信満々に言うものだから、君と居た時ぶりに心の底から笑ってしまった。
「私じゃなかったら危なかったぞ」
本当に私だとバレたくなかった。
戦場にやっと慣れたであろう君に不要な傷をつけたくなかった。
そのような私情が任務中に入る時点で私は諜報員失格というものである。
普通に全力で戦っても負けるのならば、どちらにしろ、同じことではないのか。
ふと魔が差してしまった。
任務に忠実であることを叩き込まれて今まで生きてきたが、最期になるくらいなら、もうただの人間になってもいいのではないか。
白状しよう。
私は君が傷つくのが本当に我慢ならない。
心に深い傷を残していくであろう自分さえ、心底嫌いになる。
ただ、その反面、君の傷になれることが私は嬉しい。
私はとても心が狭い人間である。
間違っても私を忘れて幸せに生きろなんて思えない。
私の存在を脳裏に刻み込め。
俺という、諜報員として本来存在してはならない、本当の素の私を。
わすれないで
優しい君なら、覚えていてくれるだろう。
だから、意地っ張りな俺は本心とは真逆のことを言う。
「君を恨まないよ。俺のことは忘れて幸せになってね」
最期に見たきみは、俺の存在が刻み込まれたような、酷い顔をしていた。
《あなたに届けたい》
早く、早く、早く。
早くあの方の元へ。
休んでる間などない。
うかうかしていたら間に合わなくなる。
あなたに届けたいことがあるのです。
あなたは、確かに愛されていたのです。
そうでなければ、あなたはここまで生きてくることはできなかった。
あなたは要らない子ではなく、確かに愛されていました。
どうか、どうか。
そのままいかないで。
愛されないままだと思わないで。
生まれた時から疎まれたまま、そのままいかないで。
確かにあなたが愛されていたその証拠を、あなたの元へ。
全ての事実を隠し通されていなくなるあなたへ。
一つくらいは真実を。
《海の底》
「ばいばい」
またな、と手を振って別れた幼馴染に向けてそっと呟く。
俺は今日、死ぬことにした。
これ以上ここにいたら、いつかあなたを殺してしまう気がしたから。
ある日、ふと気がついたら手から血の匂いがした。
そして、目の前にはバラバラになった血だらけの金魚。
手には鋏が握られていて、それも血だらけ。
俺が犯人としか考えられなかった。
それから、そんな出来事はどんどん多くなった。
最初は金魚だったものの、段々小鳥や犬など大きなものになっていた。
それから、生き物を襲いたいという衝動を感じるようになった。
その衝動はどんどん強くなって段々抑えるのが難しくなった。
それでも、この生活が、幼馴染と笑って馬鹿やる日々が好きだったから。
なんとかここまで頑張ってきたんだ、けど。
もうそろそろ限界みたいだ。
彼といる時にも衝動を感じるようになって、さっき一瞬手を彼の首に回しかけた。
彼は気配に敏いから「なんだよ」とすぐ振り返って笑って聞かれた。
なんでもない、と俺はちゃんと笑えただろうか。
彼が声を掛けてこなかったら、俺は彼の首を絞めていた。
どれだけ大きな衝動も彼といたなら抑えることが出来たのに。
その衝動が彼に向かってしまったら。
俺はもう衝動を抑えられる気がしなかった。
彼にだけは、危害を加えたくなかったのに。
最初から決めていた。
少しでも、彼に衝動が向けられたなら俺は死ぬ。
だから、俺は彼と一緒に今最期だと確定した彼の家との分かれ道へと歩いて、別れを告げて。
彼が曲がり角を曲がったところで家に帰らずに駅へ向かう。
最期に海で死にたかった。
海ならば、俺が死んだことを周りから隠してくれる気がして。
彼に、
「また、放浪癖か」
と呆れながらぼんやりとずっと覚えていて欲しかったから。
飽きるまでは俺を待ってくれるかもしれないと思ったから。
どんな風に待ってくれるのかな、もしかしたら探してくれちゃうかもしれない。
海に着くまでの間、俺が居なくなった後の彼を想像する。
そうしているうちに海に着いてしまった。
学生証など俺だとバレそうなものは駅までの道にある寂れた神社に隠してきた。
万が一にでも死体が浮かばないように、漁師の道具である重りのついた網を今持っている。
もう少しだけ、彼と過ごしてみたかった。
ずっと彼と一緒の日々を過ごしていたけど、どれだけ過ごしても飽きることはなくて、しあわせってこんな感じなんだろうなぁって思う。
そうもう過ごせない日々を思い出しながらどんどん海の底へ沈んでいく。
最期まで彼のことしか思い浮かばない。
俺の人生の全ては本当に彼で出来上がっていたみたいだ。
《木枯らし》
普通の日常が壊れるのは一瞬である。
それを僕は数年前実感した。
僕の恋人が交通事故にあった。
頭を強く打った彼女の記憶は僕と会う前で止まっていた。
「はじめまして」
僕がいない時に目が覚めて良かったと思ってしまった。
彼女は人見知りで、目覚めた瞬間の僕との距離は近くて
耐えきれないものだっただろうし、それに
僕は彼女に拒絶されて、普通の反応を装うことなど出来なかっただろうから。
そこから僕は、彼女とはじめましてをやり直した。
周りの彼女と関わる人に僕との関係を内緒にして貰った。
偶然、病院の売店で仲良くなった風を装い、仲を深めていった。
距離感には細心の注意を払って、彼女が怖がらないようにしていた。
不安で泣いている彼女を抱きしめることはできずにただ、ハンカチを差し出すことしかできないその無力感に打ちひしがれることしかできない。
僕と彼女の埋まらない隙間に木枯らしが吹く。
《美しい》
僕にとって美しいは呪いだ。
度が過ぎた美しさは人を狂わせるという言葉がある。
本当にその言葉の通りだ。
僕はそのせいで人に会うことを許されない。
許されるのは目が見えない女の子だけだった。
その子も僕へ関われる嫉妬で殺された。
僕はその子を殺したやつを八つ裂きにした。
僕は美しいからその行為を許された。
そんな美しさなんて要らなかった。
女の子と幸せに生きる日々が、欲しかった。
美しさで得るものと失うものは美しさに比例する。
美しかった僕は働かず暮らせるが、人を失った。
死してすら美しいと称えられる僕は、どうしたら普通になれるのだろう。