《砂時計の音》
砂時計の砂が落ちていく
サラサラと、サラサラと
遺された者を取り残すように
あの人が居なくなった時から、兄の時は止まったままだ。
朝、鏡に向かって自分の顔に挨拶する。
あの人と兄はそっくりだった。
ご飯も三人分作る。
あの人と私と兄の分。
「また間違えた」って苦笑うけど、その会話毎日してるよ?
頭がいい兄なのに、そこだけ学習できないらしい。
それから普通に仕事場に行くために別れる。
お昼時に兄から送られてきた昼ごはんはやっぱり二人分。
しかも、同性OKなカップル割引があるところ。
いつもの感覚で入ってしまったんだろうな。
私は兄とあの人が付き合っていたことは聞いた事ないから、憶測でしかないけれど。
今日の夕飯はシチューだった。
やっぱりあの人と私と兄の三人分。
兄は普通にシチューをご飯にかけてるけど、それはあの人の食べ方。兄はそんな食べ方をしなかった。むしろそんな食べ方をするあの人を信じられない目で見るタイプ。
今日は洗濯物の量が少ないな、って出し忘れがないか兄が確認してくるけど。
それはあの人の分がないからだよ、とは言えなくて。
鞄を確認して、
「思い違いじゃない?ちゃんと出したよ?」
と言うことしかできない。
「そうか」
と少し首を捻りながら兄は私の隣に座る。
家族というには少し遠く、友達というには近すぎる距離。
女の勘というものだろうか、何故かわからないがあの人との距離だと思った。
兄はそのままゆっくりすると、部屋に戻って寝た。
ねぇ、兄さん。
あの人は、兄さんよりちょっと背が低かったんだね。
兄は常日頃から首を少し下に向ける癖があった。
ねぇ、兄さん。私分かってるよ。
私が物音を立てると、あの人か、って一瞬喜ぶの。
ねぇ、兄さん。
本当に心からあの人が亡くなったこと、受け入れられてないでしょ。
何処かで生きてるって思ってるでしょ。
ねぇ、兄さん。
本当にあの人のことが好きなんだね。
《愛する、それ故に》
さようなら、愛しい人
「金があったから一緒に居てやったのに!!」
お前のその性格が好ましかったから一緒にいた
「はっ、何があってもお前の味方?そんなわけないだろ」
たとえ世界を敵に回そうとも、俺だけはお前の味方だ。
「お前に価値なんてない」
少なくとも俺のなかでお前より価値あるものは存在しない
「大っ嫌いだ」
あいしてる
イイコだから、お願いだから
もうここに来ないでくれ
もう二度と俺の代わりに死ぬな
あれだけ罵倒すれば、お前は嫌ってくれるだろ?
「なん、で、」
なんでまたお前が俺の代わりに死んでいる?
あれだけ罵倒したのに
普通なら嫌いになるはずだろ?
なんでなんでなんでなんでなんで
分かってたよ。
アレが本意じゃないってこと。
どれだけ一緒にいたと思ってるの?
それに、君は演技が下手だ。
心からせいせいしたように声は繕ってたけど、
顔の歪みは隠しきれなかったよ。
僕のショックを受けた表情の方が余程よかったんじゃない?
僕は君のいない世界を生きるのが嫌だっていう身勝手な理由で死んでいくんだよ
君はただの僕の被害者
だからそんなに泣かないでほしいかなぁ
『「もう来るな」とは言えなかった』
《モノクロ》
僕の友人二人の話しをしようと思う。
一人は賢くて優秀だが感情などに疎い研究者の桐生。
もう一人は明るくてお人好しがすぎる芸術家の悠陽。
嗜好も性格も全部真反対な二人は常に喧嘩している。
でも、一緒に居るのをやめることはなく、遂にはルームシェアを初めてしまう程だった。
凹凸がぴったりはまっている、そんな二人だった。
ある日、桐生に聞いた。
何故そんなに喧嘩するのに一緒にいるの、と。
桐生は面白いからと答えた。
自分じゃ気にもとめないものを、美しいと称賛する彼の言葉を聞いていると、まるで世界が色付いているように見えるから、と。
桐生のモノクロの世界は悠陽のフィルターを通してみると、鮮やかに色がつくらしい。
だから、桐生が悠陽を殺したことは今でも信じていない。
あの親が死んだ時ですら泣かなかった桐生が、ずっと何も話さずにただ泣き続けているのだから。
警察という誇りにさえ思っていた自分の職業を初めて辞めたいと思った。
目を閉じればいまでも、声高に桐生に対して文句をならべたてる悠陽と、それをあしらう桐生の声が聞こえる気がした。
《既読がつかないメッセージ》
今日も、明日も、いつまでも。
あなたに伝え続けましょう。
彼女は僕にいつも『話しかけ』る。
朝起きたら『おはよう』
外に出る時は『行ってきます』
お昼には『何食べたい?』
お店に入ったら『(写真付きで)あなたはこれが好きそうね』
外から帰ってきたら『ただいま』
夕飯を作る時も『何食べたい?』
寝るときは『おやすみ』
仕事の愚痴とか、お酒飲むときとか、どんな時でも。
仕方がないなぁ、君は。
いつまでたっても既読すらつかないのに、メールを送り続けるなんて。
そんな非生産的なことしない方がいいのに。
僕のことなんか見切りをつけてくれていいのに。
僕は、忘れてくれていいよっていったのに。
そんなんだから、君は馬鹿なんだ。
まぁ、さっさと今生を捨てずにそんな君を見続けて悪い気はしないって思ってる僕の方が馬鹿かもね。
「待っててくれたの?」
「あまりに君が鈍臭いし、面白かったからみてただけだよ」
そう言う相変わらずな君に「そんなこといって!!」と怒ってみせるけれど。
本当は、ずっと見守ってくれていたこと、気づいてたよ
《空白》
「あれ?ここなんだろ」
高校時代に仲が良かった3人で集まって卒アルを見ていた。
すると、行事の時の写真に決まって自分の横に空白が空いていた。
まるで、もう一人いたようなそんな空白だった。
そこに今まで気が付かなかった違和感と確かにもう一人そこにいた、と断言出来る自分の感覚に少し気味が悪くなった。
それは二人も一緒のようで、三人で幻の四人目を探すことにした。
高校時代の写真をひっくり返してみても、三人で出かけた時には必ず四人目の空白があり、三人のグループメールを見てみても、会話と会話の中に違和感があった。
だから、自分たちの横には誰かがいたのだということになった。
「探そう」
誰からともなくそう言った。
その四人目は、寂しがり屋だったと思ったから。
四人目の証拠を探す内に、携帯の中に一つのメールを見つけた。
不思議と四人目の手紙だと確信した。
『
拝啓 俺を忘れたあなたがたへ
このメールを目にしたということは、あなたがたは俺 を忘れて、また、思い出そうとしてくれているのでしょう。
俺を思い出そうとしてくれてありがとうございます。
本当に嬉しく思います。
しかし、もう思い出そうとしないでください。
それ以上探そうとしてしまったら、またあなたがたの内の誰かが忘れられてしまうかもしれません。
俺はそれだけは絶対に嫌です。
どうか、しあわせになってください。
あなたがたを誰よりも愛する俺より
』
そのメールを読んだ時、なぜだか涙が止まらなくなった。
「かっこつけるなばか」
「そんなキャラじゃないでしょきみ」
不思議とそんな言葉が口から零れた。
それから、四人目を思い出そうとはしなくなった。
その代わりに、三人で遊ぶ時は四人目の分も用意するようになった。
居酒屋では四人席に座り、四人目の分も注文する。
1番最初にビールを置いたら何故か文句を言われた気がして、次から日本酒を置くようになった。
家で遊ぶ時はきちんとクッションと飲むものを4人分用意する。
四人目の分は飲み物はコーラでクッションは橙色だと自然と決まっていた。
その交流は老後まで続いた。
老いていくにつれて、チラチラと何やら楽しそうに笑う若い男が見えるようになって。
声をかけたら消えてしまいそうだから誰も知らないフリをして。
いつまでも、楽しかった。
後悔なんて無い人生だった。
だがもし、ひとつ心残りがあるとすれば、葬式で痛々しく微笑んでいる彼を抱きしめられなかったことだ。
俺を忘れた皆へ、いつまでも仲間に入れてくれてありがとう。
来世まではついていけないけれど、しあわせになってね