「神様だけが知っている」とよく未来の事象を指して言われるが、実際のところ今に連なる未来の結果なんてものは例え神とて知る術は無かったりする。神は決して全知全能などでは無い。不可能だって沢山ある。そもそも人の信仰無くば存在出来ない程度の、ただ人より高位であるが故に崇められているだけの存在なのだ。
では、神とはなんの為に存在するのか。勿論人の手に負えない秩序の乱れを正す事もある。主に天変地異や度を超えた怪異の干渉などだ。が、そんなものはそう頻繁に起こる事では無い。
神とは即ちこの世を記憶するモノである。
神とは即ちこの世を記録するモノである。
神とは即ちこの世を知るモノである。
神の役割と言えばこの世の全てを知っておくということである。人は強く賢い。後世に今を残す数多の術を生み出した。だが全てを記録し残すのは人には不可能だ。人はそこに必要性を感じなければ実行には移さない。徒人が何を思い誰と出会い何を知りどう生きたのか、そんなものに興味を持つ人は居ない。
神は人の記憶に残らないこの世の全てを記録する。
何処かで誰かが花を手折った。
何処かで誰かが道にゴミを捨てた。
何処かで誰かがゴミを拾った。
何処かで誰かが虫を助けた。
何処かで誰かが恋を諦めた。
何処かで誰かが道を譲った。
何処かで誰かが壁を殴った。
誰も見ていない、当人ですら碌に覚えてないかもしれないそれらは神様だけが知っている。
2023.07.05朝「神様だけが知っている」#07
この道の先には何があるのだろうか。
後ろの道には色々なものが落ちている。保育園、小学校、中学校、高校、大学。上京して就職。コレだけの集団に属する中で築いた人間関係や身に付いた知識・経験、それに思い出や記憶。失敗や成功なんてものも落ちている。
それじゃ前に伸びる道に、道の先にあるものはなんだろう。
俺が思うに、道の先には何も無い。何処の分岐で何を選んでもその先にはただ何も無い道が続いているだけだ。
例えば、道の分岐で失敗したとする。あの時こうしていればなんて考えるけど、でもきっとどの道を選んでいても失敗する事に変わりは無いのだ。次に道を選ぶ時の材料となる経験が後ろの道に増えるだけ。そうやって成功と失敗のサンプルを増やしてく。それが道を歩むってことだと俺は思うわけだ。
「ま、あくまで俺の持論だ。この考えを押し付ける気なんて更々無いから拾うも捨てるも好きにしろ。ただこんな考えの俺から言えるのは、お前が考えて決めた選択がこの先無駄になる事は無いから成功しても失敗しても納得出来る方を選べってくらいだな」
だから最初に言っただろ?相談相手を間違えてるってな。そう言ってぬるくなったコーヒーを一口。目の前には一点を見つめて考え込む若者が一人。人の考えを自分なりに取捨選択して落とし込める此奴を俺は結構気に入ってたりする。
さて、後ろの道がまだ短い若者はどんな答えを出すのだろうか。
2023.07.04朝「この道の先に」#06
窓越しに見えるのは、大きく欠伸をする授業中の君。
窓越しに見えるのは、友人達とじゃれ合い笑ってる君。
窓越しに見えるのは、汗を光らせグラウンドを駆け回る君
窓越しに見えるのは、こちらをじっと見、つめ……?!
窓越しに見えるのは、口パクで何かを伝えようとする君。
窓越しに見えるのは、こちらを見上げて笑う君。
窓越しに見えるのは、君じゃない誰かになった。クラスが、教室が変わってしまった。
窓越しに見ていた君は、今私の隣に座っている。
「ねぇ、いつも見てたでしょ。知ってるよ」
だって俺も見てたから。そう言って君はいたずらっ子のように笑った。
窓越しに見えるのは、君と共有する景色。
2023.07.02夕方「窓越しに見えるのは」#05
恋愛だとか運命だとかでよく使われる赤い糸で結ばれてるって表現、俺はあんまり好きじゃない。
今日も教室の一角で女子たちが赤い糸がどうたらこうたらと騒いでる。くだらない。そもそもなんで赤なのか。どうせ結ばれるなら好きな色が良いだろ、俺なら青とか緑とか……
「確かどっかの国で魔除けの色だったり赤い紐を使う風習があるらしいよ」
ぼーっと外を眺めてると後ろの席から声がした。どうやら思考が口に出てたらしい。
「ふーん、一応理由があったんだ。物知りだね」
「そんな事ないよ、偶々知ってただけ。理由を知ったところでくだらない事に変わりは無いしねぇ」
「女子はそういうの好きなんじゃねぇの?」
「一括りにしないでくれる?別に嫌いじゃないけど……浮ついた話題としての赤い糸には興味無いや」
興味が無いのにやたら詳しく知ってる彼女を変わったヤツだと思った。
「運命は存在すると思う。でも運命は感情に干渉出来ないとも思ってる」
だから赤い糸の話も知識や逸話として面白いとは思うけど恋愛と絡めるのは違うのだと、ここまで話してごめんと言われた。つまらない事を語ってしまって申し訳ない、と。
つまらないなんてとんでもない。俺はコイツの話に聞き入ってしまったし、なんならもっと色々詳しく掘り下げて話して欲しいとすら思っているのに。そう伝えると困ったように笑うから、本当なのにとちょっとムッとした。
「俺こんなくだらない嘘つかないよ。もっと色々聞かせてよ」
*
変わったヤツの面白い話をもっと沢山聞きたいと思った。
この時既に人間性に惚れていたのだと後になって気が付いた。
俺と彼女の間にあったのは何色の糸なのだろう。決して赤くないそれは今でも繋がっているだろうか。
通知の音にメッセージアプリを開くと1番上に表示されてる彼女の名前に、糸がまだ切れていないことを知った。
2023.06.30夜「赤い糸」#04
「入道雲ってさぁ、なんか可愛いよね」
山の間から顔を出している雲を眺めながら口にするとそうかぁ?と隣の君が首を傾げた。
「うーん、俺的にはカッコ良いと思うんだよね。入道雲。デカいし質量がある感じ、なんか強そう!」
そう言ってきらきらと笑う君になにそれ〜と笑う私。「もこもこで可愛いじゃん」「いーや、ムキムキで強そう!かっけー!」そんなくだらない事を言い合って、顔を見合わせ吹き出した。
予鈴が鳴り響く空き教室で、もう一度遠くの空に目を向ける。この日常の一コマをあの入道雲が遠い未来に運んでくれる予感がした。
卒業したら上京する君と地元に残る私、共に過ごす最後の夏はまだ始まったばかりだ。
*
あのあと鳴り始めた本鈴に二人慌てて走ったあの日の記憶は、今年もまた入道雲が届けてくれた。
彼は今も入道雲を見て変わらずカッコ良いと感じているのだろうか。
……入道雲にあの日の記憶を見てくれてるだろうか。
私は今あの日の君が何処で何をしているのか知らないけれど、今年こそは何かメッセージを送ってみようか。
入道雲の写真を貼り付けて、今年も入道雲が可愛いよ、なんて。
2023.06.30早朝 「入道雲」#03