「ずっとこのままが良い」
年齢、容姿、環境、人間関係、様々な理由を以てそう願う人々は少なくない。かく言う自分もそう願った事がないと言えば嘘になる。
それでも。
時間は進み世界は回る。季節は巡り人は変わる。
全てが変わり行くこの世で、それでも変わらずに在る何かがあるのなら。
それはきっと、かけがえのない手放してはならない宝なのだと思うのだ。
ほんのひと握り、変わり進む世界で変わらない何か。
「ずっとこのまま」の願いを叶えるそれを、どれだけ大切に握って居られるか。
不変と変化は等しく尊く、然し不変を知るには遠い時間の他に同じ不変を信じる心も必要なのである
2024.01.13夜「ずっとこのまま」#12
───────言葉はいらない、ただ…………
あの後には一体なにが続いたのだろうか。キミは何を飲み込んでしまったのだろうか。オレは今でも偶に、あの時キミが口にしなかった言の葉について考えてしまう。
傍にいて欲しかった?……言われるまでもなくずっと、少なくともあの頃は一生を共に歩むと思っていたしそのつもりだった。
抱き締めて欲しかった?……いつだって抱き締めたかったし隙あらばキミに触れていたよ。多少強引なくらいでないとすぐに離れてしまいそうで怖かったから。
忘れないで欲しかった?……もしこれをキミの口から聞いていたら、見縊るなと怒ってしまったかもしれないね。キミとの時間は今尚鮮明に覚えているよ。忘れたくても忘れられそうにない鮮烈な記憶として刻まれている。
あの日の答えはもう何処にもない。キミはもう何処にも居ない。
なぁ、オレの手が届かない場所で目の届かないうちに居なくなるなんて酷いじゃねぇの。なぁ、オレの諦めの悪さ知ってるよな。
オレらの間に別れの言葉は無かった。それならキミはまだオレのでオレはまだキミのだろう?
『言葉はいらない、ただ…………貴方の愛の全てが欲しい。全てを抱き締めて私は逝くから、貴方は私を忘れて幸せを見つけてくださいな』
2023.08.29夜 「言葉はいらない、ただ……」#11
君の奏でる音楽が私は一等好きなのです。
君の奏でる音楽は、軽やかに舞う花弁のようで楽しいの。
君の奏でる音楽は、陽の光を反射する海のようでワクワクするの。
君の奏でる音楽は、椛や銀杏に彩られた山のように鮮やかで。
君の奏でる音楽は、雪降る朝の空気のように澄んでるの。
───いつからだろう
君の奏でる音楽が、蜂蜜みたいにとろりと甘く胸の内に広がるの。
君の奏でる音楽に、甘く甘く絡め取られて沈んでしまう。
君の奏でる音楽が、私を真っ赤に染め上げる。
いつものようにドア越しに聴く音楽がまるで私を好きだと言ってるようで。聴いていられなくなった私は耳を塞いで蹲る。
言の葉を交わすどころか、顔を合わせたことすら無いというのに。
君の奏でる音楽が好きな私は、いつしか音楽を奏でる君が好きになってしまったらしい。あぁどうしよう。どうも出来ない。
耳を塞いでいる私は音楽が鳴り止んだ事に気付かない。
─────背中を預けるドアが開くまであと数秒
2023.8.12 深夜「君の奏でる音楽」#10
友だちの思い出とかいう話題が心底嫌いだ。何故なら語れる話を持ち合わせて居ないから。
まず第一に友だちと呼べる人間が居ない。学友は皆知り合い以上友だち未満、ただ偶然同じ年に同じ学校の同じ空間で時を共にしただけの他人だ。
そして二つ目、思い出になどそもそも興味が無い。俺にあるのはただの記憶であり、それらは思い出と言えるほど感情が含まれるものでは無い。
そんな俺にとって友だちの思い出なんて避けたい話題の最上位だ。のらりくらりと何とか躱したが、思う所が無いと言えば嘘になる。
関わりが無くなって十数年、今思うと悪くない奴らだった。詳しく覚えている訳では無いし、あってもなくても変わらない学生時代だった事は確かだ。でもそれでも────悪くなかったと、そう思う。何かが違えばわいわいと喋る奴らのようにキラキラとした思い出があったかもしれない。
とはいえそんな事を言っても今は今だし過去は過去。何が変わるわけでもなければ、相も変わらず思い出に興味は無いし不要だとも思う。我ながら友だち甲斐のない人間だなと独りごちた。
これからも、今までと変わらずこの手の話題は流し躱して過ごすのだろう。
胸の奥底、記憶の隅に確かに存在するそれを認める日。掬い上げられる日は果たして来るのだろうか。
2023.07.07朝「友だちの思い出」#09
影が伸びる程に明るい月明かりと視界いっぱいに広がる満点の星空。幼い頃から見慣れたそれらが、実は極上の贅沢だったと知ったのは大人になり地元を離れてからだった。
都会の夜は明るい。例え深夜でも灯りが消える事は無い。街灯は勿論、信号も自動販売機も多くそれだけでも道行くのに困らないのに加えて深夜営業の店の明かりに爛々と主張する看板。そんな街の明るさに比例して夜空は暗く狭い。月の明るさは実感が薄く星はまともに見えやしない。
地元も今住まう土地も、同じ国の空の下というのに目に映る景色はこんなにも違うのかと軽く衝撃を受けたのを覚えている。今だって、あの空の奥にはあの頃見上げた星空があるはずなのに。
身近過ぎて気付けなかった贅沢。私にとっての息を飲むような星空と同じ何かはきっと誰もが持っていて、でもそれに気づけるのはひと握りなのだろう。
それを知ることが出来た私は幸運なのだろうか。少しの寂しさを感じつつ星の見えない空を見上げる。
その奥に確かに存在するあの星空を想って。
2023.07.06朝「星空」#08