「父様。私は、どうも桜が好きではありません。」
「どうしてだい。」
急な私の話に、父様は書き物の手を止めずに、耳だけ傾けた。いつものことなので、私は続ける。
「早くに散ってしまうからです。満開になっても、3つで雨降らしになってしまう。なんとも淋しいではありませんか。」
私が父様に零すと、父様は書き物の手を止めることなく、私に問いた。
「では、何が好きなんだい。」
「私は向日葵が好きです。」
「どうしてだい。」
「日に向かい笑うような姿がなんとも美しいからです。鮮やかな黄色も素敵だ。」
私の解いに父様は笑った。朗らかな顔は、朝顔のようだ。
「しかし、枯れてしまったら、茶色く濁るではないか。その姿は美しいかい。」
「枯れてしまっては、愛おしいとは思えないです。咲いている時を好いています。」
そういうと、父様は顎に手を当て、考える姿勢を取った。
「なるほど。しかし、父様は桜を愛しているよ。」
「なぜでしょうか。」
「桜は、肌を桃色に染めた美しい時に散っていくんだよ。最後まで美しくいようとする姿が愛おしいではないか。」
「たしかに、そうですね。桜は美しくある印象がありますね。」
「あぁ、それにね…」
父様はそう言って、この話は終わった。これ以上続けることもないので、私は立ち上がり、父様の湯呑みに入れる茶を沸かすために立った。
追憶に浸っていると、私の腕を引く妻に問いかけられた。
「貴方は、桜がお好きかしら。」
「あぁ、好いているよ。」
「私は、あまり好きではないわ。早くに散ってしまう姿が、あんまりにも寂しいでは、ありませんか。」
頬を膨らませ、下を向く妻を見て、幼い頃の私を見ているようだった。父からもこのように見えていただろうか。
「最後まで美しく散っていこうとする姿が愛おしいではないか。」
それに、私を見上げて話す妻の頬に当たる桃色の花弁が、妻の頬を染めるように見えて、愛おしく思える。
No.26 _花咲いて_
No.25 _今一番欲しいもの_
学校で出された宿題が「自分の名前の由来」だった。参観日の日に発表するらしい。
私は、家に帰って、お母さんとお父さんの帰りを待った。今日こそは起きて2人をお出迎えしよう。そして、名前の由来を聞こう。と張り切った。
しかし、お母さんもお父さんもいつまで経っても帰ってこなかった。だから、いつものように冷たいご飯(レンジは危ないから使っちゃだめって言われてる)を食べて、お水(お湯は危ないから使っちゃだめって言われてる。)で体を洗った。
短い針が12を指した頃、私はウトウトしだして、眠たい目をこすった。起きていたいのに、体は眠たくてしょうがない。私は、由来を書く紙を握りしめて、そのまま床で眠ってしまった。
次の日、目が覚めるとお母さんとお父さんは仕事に行く準備をしていた。
「目が覚めたのね。早くご飯食べて学校行きなさい。」
そう言って、お母さんは会社へ行った。お父さんも軽く眼鏡をかけなおして会社へ向かっていった。
頭がぼぅとしていたが、名前の由来を聞くことを忘れていたのを思い出して、はっと目が覚めた。
「あ、私の名前…。」
紙を探すと、文字が書かれていることに気がついた。私が眠っている間に書いてくれてたんだ。そう思って嬉しくなった。紙を大切にランドセルへ入れて、私はスキップ混じりの足で学校へと向かった。
参観日の日は、沢山のお父さんお母さんが集まっていた。私のお母さんとお父さんはお仕事で来れないけれど、私は慣れっこだから気にしなかった。
家庭科の時間になって、前に出された宿題の「名前の由来」を発表することになった。
皆が発表していき、ついに私の番になった。
「私の名前は、愛宝です。お母さんとお父さんから愛されて生まれてきて、宝のように大切にされるという意味です!」
そう、元気よく言った私の発表をたくさんの人が拍手してくれた。でも、ある男の子が言った。
「でも、お前の親、今日来てないじゃん。」
No.24 _私の名前_
視線の先に映るのはいつも私じゃなかった。
「あのね、今日学校のリレーでね。」
「ふーん。よかったわねー。」
私の母は言葉は返してくれるが目線はスマホにあった。お気に入りのアイドルとか、コスメとか、好きな人のことで忙しかった。
「あのね、給食のピーマン食べられたよ。」
「おー。」
私の父は褒めてはくれなかった。反応をするだけ。目線はパソコンにあった。仕事で忙しい人だった。
私は、とにかく誰かの視線の先に居たかった。誰かの瞳に映りたかった。だから、とにかく頑張って勉強をして有名な学校に入ったり、賞状を取ったりとしたが、だんだんとそれが当たり前になっていき、逆に落ちてしまったときに怒られるようになった。
私は一人で頑張れる。そういう風に先生たちも思ったらしい。「貴方は一人でも大丈夫よね。」そんな風に言われて、学校の中の問題を抱える子たちを見ることがほとんどだった。
誰も見てくれない。誰も褒めてくれない。私は誰かの視線の先に居ることが出来ない。
だから、死んだんだ。死んだら見てもらえると思ったから。私の抜け殻を。私の仏壇を。私のお墓を。
最初の頃は皆見てくれていた。泣いて、生きていた頃の私をたくさん褒めてくれた。「頑張ったね。」とか「気づいてあげられなくてごめんね。」とか。
けど、だんだんと皆私のことを見なくなっていった。悲しみも涙と一緒に流れてしまうらしい。
唯一見てくれたのは親友だけ。親友は常に私を見てくれていた。賞状を受け取るときも、成績を公開されたときも、私が飛び降りたときも。
そして、私が地縛霊になった今でも。
No.23 _視線の先には_
丘で日が昇るのを見届けるのが好きで日課の一つだった。満天の星がポツポツと消えていき、暗がりの青い空が、輝かしい光を纏ってオレンジを含む青になっていくの姿が愛おしかった。
優しい風が足元の草花を揺らして遊ぶ姿を見届け、私は決まった言葉を告げる。
「おはよう。マニーサル。」
家に帰ると、朝ごはんの支度をした。コップに牛乳を注ぎ、パンをバターをつけて焼く。ヤコの実の皮を丁寧に剥いて皿に乗せた。温かいスープを零さないように丁寧に机において、椅子に腰掛けた。私は、口に食事を運び、一人で朝食を楽しんだ。
暫くすると、教会の鐘の音が響き、街に朝を知らせる。私は鐘よりも先に起きるから、街が起きていく姿も見ることができた。この優越感が堪らなく好きであった。まるで特等席で映画を観ている気分になる。
食べ終わると、食器を片付け、街へ出かけた。食料調達と町の人々との交流のためだ。簡単な服に着替え、街へ赴く。
「やぁ、いい朝だね。」
「やぁ、そうだね。今日もいつもと同じだろうね。」
「いつものパンが欲しいな。」
「はいよ。君はパンしか食べられないのかい?」
「あとは、牛乳とヤコの実、それから温かいスープを食べてるよ。」
「そうかい。マニーサルがそう決めたならそうなんだね。」
「そうさ。マニーサルが決めたことだ。」
そう言って、私はパン屋からパンを貰い、軽く世間話をした後、他の場所へと向かう。いつも通り、次はヤコの実を貰う。
ヤコの実を売っている青年の店の前に向かうと、青年は眠たそうに伸びをして、大きくあくびをしている。この光景も毎日見ているので変わっていないことに安堵する。
「やぁ、おはよう。いい朝だね。」
「おはよう。そうだね。もう見飽きたよ。雨というものも見たいね。」
「マニーサルは晴れが好きだからね。ところで、いつものが欲しいな。」
「君はヤコの実だね。少し待ってて。」
そう言って、ヤコの実を袋いっぱいに詰めてくれた。他の実も見るけど私は食べられないので本当に眺めるだけ。ヤコの実以外にも、ユタンの実、コッタの実、アッケの実などたくさんある。
「他の実が気になるのかい。」
「あぁ、見てるだけだけどね。」
「食べてみるかい?」
「マニーサルが許さないよ。」
「ならしょうがないね。」
はい。と青年はヤコの実を渡してくれた。感謝を伝え「また来るね」と言って私は青年と別れた。
毎日毎日同じ日を繰り返す。同じ言葉を交わし、同じ行動をし、同じ食事を摂る。これが私達の生活だ。いつからとか、そういうのは覚えてない。覚えているはずがない。毎日同じ事件が起きても、誰もが初めて起こったかのような反応をする。いや、させられている。私たちはそうやって設定されている。
マニーサル。
私たちを作り出した小説家だ。数十年前、マニーサルは私達の続編を途中まで書いていたが、病に倒れ、そのまま亡くなってしまった。
私達は、マニーサルが書いた通りに何十年も同じ日を繰り返している。いつか、続編が完成する日を待って。
No.22 _遠い日の記憶_