霧つゆ

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12/19/2024, 2:49:26 PM

 教室の少し暖房が当たる貴方の席で、教科書と少しだけ板書されたノートを枕にして眠る貴方を私は何度も見てきた。
 電車に揺られてカバンを抱えて眠る貴方を私は何度も見てきた。
 寒いと言って布団で丸まって眠る貴方を私は何度と見てきた。
 眠ることが好きな貴方を何度もこの目に映してきた。きっとこの先も私の近くで眠る貴方を見ていくのだと、そう信じてた。
 しかし、そんな自分勝手が許されるわけがなかった。きっと勝手に永遠を約束したことに神様は怒ったのだ。私から貴方を取り上げてしまった。

 貴方は貴方のために用意された棺に入り、綺麗な服を着て、鮮やかな花に囲まれていた。メイクをしない貴方の頬や口に淡い桃色がついていて、場違いではあるが綺麗だと思った。
 貴方を見送る人達は貴方に届かない想いを、涙にして貴方に注いだ。優しい貴方のことだから、きっとこんな場面見たら焦ってしまうだろうから、眠っていてよかったと心の底から思う。
 あぁ、でも貴方を好いた人達がこんなにも集まっているのだと、貴方に見てもらいたいから、やはり起きて欲しい気がする。

 貴方の家族の提案で、貴方の写真をモニターに映していた。家族で撮ったもの、友達が撮ったもの、貴方のスマホに入っていたもの、色々なものが時系列順に流された。写真の中に閉じ込められた貴方は起きていた。いろんな表情でこちらを覗く。貴方の寝顔ばかり見ていたが、写真の貴方の全ての表情に惚れた。愛おしかった。映像の中には私が渡した写真も数枚入っていたが、全て眠っている貴方の写真。

 起きている時も撮っておけば良かった。

 後悔がこちらの様子を伺っていた。もうどうしようも無いのに。貴方はもう起きない。好きだった寝顔が今では寂しい。
 貴方の部屋が閉ざされる時、皆が貴方を覗き込んだ。瞳に記憶に貴方を閉じ込めるために。これが最後。もう貴方に会えない。触れられない。眠っている顔を見れない。

 私はいつの間にか泣いていた。心の何処かで涙を拭ってくれる貴方を期待して。
 結局、貴方は起きてはくれなかった。閉ざされた棺は炎の中へ往く。小さくなって帰ってきた貴方は家族が大切そうに抱えていた。最期まで幸せであったであろう。

 貴方の葬式が終わり、人々がバラバラに帰ってゆく。私も帰ろう。ここにいては貴方のことばかり考えて泣いてしまうから。
 私が帰路に立とうとしたとき、貴方の家族に引き止められた。何事かと思ったら小さなアルバムを渡された。開くと貴方が撮った私の写真。寝たふりをしながら撮っていたのだろうか。貴方が写真に閉じ込めた私は、起きていた。沢山の表情を持っていた。写真とともに小さな手紙も入っていた。貴方の手癖で書かれた手紙。

【寝たふりをすれば、アタナがこちらを覗くから。
 それがたまらなく好きだった。】

 寝たふりばかりの貴方は、本音を夢の中へしまっていた。起きて伝えてはくれなかった。

「私も好きだった…。」

 眠る貴方に届かない声が耳に反響して痛い。
 私は貴方の寝顔が好き。そして嫌い。


No.24 _寂しさ_

9/22/2024, 1:28:33 PM

 どんな雑踏の中、どんな声が混ざった都会のオーケストラだとしても、貴方だけは絶対にわかる。

「おはよう。待った?」

「ううん。いま来たところ」

 あなたの声だけば絶対に聞き逃さない。
 好きだから。


No.31 _声が聞こえる_

9/16/2024, 5:22:57 AM

 画面がチカチカと光って、通知を知らせる。その度にスマホを奪い取るかのようにして通知を確認するが、期待外れで布団に投げ出していた。

 あぁ、早く来ないかな。君の彼氏を名乗る男からのライン。

 そう思いながら、君のスマホをチラチラと見る。その間、君はガタガタと震えて下を向いて泣いていた。

「そんなに震えなくてもいいんだよ。」

 そう言って、君の頬を軽く撫でると、君はビクッと肩を跳ねらせた。かわいいなぁ。
 こんなに可愛い君に対して、知らないやつが彼氏を名乗るだなんて、許せないなぁ。本当の彼氏である僕が守ってあげなきゃなぁ、なんて。
 今頃、あの男は焦っているだろうな。彼女だと思っていた女から、本当の彼氏と一緒に写る写真を送られて。何枚、何十枚と送ってやった。写真を見たときの顔を君にも魅せてやりたいなぁ。…いや、やっぱり駄目。君は僕だけしか見ちゃ駄目。
 君の方を見ると、小動物みたいに小さく震える君が、小さくて可愛い口を開いて聞いてきた。

【貴方は…だれですか…?】

「やだなぁ、君の彼氏だよ。ねぇ?ダーリン。」


No.30

9/8/2024, 12:38:23 PM

 【心臓は、とても大事な臓器ですよね。生きるためには絶対に無くてはならない。それなのに、どうして1つしかないのでしょう。】

 1.きっと、あなたが大切な人とハグをした時、左右の胸で鼓動するのを感じられるようにするためかもしれない。

 一人で生きていかないように。

 2.それか、命を無駄にしないように、たった1つだけにしたのかもしれないですね。

 神様はいじわるですね。


 人は生まれてくる前、母体で育ちます。その時、誰しも心音を聞いて育っています。そのため、正常な心音は、安心させる効果があるとか。電車で眠たくなるのは、母体にいた時、羊水で揺られていた感覚に似ているからだとか。

 胸の鼓動は色々なことを教えてくれます。怖い、緊張している、恋をしている、病気になってしまった、焦り、嬉しさ、全部全部、教えてくれます。心臓がなければ、私たちは鈍感な生き物になっていたかもしれないですね。

 こうして、
 今日も胸の鼓動を抱えて、生きていくのですね。


No.29 _胸の鼓動_

9/7/2024, 4:23:59 PM

 これは、俺が幼い頃。正確には小学二年生の頃の話だ。
 大好きだった祖父が亡くなり、心にポッカリと穴が空いたように傷心した日々を過ごしていた。
 親に怒られたときでも味方をしてくれ、たくさん褒めてくれた祖父は、俺にとって大好きで心の支えだった。
 そんな祖父が亡くなった寂しさから、定期的に祖父の墓に赴き、その日にあった出来事と、よく一緒に食べた饅頭を置いて、5時の鐘の音が聞こえるまで、ずっと話し込んでいた。
 ある日、いつものように祖父の墓に赴いた時、別の人があることに気がついた。その人は、墓場だというのに楽しそうに踊っていた。社交ダンスというのだろうか、見えない何かと踊っているように見えた。
 Yシャツに黒いズボン姿で、短い髪を揺らし、ゆらゆら左右に揺れたり、大きく回って髪をふわりと広げたりしていた。その姿が、なんとも素敵で、目を奪われた。初恋をしたんだ。

「きれぇ…」

 その言葉に、その人はピタリと動きを止め、言葉の方を探った。ハッとして口を押さえ、下を向いてしゃがみ込んだ。

「だぁれ?んー、君は小さいねぇ」

 ゆっくりと話す口調が上で聞こえた。顔を上げると綺麗な人が立っていた。ビックリして尻もちをついた。その人は、ふふっと笑って俺に背を向けた。

「今、丁度ダンスを披露していたところぉ。君も観客として、見ていくといいよぉ。」

 と言い、先ほどと同じように空中に手を添えて社交ダンスのような動きをしだした。虚無に笑いかけ、「上手だねぇ」と話しかける姿は、他の人から見たら異様な光景かもしれないが、俺にとってはそんな姿ですら、美しく惹かれていった。

 数分のダンスが終わると、その人はいろんな方向に会釈をしていき、最後に俺の方へと向いて会釈をした。
 俺は小さな手でパチパチと拍手を鳴らし、目を輝かせた。

「お姉さん…?は、いつもここで一人で踊ってるの?」

「お姉さん…。君がお姉さんというなら、お姉さんでいいよぉ。いつもじゃないよ。お客さんが来た時にだけ踊ってる。」

「お客さんって、おれ…?」

「君でもあるし、君ではない。」

「?」

「あんまり気にしないで。小さな君には難しい話だからぁ。」

「お姉さん、俺にもダンスを教えて」

「残念だけど、教えられない。」

「なんで?」

「君は小さすぎるからねぇ。もう少し大きくなったらねぇ。」

 そう言って、断られてしまった。それでも、初恋したあの人と踊るために、俺は何度も顔を出した。祖父の墓参りをしながらも、キョロキョロとあの人を探してしまう。
 運が良く、会えた日に「教えて」と言っても、その人は「まだまだ小さいねぇ」とだけ言って、虚無に向かい踊っていくだけだった。

 そうして、何日、何ヶ月、何年、何十年と時が流れていった。その人はある日姿を全く見せることはなくなった。俺もその人を思うばかりではいけないと、初恋を諦め、新たな恋に出会い、家庭を築き、80まで生きた。
 その頃には、祖父の墓には、今は祖母、叔父、父、母と俺の周りの人たちも身を納めるようになっていった。
 ついに、俺の番が来た。俺も年を取って身体が弱くなっていき、一人で生きていけない体になっていった。そうして、あぁ、最後にあの人にもう一度会いたかった。そう思いながら、俺は病院で息を引き取った。
 目を覚ますと墓場にいた。地縛霊にでもなったのかと疑ったが、そうではないらしい。死者は思い入れのある場所に49日間いるらしい。思い入れがあるのが墓場とは、なんとも生前の俺を叱ってやりたい思いだった。立っているのも疲れるので、しゃがみ込み下を向いた時、頭の方から声が聞こえた。

「大きくなったねぇ。」

 ハッとして顔を上げると、あの人が立っていた。驚いた顔をする俺に対し、その人は口を開く。

「私は、死者と最後の思い出を作るのが仕事。その中でも、ダンスをして思い出を残すっていう不思議な人だよ。」

 そうして、その人は手を開いた

「もう、小さくないから、踊りやすそう。」

「結局、貴方と踊ることはなかったから、踊れませんよ。」

「どうせ、49日も時間があるんだ。今から教えてあげるよ。」

 その人は俺にダンスを教えてくれた。あのときと同じ動き。楽しいと思う気持ちが増し、周りを見ると、他にも人がいることに気がついた。半透明な姿から同じ幽霊であることに気がついた。この人が言っていた観客は幽霊のことを指していたのか。と初めて気がついた。披露するのは恥ずかしいが、踊ることは楽しかった。そして、暫くすると俺の手から、その人は離れ、叢に向かって言った。

「?」

「だぁれ?君、小さいねぇ。」

 そう言われて出てきたのは小さな男の子。あの日の俺と同じだ。輝かせた目に、少し赤く染めた頬。きっと、あの頃の俺も同じような顔をしていただろう。
 なら、この人の魅力をもっと伝えたい。あの日と同じように、この人を輝かせたい。そう思った俺は、戻ってきたお姉さんと共に、精一杯踊った。
 お辞儀をした時、小さな弾ける拍手を聞き、なんとも嬉しくなった。

No.28 _踊るように_

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