霧つゆ

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9/16/2024, 5:22:57 AM

 画面がチカチカと光って、通知を知らせる。その度にスマホを奪い取るかのようにして通知を確認するが、期待外れで布団に投げ出していた。

 あぁ、早く来ないかな。君の彼氏を名乗る男からのライン。

 そう思いながら、君のスマホをチラチラと見る。その間、君はガタガタと震えて下を向いて泣いていた。

「そんなに震えなくてもいいんだよ。」

 そう言って、君の頬を軽く撫でると、君はビクッと肩を跳ねらせた。かわいいなぁ。
 こんなに可愛い君に対して、知らないやつが彼氏を名乗るだなんて、許せないなぁ。本当の彼氏である僕が守ってあげなきゃなぁ、なんて。
 今頃、あの男は焦っているだろうな。彼女だと思っていた女から、本当の彼氏と一緒に写る写真を送られて。何枚、何十枚と送ってやった。写真を見たときの顔を君にも魅せてやりたいなぁ。…いや、やっぱり駄目。君は僕だけしか見ちゃ駄目。
 君の方を見ると、小動物みたいに小さく震える君が、小さくて可愛い口を開いて聞いてきた。

【貴方は…だれですか…?】

「やだなぁ、君の彼氏だよ。ねぇ?ダーリン。」


No.30

9/8/2024, 12:38:23 PM

 【心臓は、とても大事な臓器ですよね。生きるためには絶対に無くてはならない。それなのに、どうして1つしかないのでしょう。】

 1.きっと、あなたが大切な人とハグをした時、左右の胸で鼓動するのを感じられるようにするためかもしれない。

 一人で生きていかないように。

 2.それか、命を無駄にしないように、たった1つだけにしたのかもしれないですね。

 神様はいじわるですね。


 人は生まれてくる前、母体で育ちます。その時、誰しも心音を聞いて育っています。そのため、正常な心音は、安心させる効果があるとか。電車で眠たくなるのは、母体にいた時、羊水で揺られていた感覚に似ているからだとか。

 胸の鼓動は色々なことを教えてくれます。怖い、緊張している、恋をしている、病気になってしまった、焦り、嬉しさ、全部全部、教えてくれます。心臓がなければ、私たちは鈍感な生き物になっていたかもしれないですね。

 こうして、
 今日も胸の鼓動を抱えて、生きていくのですね。


No.29 _胸の鼓動_

9/7/2024, 4:23:59 PM

 これは、俺が幼い頃。正確には小学二年生の頃の話だ。
 大好きだった祖父が亡くなり、心にポッカリと穴が空いたように傷心した日々を過ごしていた。
 親に怒られたときでも味方をしてくれ、たくさん褒めてくれた祖父は、俺にとって大好きで心の支えだった。
 そんな祖父が亡くなった寂しさから、定期的に祖父の墓に赴き、その日にあった出来事と、よく一緒に食べた饅頭を置いて、5時の鐘の音が聞こえるまで、ずっと話し込んでいた。
 ある日、いつものように祖父の墓に赴いた時、別の人があることに気がついた。その人は、墓場だというのに楽しそうに踊っていた。社交ダンスというのだろうか、見えない何かと踊っているように見えた。
 Yシャツに黒いズボン姿で、短い髪を揺らし、ゆらゆら左右に揺れたり、大きく回って髪をふわりと広げたりしていた。その姿が、なんとも素敵で、目を奪われた。初恋をしたんだ。

「きれぇ…」

 その言葉に、その人はピタリと動きを止め、言葉の方を探った。ハッとして口を押さえ、下を向いてしゃがみ込んだ。

「だぁれ?んー、君は小さいねぇ」

 ゆっくりと話す口調が上で聞こえた。顔を上げると綺麗な人が立っていた。ビックリして尻もちをついた。その人は、ふふっと笑って俺に背を向けた。

「今、丁度ダンスを披露していたところぉ。君も観客として、見ていくといいよぉ。」

 と言い、先ほどと同じように空中に手を添えて社交ダンスのような動きをしだした。虚無に笑いかけ、「上手だねぇ」と話しかける姿は、他の人から見たら異様な光景かもしれないが、俺にとってはそんな姿ですら、美しく惹かれていった。

 数分のダンスが終わると、その人はいろんな方向に会釈をしていき、最後に俺の方へと向いて会釈をした。
 俺は小さな手でパチパチと拍手を鳴らし、目を輝かせた。

「お姉さん…?は、いつもここで一人で踊ってるの?」

「お姉さん…。君がお姉さんというなら、お姉さんでいいよぉ。いつもじゃないよ。お客さんが来た時にだけ踊ってる。」

「お客さんって、おれ…?」

「君でもあるし、君ではない。」

「?」

「あんまり気にしないで。小さな君には難しい話だからぁ。」

「お姉さん、俺にもダンスを教えて」

「残念だけど、教えられない。」

「なんで?」

「君は小さすぎるからねぇ。もう少し大きくなったらねぇ。」

 そう言って、断られてしまった。それでも、初恋したあの人と踊るために、俺は何度も顔を出した。祖父の墓参りをしながらも、キョロキョロとあの人を探してしまう。
 運が良く、会えた日に「教えて」と言っても、その人は「まだまだ小さいねぇ」とだけ言って、虚無に向かい踊っていくだけだった。

 そうして、何日、何ヶ月、何年、何十年と時が流れていった。その人はある日姿を全く見せることはなくなった。俺もその人を思うばかりではいけないと、初恋を諦め、新たな恋に出会い、家庭を築き、80まで生きた。
 その頃には、祖父の墓には、今は祖母、叔父、父、母と俺の周りの人たちも身を納めるようになっていった。
 ついに、俺の番が来た。俺も年を取って身体が弱くなっていき、一人で生きていけない体になっていった。そうして、あぁ、最後にあの人にもう一度会いたかった。そう思いながら、俺は病院で息を引き取った。
 目を覚ますと墓場にいた。地縛霊にでもなったのかと疑ったが、そうではないらしい。死者は思い入れのある場所に49日間いるらしい。思い入れがあるのが墓場とは、なんとも生前の俺を叱ってやりたい思いだった。立っているのも疲れるので、しゃがみ込み下を向いた時、頭の方から声が聞こえた。

「大きくなったねぇ。」

 ハッとして顔を上げると、あの人が立っていた。驚いた顔をする俺に対し、その人は口を開く。

「私は、死者と最後の思い出を作るのが仕事。その中でも、ダンスをして思い出を残すっていう不思議な人だよ。」

 そうして、その人は手を開いた

「もう、小さくないから、踊りやすそう。」

「結局、貴方と踊ることはなかったから、踊れませんよ。」

「どうせ、49日も時間があるんだ。今から教えてあげるよ。」

 その人は俺にダンスを教えてくれた。あのときと同じ動き。楽しいと思う気持ちが増し、周りを見ると、他にも人がいることに気がついた。半透明な姿から同じ幽霊であることに気がついた。この人が言っていた観客は幽霊のことを指していたのか。と初めて気がついた。披露するのは恥ずかしいが、踊ることは楽しかった。そして、暫くすると俺の手から、その人は離れ、叢に向かって言った。

「?」

「だぁれ?君、小さいねぇ。」

 そう言われて出てきたのは小さな男の子。あの日の俺と同じだ。輝かせた目に、少し赤く染めた頬。きっと、あの頃の俺も同じような顔をしていただろう。
 なら、この人の魅力をもっと伝えたい。あの日と同じように、この人を輝かせたい。そう思った俺は、戻ってきたお姉さんと共に、精一杯踊った。
 お辞儀をした時、小さな弾ける拍手を聞き、なんとも嬉しくなった。

No.28 _踊るように_

8/9/2024, 3:42:35 PM

 貴方が、甘えるのが下手でもいいんです。
 きっと、何か抵抗が出来てしまうきっかけがあったのでしょう。怒られてしまった、とか。無視をされてしまった、とか。自分なら我慢できるという思いの反面、きっと心の何処かでさみしい思いをされたのでしょう。その我慢の芽が根を張って、甘えたい気持ちに絡みついて動けないのでしょう。
 もう、甘えていいんですよ。好きな方、好きなものに絆されてください。
 私の言葉になんの力もありませんが、心の絡みついて離れない根が少しでも解けたら嬉しいです。
 甘え上手になった貴方に再会できることをここでお待ちしていますね。

 苦手なことがあったっていいんです。
 だって、完璧な人は居ませんから。少し欠けてるからこそ、互いに支え合えます。貴方の欠けた部分は誰かと繋がる事のできる大切な部分です。逆に、貴方の長けた部分は誰かの欠けた部分と繋がる事のできる大切な部分です。
 人々はパズルのピースのように、私は思います。
 私は、文字に起こすのは好きですが、読むのは得意ではないのです。貴方はここまで読んでくれたということは、私よりは文字を読むことが苦では無いのでしょう。私が起こした文字を貴方が読む。それだけでも一つの繋がりが生まれるのです。読んでくれてありがとうございます。


 失敗してもいいんです。
 転んでもいいんです。
 休んでも、寄り道してもいいんです。
 それが貴方の経験となり、知識となり、成長の糧になるでしょう。はじめから成功するより、何度も失敗してしまっても諦めずに成功させるほうが、達成感も立ち上がる力もつくでしょう。


 長い人生ですから。ゆっくり進みましょう。


No.27 _上手くいかなくたっていい_

7/23/2024, 4:32:27 PM

「父様。私は、どうも桜が好きではありません。」

「どうしてだい。」

 急な私の話に、父様は書き物の手を止めずに、耳だけ傾けた。いつものことなので、私は続ける。

「早くに散ってしまうからです。満開になっても、3つで雨降らしになってしまう。なんとも淋しいではありませんか。」

 私が父様に零すと、父様は書き物の手を止めることなく、私に問いた。

「では、何が好きなんだい。」

「私は向日葵が好きです。」

「どうしてだい。」

「日に向かい笑うような姿がなんとも美しいからです。鮮やかな黄色も素敵だ。」

 私の解いに父様は笑った。朗らかな顔は、朝顔のようだ。

「しかし、枯れてしまったら、茶色く濁るではないか。その姿は美しいかい。」

「枯れてしまっては、愛おしいとは思えないです。咲いている時を好いています。」

 そういうと、父様は顎に手を当て、考える姿勢を取った。

「なるほど。しかし、父様は桜を愛しているよ。」

「なぜでしょうか。」

「桜は、肌を桃色に染めた美しい時に散っていくんだよ。最後まで美しくいようとする姿が愛おしいではないか。」

「たしかに、そうですね。桜は美しくある印象がありますね。」

「あぁ、それにね…」

 父様はそう言って、この話は終わった。これ以上続けることもないので、私は立ち上がり、父様の湯呑みに入れる茶を沸かすために立った。


 追憶に浸っていると、私の腕を引く妻に問いかけられた。

「貴方は、桜がお好きかしら。」

「あぁ、好いているよ。」

「私は、あまり好きではないわ。早くに散ってしまう姿が、あんまりにも寂しいでは、ありませんか。」

 頬を膨らませ、下を向く妻を見て、幼い頃の私を見ているようだった。父からもこのように見えていただろうか。

「最後まで美しく散っていこうとする姿が愛おしいではないか。」

 それに、私を見上げて話す妻の頬に当たる桃色の花弁が、妻の頬を染めるように見えて、愛おしく思える。

No.26 _花咲いて_

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