komaikaya

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4/5/2026, 5:46:31 AM

昨日の続き。
2000字いっちゃってますが…
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 結局、あの人は。
 幼い私の手を──あの人の手を握りしめていた、私の指を解(ほど)いて、振り払ったのだ。

「そう、だ。僕は『それでいい』、それでいいんだ……幼いこの子はいずれ忘れる、何もかもを。だから、そう、それでいい……」

 いつだって穏やかな表情の、笑うときも口の端を僅かにあげるだけだったあの人が、苦痛に耐えるように顔を歪め、「それでいいんだ」と何度も、繰り返し繰り返し呟く──その様を私は、絶対に忘れないよう何度も、何度でも思い返した。

 そうすることで感じる、この胸の痛みは……きっとあのときの、あの人を苦しめただろう痛みと同じものだと、そう思えたのだ。

 たとえあの人が、そのすべてを、忘れ去っているのだとしても。



「お前の持つ絆のうち1つだけ、なかでも一番に大切なものを我に捧げれば、ここから出してやろう」

 ……これは、あのとき。
 人の世でもあの世でもない“狭間“で、カラスの姿をとって顕現した悪魔が、わたしたちに言ったこと。

「……幼いこの子の代わりに、僕が宣言する。この子は、この子が持つ絆のうちの、一番大切なものを1つ、お前に捧げる。だから、この子を……この狭間から、追い出すがいい」

 そしてこれは、あの人が、私の手をギュッと握りしめながら、悪魔に向かって言ったこと。

 そうして私は、そこにポッカリと現れた闇に、あの人の手によって落とされ──人の世に戻ってきた。

 そう、あの人は──私を助けることを、選んでくれた。
 私を狭間に置き去りにして、自分が助かる道があったにも関わらず。

 ……本当は。
 私は、あの人とずっと、あの狭間に捕らわれていたかった。

 あのときの私は、あの人にそれを上手く伝えられなくて、確かに私は、それ程に幼かったけれど。

 でも、私があの狭間に捕らわれていた時間は決して短くはなく──あの人との絆が生まれてしまうくらいの、時の長さは、私の精神的な成長をも育んでいて、だから……!

「私はあの人の意に反し、すべてを覚えている。そして悪魔よ、それ故に私は、お前の目論見通り苦しみ、苦しみ抜いて……だからこそいま、ここにいる」

 石畳の通り、石造りの家々が並ぶ古い街並みが、果てなく続く、不思議な空間。
 この空間が端から、ガラガラと音を立てて崩れてゆくのにも関わらず、あのカラスは僅かに首を傾げて、私を見ている。
 私は、それに構わずに続けた。

「あの人との絆を私から奪ったとして、記憶を残せば、絶望だけが人を、私を支配すると、そう思っていたのだろう? それは、お前の誤算……いやそれすらも、お前の目論見のうちだったか?」
「フッ……さて、な。何食わぬ顔して出て行った雌猫がこうして、ふらりと戻って来て餌を貪る様も、そう悪くはなかった。その対価に狭間と、我のこの現し身の一つは、お前の意のままに、呆気なく滅ぼされるとしようか?」

 私の長年の研究の成果である、対魔の魔法陣が功を奏し。
 結果、カラスを現し身にしていた悪魔は退き、狭間は崩壊した。

 ……あの人はきっと、無事でいるはず。

 絶対に──私の仲間たちが、助けているはずだから。



「ここ、は……」
「私たちの孤児院。そして、これからしばらく、あなたの帰る家になるところ」

 幼い頃に別れたときの姿のままの彼に、私は言った。

「……しばらく、ですか」
「もちろん、あなたが望むなら、ずっといてもいい。けれど、こんな辺鄙な場所に……年寄りと子供ばかりのここに、あなたは、留まりたいと思うかしらねぇ? ……でもね、フフッ。どちらにしても、ここはもう、あなたの帰る家──いつだってこの家は、あなたがどこで生きようとも、あなたと共に在るのだから」

 私は彼の手を取り、そっと握ってみせる。
 青年である彼の、張りのあるしなやかな肌。
 いつかの私の手は、この手よりずっと小さかった。いまは、こんな──シミとシワだらけの老婆の手に、すっかりなってしまったけれど。

 ……ところで。
 あの狭間で彼に手を引かれ、孤独を免れたのは、私だけではなかったのだ。

 彼を救うための旅の過程で私は、私と同じ苦悩と目的を持つ、多くの仲間に出会った。
 彼が顔を歪めながら手を振り解いた回数と、ほぼ同じだけの──。

「……この家は、あなたと私たちの絆。いつかまた、あの悪魔に差し出す日が来たとしても、あなたは狼狽えなくていい。またこうやってね、こんなふうにもう一度、手を繋げはいいだけ、それだけよ」

 ……彼の表情は変わらず、無表情のまま。
 けれどここでの、狭間とは違う淀みのない時間は、きっといつか彼の傷を癒し、彼を本当の笑顔にしてくれるはず。
 それが、私の命の火が尽きる前か、どうかは……恐らくは、間に合わないだろう。

 ……でも、それでいい。
 どうかあなたは、あなたの歩む早さで、癒されればいい。

 いつかのあなたが、幼い私の歩幅を気遣ってくれたように。
 私たちはずっと、あなたの隣を歩む者であり続けるのだから……。

4/4/2026, 5:59:37 AM

「お前の持つ絆のうち『1つだけ』、なかでも一番に『大切なもの』を我に捧げれば、ここから出してやろう」

 と、カラスが言った。

 石畳の通りの古い街並みがどこまでも続く、不思議な空間。
 この目の前の、人語を話すカラスの話すところによると、ここは人の世でもあの世でもない、カラスが創り出した”狭間”なのだそうだ。

「ただの趣味さ。お前たちも、籠に鳥を囲ったり、鉢に魚を留めたりして、楽しんでいるだろう?」

 じゃあ、一番に大切な絆を、カラスに差し出すと、どうなるのか?

「絆が絶たれれば縁も絶える、ただそれだけのことだ。ここから戻れば、お前の記憶には残るが、かつて絆を培った相手やそれらを取り巻く世界は、その記憶を失くすだろう。……1つだけ、を置いてきたはずが、すべてを失った者も少なくはないがな。フフッ」

 この理不尽を聞かせられ、激昂した幾人かがカラスに手を伸ばしたが、どうやってもカラスを滅することは出来なかった。
 カラスの言うことを聞くほかに、人々に選択肢はなく──やがて人々は、絆を捧げて人の世に還ったり、絆を失うまいと、この狭間に留まったりした。

 まぁ、狭間に留まった者の多くもそのうち、この場所の異常さ、不変さに耐え切れずにやがて、カラスに絆を差し出すことになるのだが──。

 そんな人々の様子を、僕はずっと見ていた。

 そもそも僕は、カラスに差し出せるような絆を、1つとして持っていなかった。
 だから僕は、この狭間から出られずにいて、そして──この狭間を行き交う人々が、一様に苦悶するのが何故なのかが、どうにもよくわからなかったのだ。

「ずっとひとりで見てたの? ずっと、って、どれくらい?」

 小さな背たけの、小さな手をした女の子が、僕を見上げて尋ねる。
 カラスとこの狭間のことを説明してあげたけれど、どこまで理解出来ただろうか。

「……わからない。ここはどうやら、時間の流れが淀んでいるようで」
「よど、んで?」
「ええとね、つまり。たぶん……思い出せないくらい長い間、ってこと」
「そっかー。じゃあずっと、さみしかったねぇ」

 いろいろ話をしてみてわかったのは、この子もまた僕と同じように、カラスに差し出せる絆を持たない者だ、ということで。
 そうしてその成り行きのまま、僕はしばらく、その子の手を引いて、狭間での時を過ごすことになった。

 それから──どれくらいの時が、過ぎた頃なのか。
 狭間を彷徨っていた僕とこの子の前に、カラスが再び現れ、そして言った。

「お前の持つ絆のうち『1つだけ』、なかでも一番に『大切なもの』を我に捧げれば、ここから出してやろう」
「……絆を持たない僕らに、いったい……なにを言ってる?」
「フッ、お前。まさか、気づいていないのか?」

 ……ああ。
 そういうこと、か。

 カラスは、僕の反応を楽しむために、この子を……それとも、カラスにも予想外の、偶然の産物なのか?
 ……いや、そんなことよりも。

「幼いこの子の代わりに、僕がこの子の意思表示をすることは可能だろうか?」
「そうだなぁ。仕方がない、特別に認めてやるとしよう」

 芝居がかった調子で、カラスが言った。

 よし。これでこの子は狭間から出られる。
 だが……しかし。

 人の世で1つも絆を持てなかったこの子が、戻れたとして。
 人の世はこの子にとって、この狭間よりも良いものであると、言えるのか?

 そして、この杞憂は……この子との幼く儚い絆を惜しんだ僕が捻り出した、都合のいい考えではないのか?

 ……そうだ。
 これは、紛れもなく杞憂なのだ。
 この子が人の世に渡れば、僕はそのうち、この子のことを忘れてしまう。
 だから、なんてことのない……。

「おにいちゃん、やだ。手を、離さないで」

 小さな手が、僕の手をギュッと握りしめている。
 僕はこれから、この僕よりも体温の高い手の小さな指を、1つずつ外す。

 ……本当に?
 僕の手で、それを?

 この子はそれを──僕にそうされたことを、忘れることはないというのに。

 僕は、どうしたら……。

4/2/2026, 3:00:55 AM

 はー、昨日の『エイプリルフール』は、楽しかった!

 フォトウェディング──写真だけの、結婚式。
 二人でスタジオに行って、レンタルのドレスとタキシードに着替えて、顔も髪も整えてもらって。

 思えばわたし、ずっと笑いっぱなしだったな。

 だってさ。
 お互いにお互いの格好を、茫然と見つめて──見惚れてしまったりとか?
 お互いのそんな反応が、なんだか無性~~に、照れくさくなってしまったりだとか?

 そういうことを二人して、同じタイミングで感じてる、なんて……その嬉しさと可笑しさに耐え切れずにわたしは、盛大に吹き出してしまった。

「……笑いすぎだろ」

 って、ボソリと言うもんだから、それでまた可笑しくなっちゃって。
 もうほとんど、そのままの顔で撮られちゃった!
 カメラマンさんにも「花嫁さん、いい笑顔ですね!」って言われたからね、まぁそれでよかったんだけど。

 スタジオのスタッフさんたちに、わたしたち、「おめでとうございます」「お幸せに」って、本当にたくさん言われたよね?
 あれはなかなか、嬉しかったなぁ。
 祝福される、ってのはこういうことなんだ、って……しみじみ、思った。

「写真出来るの、楽しみだね! お父さんとお母さんにも見てもらいたいなー。今度、夏に行くときに持っていこうね!」
「え? っ、ああ、いや……二人とも驚いて、墓から起き上がって来ねぇかな」
「フフッ、なにそれ? 大丈夫だよ、なーんちゃって、エイプリルフールでー、嘘の結婚でしたー!って、言えばいいだけだもん。計画通り、でしょう?」
「……どっちにしても俺は、殴られそうなんだが」
「えー? そうかなぁ?」
「そうだよ」

 結婚が嘘でも、嘘じゃなくても、殴られる?
 わたしは、そんなことないと思うけどな。

「お父さんも、お母さんも。そういうことの前に、とにかく幸せになってくれればいい、って言うと思うよ?」
「そりゃ、都合のいい考え方だな」
「っ、もう! なかなか譲ってくれない頑固なところは、どっちからの遺伝? 夏に行ったら、文句言わなくちゃ!」
「お前な。それはそのまんま、お前のことでもあるからな?」
「えー? わたしは、そんなに頑固じゃないもん」
「いやぁ、それは……」
「っ、なんで、それも譲ってくれないんだ? っとにもう、ムカつくー」
「フッ。まぁ、怒るなって」

 大好きな人に、わたしの大好きな、その大きな手で、頭を撫でられる。
 その心地よさが嬉しくて、また笑ってしまう。

 頑固……うん。
 でもまぁ、そうかもね。
 わたしはどうしても、譲れなかったんだもの。

 この世界の秩序が、どんなものであっても。
 わたしは、わたしのいちばんの大好きを、絶対に譲れなかった。

 お兄ちゃん──わたしの、いちばんの大好き。

 ……うん。やっぱり、どうしたって譲れないや。
 でも、それでもいいって、わたしとずっと一緒にいてくれるって、お兄ちゃんは言ってくれたから。

 ね。そうだよね、お兄ちゃん?

4/1/2026, 9:34:58 AM

「勝手な言い草だけど。フミカには、『幸せに』なってほしい」

 それが彼の、私へ向けた最後の言葉で──私はあのとき、なんと返事をしたのだったか。

 彼の転勤で遠距離恋愛になるから、という理由で、あっさりと終わった関係。
 いやそれさ、絶対、遠恋が理由じゃないよね? って、胸ぐら掴んで問い詰めてやりたかったけれど、よく考えたらこちらも、それをするだけの気力なんてなかった。

 そうか、そんなもんだったんだ。
 私の、彼に対する気持ちも。

 ──で。
 あれから一週間、私がこうして、モヤモヤしたものを抱えっぱなしで過ごしてるのは、そりゃもう必然のこと……なんだけど。
 彼の、あの最後の言葉が脳裏をよぎるたび、私の抱えたモヤモヤはその濃さを増し。

 モヤモヤを振り払いたい私は毎晩、彼と別れた帰り道に勢いで買ったボトルのウイスキーをハイボールにしてあおり、けれどあのセリフの脳内再生が止まないものだから、ついにウイスキーのボトルが空いてしまったのだった。

 ……ってか、さぁ。
 ナオトの言う『幸せに』ってのは、私が、どういう状態になることを言うのよ?
 あれでしょ? 自分が振った女が不幸だと、なんか目覚めが悪い、くらいの……別れ際の社交辞令としても、まぁまぁイイ感じに聞こえるし?

 ナオトはそれで、一応は今後の幸せをお祈りしてあげたつもりの私のことを、そこですっかり吹っ切って、新しい生活、新しい人生に向かって、まっすぐに前を向けるんだから──。

「……フン」

 思わず鼻で笑ってしまったけれど、マスクの下なのでセーフ。
 それよりそろそろ、どのウイスキーを買って帰るのか、決めなくてはならない。

 カゴにはすでに、このスーパーでよく目が合っていたのに手を伸ばせなかった、ちょっとお高いチーズが入っていて。
 このカゴにはこれから、どんな味かな、ってワクワクしながら選んだウイスキーのボトルや、お惣菜コーナーのチキン、それからスイーツが入る予定で……。

 ああ──ほら。
 私ちゃんと、幸せじゃないか?

 なのにあのときの、そしていまの私が、まるで幸せじゃない、みたいに言われるのは、
 それはやっぱり、おかしい、って……思うんだよね?

「えーい。余計なお世話だ、コンチクショー」

 ……とは、ちゃんと自宅で、ハイボール片手に言った。
 その、1300円のボトルで作ったハイボールはまぁまぁ好みの味、チーズとチキンは大当たりだった。

3/31/2026, 8:59:20 AM

 ボクは『何気ないふり』なら、結構得意なんです。

 鍵のかかってない部屋のドアをちょい、と前足で押して、開いた隙間にひゅるん、と体を滑り込ませて。
 見上げるとお姉ちゃんはベッドで、こっち向きに横になっていて、でも眠ってなくて、ぼんやりと宙を見てる。

 ボクはそこで、すぐにベッドの上に飛び乗って、お姉ちゃんの顔に擦り寄ったり……は、しないんだなぁ。
 まずは、ひと伸び。前足を揃えて腰を後ろに引く、その後、後ろ足を一本ずつ、指と爪もきゅーっと開くようにして伸ばして──そうしながら、お姉ちゃんの視界に、ちょっとずつ入ってゆく。

 たまたま……そう、本当にたまたま、通り道だったんでね? って感じ、間違っても、お姉ちゃんが元気なくって、シンパイだったのーっ! って態度を、おくびにも、尻尾にも出してはいけない。

 ボクが部屋に入って来ても、お姉ちゃんの反応はなくって、でもそんなのは想定内。
 お姉ちゃんの視界の端っこ、お姉ちゃんの世界の片隅にボクは、そうっとお邪魔する。

 ベッドの下のラグの上で、お姉ちゃんの方を向くようにして座る。前足をすっかり丸める、いつだかお姉ちゃんが「すっごく、四角だね!」って言いながら笑ってたあの体勢で、お姉ちゃんの部屋の一部になりきるのだ。

「……コテツ」

 明るかった部屋がちょっと暗くなってきた頃。
 ようやくボクの名を口にしたお姉ちゃんに、ボクは、耳だけで反応してみせる。

「コテツ、おいで?」

 お姉ちゃんの白い腕が、掛け布団からにゅう、っと伸び出てきて。そうやって手招きをされたなら、ボクは応じてもいい。
 でも、飛びついたりなんか、しない。部屋に入ったときのように、自分の体を伸ばしてやりながら、ゆっくり、ゆっくりお姉ちゃんに近づく。

 ベッドの上の、お姉ちゃんが空けてくれたスペースに、ボクはひょいっ、と飛び乗る。お姉ちゃんの白い指がボクの鼻先に触れ、ボクはお姉ちゃんの匂いをスン、と確かめ、それからペロン、とひと舐めする。

「……フフッ」

 お姉ちゃんが緩ませた口元に、ボクはボクの顔をすり寄せ、そこからは思う存分、お姉ちゃんに甘えまくる。

 お姉ちゃんがボクを愛でてくれないとね、ボクも──この世界から、いなくなっちゃうんだから。

 それをちゃんとわかってもらうためにも、ボクは……ボクたちは。

 『何気ないふり』は、ね。
 まぁまぁ、得意なんだよ?

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