君たちはまるで摘み取られ供された花々のようで、この永遠の時を生きる私には、その限られた時間を君たちと共にするのはとても苦しい──だからこそ、花という花はすべて、この身から遠ざけてきた、それなのに。
いまの私はこの手に、君たちという『花束』を抱えている──いずれ後悔するだろう、すべての花々がこの手の中で枯れるのを見る、その未来は遠からず訪れるのだから。
だとしてもこれだけは、伝えるべきなのだ。
縁あって、この私の手の中に留まる君たちへ。
「出会ってくれて、ありがとう」と。
「店長、お願いがあります」
「ん? 北野さん、なにかな?」
「わたしのバイト代から、『スマイル』分を差っ引いてもらえませんか?」
「……スマイル、分? えーと……え? 差っ引く?」
「だってわたし、同じバイトなのに……恩田さんに比べて、ぜんぜんスマイル出来てないじゃないですか」
「あー……まぁね、そんなこともあるだろうけど、それはこれから頑張ってくれればいいから、ね?」
「無理なんです、絶対! オーダー取るのも下げ物もちゃんと出来るって自信あるんですけど、スマイルだけは、わたし……どうしても、出来ないからっ!」
「えーと。なんでそんな、思い詰めてる感じ? ってか、店長のオレはそんなん指摘してないし、誰か他のスタッフに、なにか言われたとか?」
「そんなんじゃありません! スタッフの皆さんはいい人です、そんなこと言わないです!」
「あっハイ、すみません……でも、じゃあなんで」
「店長。恩田さんのスマイルがある日とない日で売り上げが違うのは、もちろんご存じですよね?」
「えっ? ……うーん、そんなに違うかなー?」
「恩田さん、帰りに必ず言ってます。『今日も忙しかったねー』って。正直わたしはそんなでもないことのほうが多くて、それってつまり、同じバイトなのに仕事量に差があるってことで……すなわち! 恩田さんにあってわたしにはないスマイル分、わたしがちゃんと働けてないってことじゃないですか!」
「……いや、待って? それはなにか違うんじゃ、」
「わたしだってちゃんとスマイルしなきゃ、一度はそう考えました。でも……無理なものは無理、わたしこの仕事で、あんなふうに笑えないっ。お客さんや店長の薄ら寒いオヤジギャグにも爽やかに微笑んでみせる、恩田さんみたくなれないんです!」
「や、無理して笑う必要、ないからね? それと、オレのギャグって、そんな?」
「無理して笑う必要が、ない……? じゃあ、それじゃあ恩田さんが、恩田さんのスマイルが報われないじゃないですか! あんなに売り上げに貢献してるのに!」
「っっ! よーし、北野さん、いったん落ち着こうかー? 北野さんのおかげで、恩田さんが頑張ってくれてることがよーくわかったからねー、うん。恩田さんの時給を、次の査定で充分考慮する、これでどうかなー?」
「……スマイル手当、導入していただけますか」
「っ、スマイル、手当?」
「恩田さんのためにも、ぜひ」
「あっ、あー……そういうのあったら頑張れるってバイトさん、多いのかなー? 北野さんももしかして、スマイル手当があれば励みになって、スマイル出来ちゃったりしてー?」
「わたしは、スマイル無しですね。本っ当に無理なんで、お客さんと店長の寒すぎて処理に困るダジャレとオヤジギャグ」
「北野さん……スマイルは無しでいいからね、けど言葉はもっとこう、オブラートに包んで欲しいかなっ泣」
私が彼女へのこの気持ちを"誰にも言えず『どこにも書けないこと』"とする魔術を自らに施したのは、国の魔導師の長として、国のすべての民の前で公平な立場で在らねばならないからで。
とにかく、本人の前であろうとなかろうと、気持ちを口に出しさえしなければ、乗り越えられる──そう思ったからこそ、この気持ちに自覚したその日に魔法陣を描き始めて三日をかけて完成させ、全精力を削ってそこにマナを注ぎ込み、魔術を成功させたのだ。
「……いやぁ、うん。ここんとこ一体、なにやってんだろーなーとは、思ってましたけど。でも閣下の側近としてこの際、はっきり言わせていただきます。閣下のお気持ちは、口にせずとも記さずとも、バレバレです」
「……は? なんで?」
「魔塔にも城内にも、閣下の第4王女殿下へのお気持ちを知らない人なんて、一人もいませんから。ってか自覚すんの、遅すぎじゃないですか?」
「えっ? っ、いや、だから……なんで?!」
「なんで、って……閣下は、その自覚もないんですよねぇ……ああ、そろそろ第4王女殿下とお約束した時間じゃないですか?」
「あっ、ああ、そうだな。なぁしかし、バレバレは言い過ぎじゃないか? そこは訂正を……って、鏡?」
「その、ゆるんだ顔! それに王女殿下への態度が、他の人と比べて全然違うのと! その、いまも無自覚に垂れ流してる浮かれマナがまるで、背景に花飛ばしてるみたいなんですってばー!」
エアコンの排気音と、『時計の針』が進む音。ふと我に返って本から顔を上げ、静かだ…と月並みな感想を持つ。窓の外は雪。家の中の自分は、諸々を重ね着してベッドの上、掛け布団をコタツ代わりにしての読書。カラスの鳴き声がして、こんな雪の日なのに彼らは寝ぐらから外へ出掛けているのか、と思う。ああでも、彼らの寝ぐらは、こんなに温かくはないはずだ。こうして静けさを享受するより先には、温かい寝ぐらがなくてはならない。与えられた寝ぐらとこの日々は、当たり前などではない。それを思い知る日が、どうかこの身に訪れませんように──うなされて起き、一寸うたた寝をしていたのだと気づく。相変わらずに、時計の針の進む音がしている。
あの人のことを想うだけで『溢れる気持ち』を透明なグラスにこぼして、待つこと小一時間。
一見ただの透明な液体でしかなかったそれが、どういうわけか、透明な上澄みの部分と、重たくて澱んだ部分の二層になっていて──どうして、いつの間にこんなことになってしまっていたのだろう。
光を通せばきらきらと光る、透明で綺麗な気持ちのまま──この距離のまま、一方的に想うだけでよかったはずなのに。
現状の関係以上を欲しがって、濁らせたくなんかない、なのに知らぬ間にどんどん濁ってしまうこの恋情を。
私は一体、どうしたらいいのだろう?