『灯火を囲んで』の情景3篇
・いつ
・どこで
・誰が、誰と
・なぜ
・なにを=『灯火を』
・どのように=『囲んで』
・どうした
◇◇
給料日前の週末に
自宅で
ワタシとアナタが
冷蔵庫の中を片付けるために
カセットコンロの灯火を囲んで…
「鍋だな」
「鍋の季節になりましたねー」
◇◇
世界が闇に覆われし時
我の居城で
我とその眷属が
その崇高なる目的のために
不滅の灯火を囲んで
大いなる書物を紐解く
「おそらく、中二病の読書」
「眷属って?」
「ぬい、かな…」
「フフッ、夜更かしも程々にねっ」
◇◇
ほかの人にはなんでもない日
わたしの部屋で
推しと一緒に
わたしの誕生日のお祝いに
小さなケーキに立てた
一本のロウソクに揺れる灯火を囲んで
わたしはその火をそっと吹き消した
「とりあえず、おめでとう〜」
「おめでとう」
「この場合の推しはやっぱり、」
「アクスタとか動画とか…いや。
もし仮にこの推しが、実物だとしたら?」
「……あっ。プロ彼女の匂わせブログ!」
立冬を迎える前から『冬支度』はすっかり整っている。保温効果の高い肌着の上下に靴下、手袋とマフラー、羽織るダウンにも室外用と室内用があるし、羽毛布団も冬用のモコモコスリッパも、すっかりスタンバイ済みである。
そう、少しでも体を冷やしたら、負ける。
負けとは──風邪を引くこと。
冬支度というのはつまり、戦の準備だ。冬という季節と私との、絶対に負けられない戦いの始まり。
一度も風邪引かないで春を迎えられれば、私の勝ち! 毎年そう意気込んで、でも昨シーズンは数回負けた……悔しい。
マスクにのど飴、使い捨てカイロ、葛根湯、ビタミンCのサプリ、ヨシ。あとは日々の食事と、加湿は夜洗濯の部屋干しで……あー加湿器という便利な物もありますよね、でも加湿器のお世話に自信がない……今年は検討してみようかな?
アナタの冬支度はどこから?
ワタシは喉から、とにかく喉を守るのだ!
円満離婚した元ダンナは、私の10コ上だった。
そして、いまの私のカレシであるスバルくんは、私の10コ下。こんなの、もちろん狙ったわけじゃないんだけど。
離婚前の私は。元ダンナと同じものが見たい、と年に似合わない背伸びをして、それで空回りばかりしていた。
だからスバルくんが、私との年の差に、要らない焦りを感じている、その気持ちが、わかりすぎるくらいにわかってしまうのだ。
でもね、スバルくん。私はあなたに、そんな無理はしてほしくない。彼に、そのままでいいよ、って言いたいけれど、それを伝えることの失礼さも重々承知している。
なら例えば、神様にでも頼んで──スバルくんを待って、私の時だけが止まってしまう、そんなことが起これば、私たちはすれ違わずにいられるのだろうか?
「町中華特集かぁ。最近、多いなー」
テレビのリモコンを片手に、スバルくんが言った。
結局、今日もこうしておウチデートになってしまったのは、私が体のだるさを訴えたからで。20代のスバル君はまだ若いんだし、もっと外にお出かけしたいだろうなぁって思うんだけど。
こんな私に付き合わせてしまって、いいのかな。テレビ画面に映る、中華屋さんを営む老夫婦を眺めながら、罪悪感と、それと真反対の、彼に想われ大事にされていることへの嬉しさが、私の内側でせめぎ合っていて……。
「12歳年上の姉さん女房。ふーん……」
その姉さん女房なおかみさんのコメントを聞いたスバルくんが、言った。
「俺もこの境地に、早くたどり着かないもんかなぁ……出来れば、あと2年くらいで」
「んん? この境地、って?」
「このご夫婦さ、82歳と70歳で、でもそんな年の差があるなんてパッと見、誰もわかんないじゃん? いまの俺だとどうしても、ユウナさんと比べてガキでしかないから、」
「あと2年で、って……フフッ。アハハハハッ」
「なっ……笑わなくたっていーじゃんか!」
スバルくんの、ムッとしたカオ。
でも、ごめんね。だってさ……。
「やだ。そんな急に年とりたくないよー」
「や、だから、そういうことじゃなくて! ユウナさんはそのまんまで、俺がもっと、」
「それもやだ。スバルくんもそのまんまでいい、そんなにすぐに、オジサンにならないでよ」
そっか……そういうことなんだ。
私とスバルくんはいつか、おばあちゃんとおじいちゃんになって、年の差が10コもあるなんて、誰にもわからなくなる。私とスバルくんの間に横たわる年月は、それこそ時間が解決してしまうってこと、じゃあ、それならば。
神様にはやっぱり、『時を止めて』欲しい──私だけじゃなくて、二人一緒に。この瞬間、スバルくんがスバルくんのまま、そして私も私のままでいる、いまという時間を、もっと大事に、ゆっくりと味わいたいから──。
……なーんて、ね?
でも実際のところ、アンチエイジングにはそこそこ必死にならないと、いろいろとマズいかもしれない。この美少年顔はきっと老けにくい……どうするよ、私?!
「スバルくん、『キンモクセイ』の香りがするねー。どこで咲いてるのかなぁ」
ああ……今年も、か。
ユウナさんは毎年この季節になると、路地に漂うキンモクセイの香りにそわそわする。そんなに、うれしそうにして──ひょっとして、円満離婚したっていう元ダンナとの、いい思い出とか、そういうのがあったりするのだろうか?
そうやって俺は、キンモクセイの香りに、その背後にいるかもしれない元ダンナ氏に嫉妬する。あーもう、なんか不毛だし、重症だし……。
互いの部屋に泊まるような関係になってもう10か月も経つってのに、それでも俺は、まだ過去には勝てないんだよなぁ、などと独り勝手に打ちのめされて落ち込み、それで──結局。
俺って本当、ユウナさんとの歳の差以上にガキくさい、我慢できずにこうして、ユウナさんに問い正してしまうんだ。
「え? キンモクセイをなんで気にするか、って……や、べつに、彼との思い出がどうこうって訳じゃないよ?」
「……そう、なの?」
「うん。単純に、そんな季節になったんだなーって思うだけで……」
なんだそうだったのか、と俺が安堵したのも束の間、ユウナさんが「……ああ、でもね。……フフッ」なんて、思わせぶりに笑った。っ、なんだよ、やっぱりなにか……。
「いま気づいた。スバルくんだからだよ、キンモクセイのこと、口にしたの。だって彼とはそういう類の、例えば、空が高くなってすっかり秋の空だねぇ、なんていうぼんやりした話は、全然しなかったもの」
ベッドの上、すぐ隣にいる彼女の、ひんやりした手が俺の頬に触れた。
「スバルくんにはそういう、もしかしたらつまんないかな? ってことでも、なんでか話せちゃうんだよねぇ。っていうかキンモクセイの思い出って言うなら、スバルくんと初めて会ったときのこと、思い出すよ? ウチの店に来てくれたのが、ちょうどこの時期だったな、って」
半身だけ起こしたユウナさんが、しょうがないなぁ、ってカオして俺を見下ろし、それから軽いキスをくれる。
あーあ、それって……キンモクセイなんかにも嫉妬する、ちっさい男でもいいよ、ってこと、ユウナさん?
あの男は、いつもそう。
わたくしに永遠の忠誠を誓った騎士のくせに、わたくしより先にわたくしを見つけられない。
遠ざかる足音──あの男の背を、わたくしはただ、見送ることしか出来ない。何度生まれ変わってもわたくしはちゃんとあの男を見つけるのに、ったく、あの男ときたら!
そうやって、わたくしではない女に笑みを浮かべ、わたくしに背を向け──ああ、せめて文句を言ってやりたいのに、どうしてなのか、わたくしは声を出すことが出来ない。
だからわたくしは、ただ願うしか出来ない──あの男の背に、わたくしを置いて『行かないでと、願ったのに』、そう強く願ったのに、それなのに、あの男は──!
「ああ、もう! わたくしに、気づきなさい!」
そう叫んだ自分の声で、わたくし──わたしは、目を覚ました。
ここは……そう、教室の、自分の席?
「あれ……夢、だった?」
「あー。やっと起きた」
声のほうに顔を向ける。隣の席に座っていたのは──くされ縁の幼なじみでクラスメイトでもある、シゲタトキオ。教室に残ってるのはわたしとシゲだけで、それは日直の仕事があったからで……。
「ごめん、わたし……寝ちゃって、た?」
「うん。日直レポート提出しに行って戻ったら寝てて、すぐ起きるだろうって待ってたけど、なかなか起きないからどうしようかって思った。で、それで……なんの夢、見てたの?」
シゲにじっ、と見つめられながらわたしは、夢の余韻を追おうとして──でも。
「えっと……わかんない。ぜんぜん思い出せないや」
「っ、なんだよそれ。あんなハッキリ寝言言ってたくせに……覚えてない、って?」
そう言うとシゲは突然、ケラケラと笑い出し。わたしの頭はまだ半分くらい寝ぼけていて、でも段々と、夢の中の腹立たしさだけを思い出しはじめた。
「覚えてないけど、なんか、すっごくムカついたのは覚えてる……ねぇ、殴っていい?」
「はぁ? なんでそーなんの?」
そしてわたしたちは、どちらからともなく立ち上がり、夕暮れの教室を後にした。
駅までの道を、連れ立って歩きながら。シゲが呟いたことばを、わたしは上手く聞き取れなかった。
「悪かった……でも今回は俺が先だったね、我が君」
「えっなに? ごめん、なんて言ったの?」
「いや……ちゃんと待ってる俺って、エラいよねってハナシ!」
「あーハイハイ、お待たせしてどーもすみませんでしたー」
「なんだよその、謝る気のない言い方!」
だって。なんならもっと待たせてやればよかったって、なんでかそう思うんだもの。
胸がキュッとなるような、この気持ちは……なんなんだろう?