『秘密の標本』の情景3篇
その1:
「先月に『秘密の箱』ってお題、ありましたよね?」
「ですねー。秘密シリーズ?笑」
「お題がまさかのシリーズ化笑。今月は『標本』……ってことは来月は、封印、風景、風船とか?」
「あーなるほど、そう来ますかー。いや風船て笑」
「で、さ来月は部屋かヘソクリ」
「うわー現実味あるー」
その2:
「先輩。この『秘密の標本』ってなんスかね?」
「なにも言うな。プロの引っ越し屋なら黙って運べ」
「でも全部の箱にわざわざ書いてあるのってのが、」
「中身が標本だってわかるだけ、まだマシだ。あと詮索はもういいから、黙って仕事しろ」
「あーこの箱の感じ。瓶と、なんか液体が入ってるっぽいんスけど……あっ。この研究室ってほら、両生類学の、」
「っ、言っとくがな! 俺はそっち方面のそういうのは大っ嫌いなんだよ! ついでにお前みたく思ったことなんでも口にする後輩も大嫌いだ、コンチクショー!」
その3:
「教授のクソ野郎……『新しい研究室はとっても広くてキレイだから見においで』って……」
「完っ全に騙された! これ全部ここにいるオレらだけで開けて棚に分類整理し直すとか、無茶ブリすぎるだろ?!」
「ってか梱包したの誰だよ? いくら部外秘だからって箱に『秘密の標本』しか書いてないって、おかしいだろ? 番号振って別でリスト作るくらいのこと、思いつけよ!」
「だって! 教授が私たち呼びつけたの、研究室退去日の2日前だったんだよ?! 」
「詰めるだけで精一杯だったっての!」
「その割に『秘密の標本』って、全部の箱にキッチリ書いてるのがウケるよな〜?」
「それは……引っ越し業者さんへの牽制になるから、って教授の指示だったの! そのほうがたぶん丁寧に運んでくれるからって……画数多いのに……っ、書くの、クッソめんどくさかった……」
「あー……悪かった、泣くな。とりあえず……教授にピザかなんかタカリに行ってくるから、な?」
『凍える朝』には布団の中で、ここにはない、自分以外の体温を恋しく思う。もしウチに猫チャンがいたらきっと、すっごくあったかいんだろうなぁ、ってね。
SNSなんかで見る猫チャンたちは飼い主に寄り添って丸まって、それが羨ましくって。でも無理、生き物の命を預かれるだけの金銭的余裕も度胸も私にはないんだよねぇ……ハァ。
その代わりに、というわけでもないんだけど、掛け布団はそこそこのお値段の羽毛布団を買ったし、それでも独り身女子の独り寝の体ってどうしてこんなにあったまんないのよ〜って日のほうが多いから靴下と腹巻き必須で……ん、でも今朝はなんだか、とってもあったかい……。
寝ぼけまなこで布団の中の、適度に硬くて熱を持った物体を撫でる。これってもちろん、猫チャンじゃなくって……あれ?
「にゃー。くすぐったいです」
その物体から低く、くぐもった声がした。
「先輩、おはようございますにゃー」
その声は明らかに、成人男子のそれで。その耳覚えのある声のおかげで、昨晩の記憶が秒でよみがえって私の脳裏を駆け巡り……あああ! 酔っ払った勢いで後輩年下男子を部屋に連れ込んで、猫扱いして布団にも引っ張り込んで? でもお互い服もちゃんと着たまんまだし、でもでも添い寝って……マジかー。
……にしても。
ああん、もう……すっごく、あったかいぃー!
さっすが、人肌!
羽毛布団の下で。猫って言うより、なんでも言う事聞いてくれるワンコな後輩の体が、私の体にピタリと寄り添っている。その熱の気持ちよさに、私はそっと目を閉じ、そしてそのまま、現実逃避も兼ねての二度寝を試みるとこにしたのだった。
世界のすべては『光と影』の中にある。目に見えるすべての物は光に照らし出され影を持つから、世界を絵にしたかったらその光と影を、注意深く見極めないといけない。
例えば、僕が一枚の絵にして切り取ってみせたい世界では、どこに誰に光が当たっているのか、それを魅せるために影をどう描くべきなのか──手元に描くための手段があるときもないときも、僕はいつもそれを、頭の中でずっと考え続けているんだ。
絵にしたい、と思えるその瞬間はふいに、僕が思ってもみないときに訪れる。僕の目、そして胸の奥がそれを脳裏に焼き付けるようとして、カシャリ、と音を立ててシャッターを切る瞬間がある。
世界がその一瞬、いちばんに照らし出し、浮かび上がらせ、際立たせたいと願ったもの──僕はその美しいもの、光と影が世界から切り取ったそれを、どうにかして僕の絵に表現したくて、だから……。
「それで俺を、お前のモチーフ……モデルにしたい、と」
僕のまわりくどくて下手な説明を最後まで、イヤな顔もせずに聞き終えた彼が、やわらかな微笑みを浮かべて言った。
「いいよ。ってか、ここンとこ俺の姿ばっかシャッター切ってる、とか……そんな目で見られて口説かれたらそりゃ、な」
そんな目って、どんな目? ……あっ、ちょっとジロジロ見すぎだったかも? 慌てて顔ごと視線をそらすと、彼の伸びてきた両手が僕の顔を挟み込み、顔を元の位置に戻される。
至近距離で見る彼の瞳もとてもキレイで、見惚れてしまって、触れてきた唇がやわらかくて……って、あれっ? どういうこと、いったいなに、が……?
「『そして、』それから!」
ああ、なんということだろう。二人が手に手を取って走り去る後ろ姿を目にするまで、私は私の罪に気がつかなかった。
私はいままで、どれだけ彼らを蔑ろにしてきたことだろう。事あるごとに彼らを使い、だが彼らに報いることなどはなく──その度に彼らは、歯を食いしばって、その仕打ちに耐えていたのだ。
「待ってくれ、お願いだから……」
哀願の声は彼らに届くことなく宙に消え。私は彼らに向かって伸ばしていた手を下ろし、それか……グフッ、下ろして、ゲフンッ、えっと、下ろしてー、ゆっくりと立ち上がる。
そし……ゴフッ、んーとえっと、えーゴホッ、ゴホン! ……そんでもって、もう片方の手に握りしめていたスマホに気づくと、その画面上に残っていた文字の羅列に目を落とした。
《ワタシたちがいなくても、アナタなら大丈夫》
「嘘だ、そんなの……私にはそんな語彙力ないんだってば! えー無理無理、無理だよぅ……」
メソメソと泣き始めた私の肩を、そんでもってがポンポン、とあやすように叩く。そし……ゲフゲフッ、ゲフン!
『tiny love』
♪ tiny love このちっぽけな恋を
かけがえのない、って思うのに
tiny love 誰も彼も神様も
ありふれている、って笑うんだ
tiny love わかってるよアタシにも
どうしようもない、ってことくらい
tiny love ちっぽけな恋なのに
どうしたらいいの、ってあの人は
悲しそうに笑うんだ