「スバルくん、『キンモクセイ』の香りがするねー。どこで咲いてるのかなぁ」
ああ……今年も、か。
ユウナさんは毎年この季節になると、路地に漂うキンモクセイの香りにそわそわする。そんなに、うれしそうにして──ひょっとして、円満離婚したっていう元ダンナとの、いい思い出とか、そういうのがあったりするのだろうか?
そうやって俺は、キンモクセイの香りに、その背後にいるかもしれない元ダンナ氏に嫉妬する。あーもう、なんか不毛だし、重症だし……。
互いの部屋に泊まるような関係になってもう10か月も経つってのに、それでも俺は、まだ過去には勝てないんだよなぁ、などと独り勝手に打ちのめされて落ち込み、それで──結局。
俺って本当、ユウナさんとの歳の差以上にガキくさい、我慢できずにこうして、ユウナさんに問い正してしまうんだ。
「え? キンモクセイをなんで気にするか、って……や、べつに、彼との思い出がどうこうって訳じゃないよ?」
「……そう、なの?」
「うん。単純に、そんな季節になったんだなーって思うだけで……」
なんだそうだったのか、と俺が安堵したのも束の間、ユウナさんが「……ああ、でもね。……フフッ」なんて、思わせぶりに笑った。っ、なんだよ、やっぱりなにか……。
「いま気づいた。スバルくんだからだよ、キンモクセイのこと、口にしたの。だって彼とはそういう類の、例えば、空が高くなってすっかり秋の空だねぇ、なんていうぼんやりした話は、全然しなかったもの」
ベッドの上、すぐ隣にいる彼女の、ひんやりした手が俺の頬に触れた。
「スバルくんにはそういう、もしかしたらつまんないかな? ってことでも、なんでか話せちゃうんだよねぇ。っていうかキンモクセイの思い出って言うなら、スバルくんと初めて会ったときのこと、思い出すよ? ウチの店に来てくれたのが、ちょうどこの時期だったな、って」
半身だけ起こしたユウナさんが、しょうがないなぁ、ってカオして俺を見下ろし、それから軽いキスをくれる。
あーあ、それって……キンモクセイなんかにも嫉妬する、ちっさい男でもいいよ、ってこと、ユウナさん?
11/5/2025, 3:35:04 AM