「お姉ちゃん、キスしよう」
その言葉が妹の口から告げられたのは、今朝のことだった。
今は午後5時。
既に半日ほど経っているのに、彼女の言葉が、記憶に焼き付いて離れてくれない。
目覚めた瞬間、目の前に迫っていた妹の顔。
そして、例の言葉を言った時の表情。
その景色が頭を覆うたび、あの瞬間に戻ってしまいそうになる。
私は帰り道を進む足を止めて、道端にしゃがみ込んだ。
あと数歩足を進めれば、家に着く。
妹も、そこにいる。
もし、再びあの言葉を投げられたとしたら、私は今朝のように突き放せるだろうか。
多分、無理だ。
私はあの子が好きだから。
無理だと、思う。
あぁ、家に帰りたく無い。
妹の顔を見たく無い。
キス、したい。
『恋』と『愛』は違うと言うが、『愛』と『食べたい』は同じだと思う。
愛がゼロだとして、『食べたい』はその延長線上……遥か彼方にある感情だ。
そこは、最果て。
つまり、最上級の愛とは『食べたい』なのである。
「やめっ、やめっ!」
小さな身体が、俺のことを必死に拒絶する。
頬に押し当てられたその手を、パクリとしゃぶってみた。
しょっぱい。
涙を拭った後の手は、しょっぱかった。
彼女は、俺を拒絶しているが、俺は彼女を『愛』している。
『愛』や『恋』と言う物は必ずしも相思相愛である必要はない。
一方通行であっても、『愛』や『恋』は成立するのだ。
だから、俺は今……この子を沢山愛している。
何よりも尊い、最上級の愛で。
「あ"あ"っ!!」
悲鳴が上がる。悲鳴?いや、雄叫びだろうか。
どちらにせよ、悲痛に顔を歪ませた彼女は……実に苦しげである。
あぁ、愛しい人。
その指を噛みちぎった時、綺麗に歯形が残った。
断面は歪ながら、確かに俺の歯並びを模している。
彼女の一部が、俺の中に今。はいった。
これでやっと、俺は彼女を愛せたんだ。
「おっぱいって、怖いね」
人気のない公園で、幼馴染を膝枕していた時の事だ。
彼女は、私の方を見てそう言った。
「ん、どうして?」
「だってさぁ……」
その小さな唇は、淡々と言葉の続きを紡ぐ。
「こうやって下からおっぱい見てると、太陽が見えなくなるんだもん。なんか……世界の終わりみたいじゃない?」
前から独特な奴だとは思っていたが、ここまで変人だとは思いもしなかった。
同性の幼馴染に膝枕をねだられて普通に許す私も、人のこと言えないかもしれないが……。
「よく分かんない」
「下になってみれば分かるよ」
彼女はそう言って、体を起こした。
正座をし、その手で『おいで』と言うかのように膝を叩く。
「んっ」
柔らかな太ももに頭を埋めながら、私は空を見上げた。
いや、空は見ていない。
こいつのデカパイのせいでほぼ視界が遮られている。
影が落ちたその胸は、まるで宇宙だ。
青いはずの空に、果てしない宇宙が広がっているかのような景色。
太陽が消えてしまった事によって、光の反射がなくなり地球を覆う空が壊れてしまったかのような、そんな景色だ。
「終末だね」
「でしょ」
その小さな手は、私の頬に当てられた。
何度かムニムニと揉まれて、すぐに離れる。
そして彼女は、にんまりと口角を上げた。
「おっぱいは宇宙だ」
エッチがしたいなぁ……って気分で寝ると、エッチな夢を見れる。
腹減ったなぁ……って気分で寝ると、飯をたらふく食う夢が見れる。
私が今朝見たのは、姉を殺す夢だ。
つまり、それは。
「おーい」
寝癖まみれの姉が、私の前で手を叩く。
ぼーっと、一人の世界に入り込んでいた私は、目を覚ましたかのように顔を上げた。
私はこの人を、殺したいと思っているのか?
「大丈夫そ?」
うーん……。
死んでほしくないなぁ、やっぱ。
こんな可愛い存在が家から居なくなるのは、嫌だもん。
「お姉ちゃん」
私の声に、彼女は安堵してため息を吐く。
「どうしたんだい、我が妹よ」
気取った感じに腕を組み、私の言葉を待つ。
「お姉ちゃん、死なないでね」
「え?」
私はそっと、彼女の頬を撫でながら、その唇に触れてみた。
顔が赤いけど、嫌では無さそう。
抵抗は、してこない。
「お姉ちゃん、やっぱ死んで」
私はやっぱり、この人を殺したい。
殺して、殺して。
他の誰にも、この可愛さを見てほしくない。
私だけの、お姉ちゃんだ。
ある朝目が覚めたら、部屋の中にデロリアンがあった。
銀色の角ばったボディに、赤く光る計器類。
マジもんのデロリアンである。
いきなりここに転移してきたとか、そういう感じでは無さそう。
だって、壁に穴が空いてるから。
デロリアンの周りに瓦礫が散乱していて、壁に大穴。
たぶん、空から突っ込んで来たんだろう。
ここはマンションの5階だから、アクセルとブレーキの踏み間違いなんかじゃない。
バック・トュ・ザ・フューチャー2のデロリアンなら、たしか空も飛べたはず。
てなると、ここに来た経緯は納得できるが……もしかして運転手ってドク?
運転席を見てみた。居たよ。
確かに、あのドクが居た。
何から何まで、映画のドク、そのまんまだ。
ただ一つ、割れた頭から脳みそのかけらを垂らしてる点を除けば。
「おーい、おーい、聞こえますかー?」
彼の目の前で、手を振ってみる。
もちろん、反応は無い。
死んでる。
(困ったなぁ……壁の修理代、請求できないじゃん)
私は一瞬肩を落としかけたが、すぐに立ち直った。
思い出したのだ。
今、目の前にあるこの車は、タイムマシンじゃないか!
壁がぶち破られる前に戻って、ドクが死なないようクッションとか置けば、すべて丸くおさまる。
さぁ、時間旅行の始まりだ!