「お腹減ってない?」
「…キスの後の言葉じゃないと思うけど?」
彼が笑顔を見せる。
「やっと繋がった」
彼女が満面の笑みを浮かべると「私も嬉しい」と声を出す。
ギュッと抱きしめ合うと彼がそのまま自分の手を引っ張り立ち上がらせる。
「あそこにさ、美味しそうなCafeあるじゃん!?」
「あーあるね!」
そこに見える海の家だろうか?
小さなCafeが見えていた。
「せっかくだし海見ながら食べようよ!」
「ん?いいけど」
「俺買ってくるからそこに居てよ!」
「あ!わ、……行っちゃった。行動力ほんと早いんだから」
彼女がクスッと笑いながらまた海を見直す。
ただ静かに、
ただ一定のリズムで波の音が聞こえる。
他は何も…聞こえない。
後ろを振り返るとそこには彼の姿も見えなくなっていた。
何だか急に不安に陥る。
さっきまで隣にいた彼がいなくて。
離さないと言ってたその声も何も聞こえない事に
物凄く不安が訪れていく。
「ね…私1人…寂しいよ…」
人間というのは単純なものだと痛感する。
つい今朝まで私は自分の力だけで前を進んできた。
仕事も決して上手くいっている訳ではなくて
ギリギリの生活をしながらも…
必死に日常にしがみつくのが精一杯で
彼を想う一方的なその気持ちさえも押し殺してまで
一生懸命に『1人で生きてきた』。
なのに…彼に『好きだ』と言われて。
彼が傍にいると知ってしまった今
自分だけの世界じゃなく、二人の世界になってしまった。
離れる事が、こんなに…寂しいと感じるなんて。
体育座りになるとその足に顔を押し当てる。
そのままゆっくりと目を閉じる。
何も聞こえない…その静けさの中にどうか
砂を踏む音が聞こえるように…と願うように。
episode 『bye bye……』
「ずっと離さない…」
「ほら、せっかく海見に来たんだから行こう?」
その手がしっかりと握られたままその手に引っ張られる。
「風が丁度いいね?あ…」
彼女の髪がふわっと靡く。
「髪の毛ちょっと結びたい」
「ん?あぁ、ポニーテールでいい?」
「えっ、あ!ちょっと」
彼が左手首に付けていたヘアゴムを取ると
すぐに後ろに回り込む。
そのまま髪を優しく触った。
「それくらい自分でやるからいいよ!?」
「彼氏らしい事少しやらせてよ?」
「それ関係なくない?」
彼女が砂浜に座ると彼がそのまましゃがみこむ。
優しい大きい手が自分の頭に触れるのがわかる。
その髪の1本1本を優しく撫でるのもわかる。
「私…この時の事忘れないような気がする」
「なに?」
「きっと一生忘れないって言ったの。
貴方とやっと気持ちが伝わって、
幼なじみじゃなくなって彼氏彼女って関係になって
……こうして同じ景色」
その瞬間自分の顔が横を向く。
そのまま柔らかいものが触れる感触がした。
「これでカップルだ」
「……キス…」
「……俺の気持ち伝わった?」
彼女がクスッと笑う。
「伝わんない!」
「んじゃあちゃんと俺を見ろ…」
そのままお互いが目を閉じる。
お互いが見つめ合う。
目の前に見えるのはただずっと静かに波立つ海しかない。
目を閉じて景色が見えなくたって…
目を開けたら、そこにはお互いが大好きな人がいる。
ずっとずっとこれからその景色を一緒に見れるよね。
ね?そうでしょう…?
episode 『君と見た景色』
「わっ、きれー…」
「好きだろ?」
車から降りると一気に目の前に海が広がっている。
「うん、凄く久しぶりに来た」
彼が手を目の前に差し出す。
「ん?」
何も言わず、ただその掌を見せている。
「何よ?この手」
「……か…カップルじゃん。手繋ぐくらい…してぇじゃん」
「カップル…」
ずっと一緒にいたけど、それは小さい頃からで、私と彼はただの幼なじみ。
そう自分の中で割り切って生きてきた。
彼を好きだとは思ってたけど。
それは私だけが想ってた感情で。
もし彼に自分の気持ちを打ち明けたとして
彼にその気が無かったら私との関係も
二度とこうして会えなくなるかもしれないと思ったら
そんな事言えなかった。
でも…この手を今握ったら…
「ね、約束して!!」
「ん?」
彼女が少し離れて彼に手を差し出す。
「私のこの手握ったら…私の事……」
「一生離さないって約束して!!」
その言葉に彼がくすっと笑うとすぐにその手を掴む。
「今更何言ってんだよ、お前!!」
「ずっとずっと…一緒にいるだろ?小さい頃から。幼稚園の頃からお前の手一回も俺は離した事ねぇよ!!」
彼の指が自分の指に一気に絡み合うと
その強い力がすぐに伝わる。
「これからもずっと離したりしねぇよ」
episode 『手を繋いで』
「ね、どこに行くの?」
「ん?」
「さっき言ってたじゃん…大好きな所あるんだけどって」
「それ言ったら面白くないじゃん」
「そうだけど……」
「そこに着くまでのお楽しみだよ」
そう言えば昔もそんな台詞聞いた事がある。
「ちょっと!!自転車の二人乗りは危ないんだよ!」
「んじゃあ歩くか?お前だけ」
その瞬間ガンッと何かを踏み自転車が少し跳ねる。
「いったぁーーー!」
「あははは」
「幼なじみだから何してもいいって訳にはいかないんだからね!!」
「していいに決まってんだろ?お、お……」
彼の脇をこちょこちょとすると
慌てて急ブレーキをかける。
「転んだらどーすんだよ!!」
「その時はあんただけ転びなさいよ、私降りるもん」
「お前なぁ……」
「私に痛い事させた罰!」
彼が笑顔になりながら自転車を降りると
そのまま後ろに座った自分の方を見る。
「何よ?」
「な、ちょっと良いとこ行くか!」
「え?どこよ?」
「ここから割と近いんだ!」
彼がまた自転車に乗るとペダルを漕ぎ始める。
「だからどこに行くの!?」
「言ったら面白くねぇじゃん!」
「懐かしい顔してどうした?」
「ん?昔の事思い出して」
「なんかあったっけ?」
彼女が助手席の窓を開けると一気に風が入り込む。
「昔もどこに行くか教えてくれなかったなって」
「ははは、そんな事言ったかな?」
「言ってたよ」
「海だよ」
「え?」
「お前と海見ようと思って」
episode 『どこ?』
『大好き』
そう言えたら…どれだけいいんだろう。
『好き』と『大好き』の違いって何なんだろう?
彼のその横顔が好き。
彼の性格が好き
……それはただ『好き』なだけで
『大好き』って何が基準になるんだろう。
彼が私の事を『大好き』と思ってくれてるのか。
それともただ『好き』って思ってくれてるのか。
聞いてみたい気持ちはあるけど……
『ん?好きだよ?』って言われたら…
それはただの『好き』だけであって、私を『大好き』だって思ってないんじゃないかと思ってしまいそうで
そう考えたら怖くて聞けない……。
「な!これからさ、俺の大好きな所行きたいんだけどまだ時間ある?」
「えっ!?大好き!?」
彼が少しびっくりした顔で横を見る。
「な、なんだよ!ちょっと声大きくして」
「あっ…ごめん、つい考え事してて……」
その言葉にクスッと笑い声を出す。
「なんだよ…不安がって」
「え……?」
「心配すんな。お前が大好きだよ」
episode 『大好き』