君と居るだけでなんでこんなに笑えるんだろう。
君といるだけで時間があっという間に過ぎていくんだろう。
「彩芽?何考えてんの?」
「えっ!?別になんにも考えてないけど?」
彼がビールの缶を持つと彼女の前にあるカップに注ぐ。
「彩芽あんまりお酒飲まないんだっけ?」
「そんなことは無いよ?ただ時間があっという間だなって思ってさ」
彼が時計を見るともうここの家に来てから2時間は経っていた。
「ほんとだ、早いね」
「…ね、さっき言ってた話って本当?」
「ん?」
「私この家に…っていう話だよ」
彼がクスッと笑う。
「俺と一緒に寝たいんじゃねぇのかよ?」
「ま、まぁそれは……それは否定…しないけど」
「否定しないんだ」と彼が笑い始める。
「な、なによ!」と言いながら彼女が慌てたように下を向き恥ずかしそうにしていると彼がテーブルに肘を当て右手で顔を半分隠しながら彼女を見た。
「嫌になったら自分の家に帰ればいいんだよ。でも俺の事好きならずっと一緒にいて欲しい。俺だって離れたくないし、仕事終わったあと彩芽がいるこの家に帰ってこれるならいくらでも頑張るさ」
「朔……」
「君とずっと一緒にいたいから」
彼女が何も言わず下を向く。
「そろそろ寝ないとな、もう12時だ」
彼が立ち上がると彼女の手を掴みそのまま立ち上がらせる。
「寝よう、な?」
「うん」
彼女を抱きしめると彼は満面の笑顔で彼女の口に重ねる。
そのまま導かれるように2人は暗闇の部屋へと進んで行った。
episode『君と』
そのドアがゆっくり開く。
その瞬間…自分の鼻に通るのは『彼の匂い』だった。
「…朔の匂いする」
「ははっ…ようこそ?」
「はじめまして」
私の家より少し大きいその家に
少しキョロキョロと見回す。
「あんまりジロジロ見ないでよ」
そう言いながら1つのドアを開ける。
そこには割と広いリビング、そして奥にはベッドがあった。
「へぇ、ひとつの空間になってるんだ?」
「開き戸だよ」
「なるほどね?」
「彩芽ベッド使いなよ、寝る時」
「えっ?朔は…?」
「俺あっちの部屋にベッドもう1個あるから」
そこにはまた1つのドアがあった。
そっか、そりゃそうだよね…。
そう思っていると彼がクスッと笑う。
「何?もう俺と片時も離れたくないんなら寝るけど?」
「えっ!?」
一気に顔が赤くなる。
ドキドキが止まらない…
「…そうだよな。もう幼なじみじゃないんだもんな」
ドキドキする……
それ以上…
「一緒に寝ようか」
私もうどうなっちゃうんだろう…
episode 『はじめまして』
そんな寂しさの中…私は暗闇の中ただ正座座りで
ずっと下を向いているだけだった。
「こんな思いするなら…好きになんかならなきゃ良かった」
その時だった。
その静けさに『ピンポーン』とチャイムが鳴り響いた。
びっくりと共に体が跳ね上がる。
慌てて立ち上がるとそのまま玄関のドアを開ける。
「………朔」
そこには……その顔を見るだけで
「おい、あんなLINEされ……彩芽」
その彩芽の目からは大粒の涙が零れていた。
「私好きになっちゃダメだったのかなって…」
抱きしめるとそのままゆっくりと玄関のドアを閉める。
お互いが何も言わない。
ただ…確かめるかのように抱きしめているだけだった。
「俺は好きだよ」
「…寂しいって思っちゃったんだな」
朔のシャツが少しずつ冷たくなる感触が伝わる。
「またなって言ったわけじゃないだろ?」
「…朔」
「俺あの時また明日なって言っただろ?」
笑いながらしゃがむとそのまま上を見る。
「泣くなって、もう泣かせないって言っただろ?」
「けど寂しくて…」
「いて欲しい?離れたくない?」
「…寂しいよ…離れたくないよ…」
その答えにクスッと笑う。
「彩芽。軽くとりあえず荷物まとめて持っていこう」
「え?」
「今日はまたねって言うべきじゃなかったって俺も思ったからこうして引き返してきたんだ。ちょっと渋滞なっちゃって…電池も切れちゃって…」
「彩芽泣かせてるかと思ったら急ごうって思ったんだけど」
「…朔…」
「彩芽、家おいで。明日会社は俺が送っていくから」
「うん」
彼女が涙を拭くと笑顔を見せる。
「この家と少しお別れかな?」
「…え?」
「朔の家行ったら帰らないかも?」
彼女がクスッと笑うと彼も笑う。
「そしたら荷物全部持って俺達の家にいけばいいのさ、またな!って言ってからな」
episode 『またね!』
LINEを送ってからもう何時間経つだろう。
ふと時計を見る。
あれからもう3時間…。
あのLINEが何か朔にとって嫌だったのかと不安になって仕方なくなって…
「ご、ごめん…不安なこと言って」
と追いLINEをしたのだが、それすらも既読にならず…
ご飯を作らなきゃいけないのに……
それすらも手につかない。
今まで友達としての彼は毎日連絡を取り合う関係ではなかった。
ふとした時にLINEが来て、お互いの今の環境を話する。
お互い元気そうでよかった!それくらいの連絡頻度だった。
「…彼女になったらLINEしてくれるって訳じゃないんだ…」
彼にとって私とのLINEはそんなにしなくてもいいっていう解釈なのかな…
確かに私も常にずっとというのは困る。
けど…今日告白しての、今日付き合いたての……
今日だけはまだ沢山話したいって思うのは
『私だけ』なのかな。
そう考えただけで
涙が溢れ出てくる。
好きになるって
理想と現実……ってなんでこんなに違うんだろう
寂しいだけなのに。
episode 『涙』
家のドアを静かに開ける。
開けた瞬間目の前に見えるのはただ暗い景色だ。
明かりをつけると一気に自分の家に帰ってきたと感じる。
一応こまめに掃除はしていて
整理整頓はきちんとしているつもりだ。
もう1つのドアを開けるとすぐに明かりをつけ
ソファに横になる。
そのままスマホを付けるが何も通知は入っていなかった。
さっきまであんなに幸せだと感じていたのに
急に今はひとりなんだという現実が突きつけてくる。
過去の出来事になっていくのが、悔しい。
「…寂しいなぁ」
ゆっくりと目を閉じる。
あの唇の感触。
大好きな人の味がまだ口に仄かにしているような気がする。
私…彼女なったんだなと…実感する。
だがその彼の手の温もりは確実に無くなっていき
その口の中に残る微かな味さえも失われていく…
それはまるで『幻』のような気がして
私はただ夢を見ていただけなのかもしれないと
途端に怖さを感じて現実から背けるようにその目を閉じ続けていた。
その瞬間音楽がスマホから鳴る。
すぐに目を開けるとそこにはLINEが1件入っていた。
「…離れたくない」
たったそれだけでさえ、目元が優しく微笑む。
私は小さな温かいものを手に入れたのかもしれない。
まだ今はほんの小さなものでも、続けば続くほどそれは次第に大きくなりもう二度と失う事もないものになるのかもしれない。
その送られてきたLINEをきちんと考えながら
一つ一つの言葉をタップしていく。
「私も寂しい…離れたくなかったよ」
episode 『小さな幸せ』