あの頃の私へ
パラレルディレイレター
未来の自分から過去の自分に送れる便箋在中。
今、手元にある封筒の中身はそれらしい。
封がされている訳でもなく下駄箱の上にポンと置いてあった、ちゃんとした便箋とかのアレじゃないATMの横に刺さってる奴。だけど俺が使ってる銀行名とは違う。しかも年季を感じるし、なんなんだ。
封筒の小さなメモ欄に書いてある筆跡は間違いなく俺で、俺の名前と冒頭の言った事が記載されている。イタズラなのか知らないがかなり疑いの目で見ているのは確かだ。やるとしても異臭騒ぎで一度叱った隣人しか思いつかんが部屋に入れる時点でこんな回りくどい事するかなとも思う。
やる事も無いし、まぁ興味本位だ、見てやればいい。
材質は紙で変な重さも無い、安っぽい安価な紙で作られました感のある封筒から出てきた一枚の三つ折り便箋。
それ以外は封入されていないみたいだ。少しお香の匂いがするだけで何の変哲も無さそう。
普通に手紙を開いて内容を確認する。
《俺へ 早くそこから出ろ。あいつはこのアパートを燃やす気だ、玄関から出るな、気がついたら窓から出ろ早く!!》
書かれたその内容を咀嚼する間も無く、玄関からビシャビシャと何かが掛けられる音がする。
恐る恐るドアスコープを覗くと赤いポリタンクが転がっていて、広がる液体にチャッカマンを向ける青年、そう今まさに火を付ける瞬間であった。
カチッ
燃え上がる火柱と閃光と轟音。爆発したんだと理解するのに少し時間を要した。痛みもなく遠のく意識の中俺はーーー
「はっ!!!。、、ゆ、夢か」
自分の部屋のベットで目が覚めた、妙にリアリティのある夢だった。まだ心臓がバクバクする。
「生きてる、良かった」
さっきの夢で確実な死を覚悟したからか生を実感する。
しかしあの夢は何だったのか、鮮烈過ぎて忘れられない。
一息ついて起き上がる、朝一番による場所はそうトイレだ。そう言えばあの夢もトイレから出た後にあの封筒に気がついて。。
「まさか、ね?」
部屋のドアを開けて廊下の電気を点ける、トイレは玄関のすぐ右で下駄箱は左。そして下駄箱の上にはあの封筒が、そして静かに液体の流れる音とほんのりガソリン臭。
「嘘だろ!?、クソっ」
半ば本能だった、窓を力任せにこじ開け、エアコンの室外機を踏み台に高いベランダを乗り越える。
硬いアスファルトの上に転がり落ちると同時に、炸裂する爆発と黒煙。命かながら危機を脱した。
それから消防と警察がやって来てアパートの消化活動が行われたがほぼ全焼。幸い俺と隣人しか居なくて、唯一の被害といえばコレクションのフィギュア達が犠牲になった事くらいか、地味にきつい。
それから判明した事だが、犯行に使われたのは火災に使ったガソリンだけじゃなくて、手製の爆弾が使用された形跡があるとか、そりゃそうだあんな爆発をしたんだものマッチとガソリンだけでああはなるまい。
俺個人としては事情聴取と家の書類やらでもうてんやわんやで目が回る目が回る、人間どこで恨みを買うか分からないものだ本当に怖い。
もう深夜一時を過ぎている、もう色々疲れたしコンビニで済まそう。
気だるげな店員の掛け声と、太めな男性が二カゴ目一杯に積まれた即席ラーメンをレジに置いていた。
今日は適当な惣菜パンでいいかもう、お財布も全部消失したし今のライフラインはこの携帯だけ残高も残り少ない。
手に取るは半額のツナマヨパンと2個入りの渦巻きチョコパン。それとお茶。めんどくさいけど袋も。500円差し出しお返しは百円と少しだけ。
あの時の手紙が無ければ今の自分は居ない、だけどどうやって未来の俺があの便箋を手にし、どうやって届けたのかは不明だ。なんとも不思議でならない。
遅い遅い夕飯をコンビニの外で済ませる、ある種の立ち食いだが税が余計にかかるのを防ぐための策だ。
ゴミを袋にまとめてふたたび店内へ、今度は店員さんの声は返ってこずレジはがら空きだ。
曲がれば目当てのゴミ箱と近くにATMがある。現金を引き下ろすカードは無い、でも別の物は何となくある気がした。
そして俺は見つけた、手を伸ばして一枚抜き取る。
利用した事も聞いた事も無い地方銀行の。
夢にまで見た赤いお花が描かれた封筒を。
終わり
逃れられない
ペンネーム 韻を踏む推本読専少女は「名探偵シリーズ」およびその作者を応援しています
二月十四日、今日は待ちに待ったミステリー小説の発売日。私の大好きな(◯◯すぎる、名探偵)シリーズその続編で、基本変人ムーブを素で出しつつも決めるところはビシッと決める主人公アルバス、彼の奇想天外な行動に振り回されても手掛かりを見つけしっかりアシストする助手のハッチンソン。犯人から突きつけられる難攻不落の難事件に彼らの奇怪なコンビネーション推理が炸裂する。時に鮮やかに華やかに、時に滑稽にひょうきんに、鋭くエグるように追い詰めるように。
コロコロと変わる主人公の機嫌と情緒で私達読者すら振り回して来るのだ。
映像化もコミカライズも展開してない小説であるにも関わらず、関連アイテムが充実していて前作は黒猫のラバーストラップが付録として付いて来た。まさかこれが真相の大きな手がかりと同時に主人公のーーってネタバレになるから黙っとこう。ファンの間で凄く盛り上がった事だけは伝えとく。
待望も待望のその新作が世に解き放たれる、その瞬間を出待ちする気分は芸能人を取り囲む記者のようだ。特設のウェブページを下にスワイプしては再読み込み、分針が進むたびに一回、また一回。今月のギガ数がミリ単位で削り取られていくのも厭わない。揺れる電車の中液晶をひたすら擦り続けている女子高生が居たらそれは私です、そっとしといて下さい。
あわよくば冒頭だけでもと期待していたのに無情にも駅に着いてしまう、乗り過ごしてサボってしまおうかと一瞬心の悪魔が囁いたのは秘密だ。
ようやく購入出来たのはお昼休みの終わりで、チャイムとほぼ同時にアクセスが可能になった。いいでしょうヒーロー(楽しみ)は遅れて登場するモノだから、あ違う、楽しみは後に残して置くタイプだから。。。。。。何の話?
全ての授業を終了したとスピーカーから鳴り響く、必要最低限の荷物をカバンに詰め込むと、一目散に教室から抜け出す、もちろん行き先は図書室だ。
手の中に収まる文明の利器を両手で慈しむように持つ、この中には私が望む物語が綴られている。そう思うだけで胸が高鳴り今すぐにでも読んでしまいたい。
家まで待てない、小躍りする気持ちが足に出ないようにしないと、ここは学校、スキップは目立つ。
ウキウキで階段を駆け降り、別棟に向かえば真新しい図書室、早速中へと駆け出せばその前を塞ぐように壁に追い込まれた女と金髪男。
私の完璧な計画に暗雲が立ち始めた瞬間だった。
口説き文句告げてそうな男とそれに応える頬染め女の図、声こそ聞こえてこないけどコレ壁ドンよね?
いや普通に邪魔。ニコニコしてた私の表情筋を返して。
男が肩を抱き寄せ二人はそのまま図書室へ。
無理。
気を取り直して屋上!自販機の横に置いてあるようなベンチが一つ置いてあったはず。
さあ扉をあけたら広がる青空、転落防止用のフェンス、地味そうな男とかわいい女、これは告白直前!二人と目と目があった!気まずいよ!失礼しました幸せに!
めげずにどんどんいくぞー。
今度は公園、飛び交う鳩達、餌やりシニア、サッカー大好き少年群。スマホに夢中の母親と、ボールで遊ぶ幼い子、座るとこ無⤴︎い↓落ち着けな⤴︎い↓、さっきの子供がボールを追いかけ赤しnまてまてまてまて!!!
続いてファミレスお礼の折り紙ポッケの中、踏み出す前足、満員御礼パンパン店内、パーティピーボー、そもそも落ち着けないし集中できない、あさっきのお客同じ制服しかも男女で複数組、さようなら。。。イエイ。
どこに行っても大体カップル、もしくは人生の分岐点に立つ人達に出会い、おちおち読書も出来ない。
そしてここは本当に最後の砦、ベイド珈琲店。
自宅から遠ざかるし価格設定も割高、本当は避けたかったけど家の鍵忘れてて結局家に入れないし、親遅くにしか帰らないしで本当に仕方なく来た。
ある意味で正解の場所なんだけど、今日の流れ的に上手くいかなそうで正直かなり不安だ。
待ち時間も無くすんなり通され、アルバイトバリスタの導きにより私の居住地は二人用の小さな席、その隣にはテーブル席が見える。念の為長居するかも知れない期待を込めて、ホットのマンデリンしかもでかい奴をオーダー。
私は今日何度目かの溜息を吐き出してスマホの電源を入れる。書籍アプリのアイコンをタッチ、さらに件の推理本に指を重ねて触れると二人が描かれた表紙が現れた。
読む前に精神統一をする、深呼吸だ。目の前の作品と向き合う心構えの一環。
横からアルバスがクソデカホットコーヒーを差し出す、と同時に大学生くらいの男女が隣の席へ座った。
私は反射的に二人を注視した、様子を伺う為に。
男性はちょっとモテそうなイマドキ男子のただ住まいでチラチラと向かいの女性にチョコをねだっている。
女性はというと無に近い表情で丁重に断る仕草をしながら、A4サイズより大きなトートバックを片手で大事そうに抱えている。
あ、そうか今日はバレンタインデーだったわ。あまりにも無縁の行事すぎて存在すら忘れていた。
男性が切り出す、話ってなに?
女性は微笑んで勿体つけるように言う
わかってるでしょ?
男性はわからないよと返すが私には何と無くわかった、これはおめでた案件でしょ。
あのバックに入ってるのはエコー写真、二人の右手には指輪があるつまりはデキ婚コースまっしぐら。
大体予想が出来てしまえば後の流れは分かる、イチャイチャラブラブの濃厚惚気空間発生。つまりは読めない。
後は若い二人でどうぞゆっくり、小説は結局一文も読めなかったし明日にしよう、私は次の電車のダイヤを調べる為に別のアプリを開いた。
「ねぇ、わからないの?」
「えぇ?わかんないって」
二人の声が隣から聞こえる、もう、私の視線には入ることはない。
「じゃあそうね、別れましょう、私達」
「はぇ?」
。。。。え?
「浮気、してるでしょ?」
「な、何の事だかわからないよ、ハニー?」
店内の小さな談笑さえもピタリと止んだ。
視界を隣に移せば目が泳いでいる男性と、先ほどとは打って変わって無表情の女性。
「正直に言いなさい、浮気してるわよね?私の他に三人も」
おもむろに彼女はバックから何かを取り出した。テーブルの上に広げられた写真を前に男は震える声で反論する。
「ち、違うって、これは、何かの間違いd」
「何も違わない、この証拠こそが正しい、真実よ、認めなさい」
さながら鬼を滅するアニメのようだった。
それからずっと彼女のターンだった。
言い訳を重ねれば重ねるほど締め付けられ追い込まれていく被告人と、淡々とアリバイを崩していく彼女、さながら探偵のような鋭く相手の心を仕留めんばかりの言葉の槍。傍聴席の私たちの前で罪を明らかにされ、この状況から逃れられない彼は終始項垂れており、まさにこの世の終わりを堪能しているに違いない。
数時間の答弁の末の結末はこうだ。
男は言葉のアッパーカットを喰らい戦意喪失満身創痍、見事、彼女の完全勝利で幕を閉じた。
あんな事が起きたっていうのに私の関心はもうそこには無くて、彼女トートバックにつけている黒猫のキーホルダーを見つけ、私は再びテンションが上がったのであった。
終わり
また明日
幻の防波堤
おれが住んでいる町は人が少ない、たぶんカソカとかミソカツってやつ。最近知った。
この間テレビで東京の横断歩道にうんと詰められた人の集まりが途切れたりしないでずーーっと続いてるのみてさ、お母さんに聞いたんだ。東京ってどのくらい人が住んでるのってさ。
そしたら「社(やしろ)町に住んでいる人全員を千倍にしても到底届かないんだよ」だって。よく分かんないや。
あ、社町ってのはおれの町の事ね。
学校の先生、先ぱい、友達、みんな合わせても全身の指で数えれちゃう。授業も一緒だし体育も一緒、一緒だと楽しいからあんまり考えた事無かったけど、都会だとちがうみたい。
学校は大好き、けどおれが一番家まで遠いから下校すると絶対一人きりになる。ちょっとだけ寂しい。
でもねもう平気だよ友達が出来たから。
いつもと違う道を通ったら道の真ん中に小さなお家の箱が落ちててさ、重かったけど頑張って道の端に動かしたの。土が付いてたからハンカチ使って少し拭いてさ、日も沈んで来たし帰ろうと思ったら後ろから声が聞こえてさ、振り返るじゃん。
おれと同じ位の男の子が駆け寄って来るの。
「ありがとう」
突然そんな事言うからふいんきに押されちゃって
「どういたしまして?」
て答えちゃった。何のことか分かんないけど。
「一緒に遊ぼうよ」
って誘ってくれた、本当は遊びたかったけど、あんまり遅いと怒られちゃうから
「また明日ね」って約束して帰ったんだ。
その次の日から学校帰りはそこを通って、学校がない日もその子と一日中遊んで、この町をたんさくしたり、昔の町の様子を聞いた。
物知りで頭が良くて、一番すごいのが占い!
明日の天気やテストの範囲を教えてくれたり、夕飯のご飯も当てて見せた。
一日一つだけだけど、毎回聞くのが楽しみだった。
抜き打ちテストとか、誰が休むとか、お化けが出るらしいみたいな。
でも突然占いを辞めちゃった。あの時様子が変だったし、あの子は空を見上げてぶつぶつ喋って何か考え込んでた。
「調子が悪いみたい、もうしばらくは見れないや」
それからあの子は、とにかく大きな石を積んで積んで山にする遊びをしよう。って、勿論断る理由もないし最初は楽しかったんだけど、次の日もその次の日もずっと同じ遊びが続いて、「また明日も来てね」とか言われても
どうせ同じだろうしつまんないからヤダって断った。
そしたら慌てて
「あ、明日で最後だから、明日で終わりにする。本当に後少しなの、それでなんとか出来るんだ。お願いだよ」
おれの服を引っ張って泣きそうな顔をするから、仕方なく折れてあげた。
「本当に明日だけだよ」
次の日おれはあの子と石の山を完成させた。出来上がりは山と言うよりレンガの壁みたいな、そのレンガが石に置き換わった奴。ギリギリ向こう側が見える高さに作ったから、崩れないか心配だったけど大丈夫らしい。
もうへとへとで他の遊びをする気力も無くて、そこで帰ろうってなった。
「じゃあ、また明日ね」
「...あ、うん、また、明日、ね」
そのままお家に帰ってお風呂済ましてご飯食べて、お布団に横になって寝てたら。
突然外からザーーーって音がしたんだよ、布団から飛び起きて窓見たらすっごい大雨、何も見えない。
よく見たかったからちょっと開けたら畳がびしょ濡れ、お母さんが怒ってスパーンと閉めた。あとやっぱりめちゃめちゃ怒られた。
お山の方から大きな音を立てて何かが近づいて来た、そして止まった。それはわかったんだけど見ようにもお母さんが通せんぼしてさ、全然窓に近づけない。
お父さんは何処かとお電話してて、おじいちゃんはおれを離してくれないし、本当につまんない。
時計の針が一周した位に、雨の音が止んだのね。
お父さんが叫ぶんだ、早く家から出なさい。
お母さんお父さんおじいちゃんおばあちゃんにあと猫。全員乗り込んだら急発進、訳が分からなかった。
だから車の後ろの席からお家の方向を見たんだ。
山の一部が崩れていて途中の高台で引っかって流れが止まってた。その下、やまのふもとにおれの家があるから危うく飲み込まれるところだったみたい。
よーく見ると何故か別の場所で石のお山を作ったはずなのに、その高台に移動してて土砂を止めてた。なんでここにあるの?
結局はあの壁は崩れて家は無くなっちゃったんだけど、それでも全員無事なのが奇跡らしい。
あれからあの子とは会えていない。
また会えたら良いな。
終わり
透明
メリーリメンバー
一生に一度の晴れの舞台、俺の、俺たちの結婚式。
今日がその当日、現在進行形で準備が進められる中、俺はかつて無い程の緊張に襲われていた。
招待状の不備や漏れ出席の有無、嫁手製のウェルカムボードの設置、スケジュールの確認、支度準備、スタッフさんの手伝い。。は断られたが、とにかく何か動いて無いと胸がザワザワして落ち着かない。部屋中ウロウロ回ってみたり、深呼吸してみたり、古典的だが人の字を書いて飲んでみたり様々な和らげ方を試したが、どれも効果を実感出来ない物ばかりで役に立たない。
いっそ全く別の意識に考えを逸らせれば紛れるかもと、真っ白で汚れ一つない壁を眺め思い立つ、そうだ壁に顔を激突させその痛みで緊張との中和を試みるのは?思い立ったなら吉日?だ、よし、いくぞ、せーっ..
「新郎様失礼します、そろそろお着替えをって何をしてるんですか!?」
すんでの所で控室の扉が開き、スタッフさんが止めにかかる。何故あんな行動をと聞かれ先程の考えを伝えるれば、「お気持ちは分かりますが」と前置きをして主役なのだからどーーんと構えていれば大丈夫。ときた。
何気ない「主役」という言葉にプレッシャーが追加でのしかかる。あ、お腹痛くなってきた。
数十分後、姿見に写る自分は過去一整っていた。白のタキシードにオールバックに固められた髪の毛、お前俺かよと言いたくなる何割マシの顔面、メイクさんと衣装さんの共同作業の末に成った、インスタント魔改造、俺マーク2ここに爆誕。やっぱりプロは凄いなと素直に感心する。あんなゴツゴツザラザラがプルプルもちもちお肌になるなんて何かの魔法なんじゃないか。
感動の余韻を感じる暇もなく、お邪魔するわよと無遠慮に母親が扉を開けた。
招待客の案内でスタッフを探していたらしい、母はちらりと見やると「あら、誰かと思ったわ」とコメントを残すと続けて「時間もまだあるしついでだから飲み物は何が良い?」と普段と変わらない声のトーンで聞いてきた。
本当は冷たいコーヒーが飲みたい気分だったが、この後触れ合うだけとは言え相手のニガテとする飲料を直前に口にするのも好ましくは無い、とはいえ水じゃ物足りないのでお茶をリクエストし、母は後ろに居た父からペットボトルのお茶を手渡されそのまま俺にサーブ。。って親父いつの間に居たんだ。
間も無く式が始まる、まだ支度が完了していない花嫁を大きな扉の前でひたすら待つ。
この一枚先に沢山の親戚や職場の同僚、友達、新婦側の面々。とにかく沢山の人達が俺達の出番を今か今かと待ち望んでいる。向かい側から談笑する声が、胸のざわめきを引き連れてやってくる。
無事に終える事が出来るか、転ばないか、あいつが心変わりして帰ってしまわないか、変な寝癖は付いてないか、思考がぐるぐると回って訳が分からない。呼吸が浅くなる、今にも倒れてしまいそうだ。
そんな時、隣から俺の名前を呼ぶ声がした。聞き馴染んだあの女性の声だ、もう一度呼ばれる、今度はこちらの様子を伺うような声色で。ハッと我に帰り声の主に身を向ける。その姿を視界に収めた瞬間、全ての雑音が遠い彼方へと吹き飛んだ。
純白のドレスに身を包んだ天女、天使?
透き通る様なベールをした、花嫁がそこに居て。
美しい、心の底からそう想った。
彼女が俺の腕に手を添える、横顔も美しい、光に照らされた透明な宝石が耳元で煌めいて揺らめいて。彼女を引き立てる、視線を外せない。
扉が開いた音も、彼女の発した小さく声高な声も気が付かず、あまりの愛おしさに俺はその場で彼女を抱きしめてしまった。
以降、嫁からも同僚からもずっとこの事で弄られ続ける羽目になったがあの時の行動に後悔はない。
嫁がダイヤのイヤリングを付ける度に、また俺は忘れられないあの結婚式を思い返すのだった
終わり
理想のあなた
深淵の向こう側
《ようこそ電脳世界へ、初めにこの世界での体を設定しましょう。》
西暦3千とんで13年、科学の技術が爆発的に向上し今や仮想現実の世界が主流の現代。自宅から一歩も歩かずに買い物ができ、国内外誰にでも会えるし、世界の果てにすらワンアクションで飛べる。仕事も専ら自宅から職場まで向かう事なく仮想出勤だ、遠い昔ならテレワークだとか言うらしい。
《生体情報をスキャンしました、この容姿をメイクしますか?》
原則社会人として働ける年になるまでこの仮想現実には登録出来ない、詳しくは現実と仮想が区別出来る精神状態か否かで判断される。
《私のオススメは目元を明るく、全体的に爽やかな印象を持たれやすいこちらでどうでしょう》
だがそんな事どうだって良い、なんせオレの目的は。
《操作が確認できません、コンソールにタッチするか音声を発して下さい》
「うるせぇ」
パン!!!
______
もう何度目かのログイン、どうにもあの機械音声が気に食わなくてイライラして返答する気にもなれず、指図もされたくも無いしでコンソールを叩き割りまた失敗。
暴力行為をすると危険行動とみなされ強制的に追い出されてしまう、セーフティとも言うがコイツの所為で一向に進まない。
じゃあなんでってログインした方がやり易いから、それだけ、ついでにハッキリ言ってしまうとオレはこの仮想現実のシステムが大嫌いだ。
【理想のあなたで始める新生活、さぁ踏み出そう世界への一歩】
そんな謳い文句反吐が出る。
発する声も容姿すら嘘で何が理想だ、何が仮想だ。
そんな物が出来たから、父も母も兄弟にすらオリジナルは居ないものとされて、勝手にオレの理想のモデルを作って置き替え、手続きが面倒で大変な戸席にすら変更を加えて本格的にオレを抹消しやがった。
悔しくて悲しくて、段々と馬鹿らしくなって、復讐してやろうそう心に誓った。
正攻法はもうやめだ、この日の為に死に物狂いで培ったハッキングスキルを全世界に披露してやろう、何が出ようが実行してやるだけだ。
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拍子抜けするほどあっさりと不正ログインできてしまった。なんだ見かけだけのセキュリティかよ、後はメインのサーバーにアクセスして自己消滅プログラムを実行するだけ。目の前に居るのは警備かなんだかな、仮想現実らしく格子状の檻かなんかで塞いだ方が守り良く無いか。
まぁいいけど、よっと。
あははははは!!やったやったぞ!!上手く行ったこのまま消えてしまえ何もかも!あははははばばばばばばばーーーー
『深刻なエラーが発生しました、シュミレーションを停止します』
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「監視番号B3331、社会更新プログラム続行不可を確認」
「またですか先輩、もうダメじゃないですかコイツ」
「あぁ、犯罪者を更生させるプログラムって言われてるが。現実で犯罪犯す奴が仮想世界でしない訳が無いしな」
2人の看守はまたかと言った様子でモニターの一つを確認する。1人の男が叫び狂っている場面でフリーズし、エラーを示したテキストボックスが表示されていた。
ここは仮想現実型社会更生プログラム課、精神的に異常が認められた犯罪者が収容される場所。
幾つもの独房に囚人服を着た人間が、沢山の装置を取り付けられそれぞれの房で横たわっている。
犯した犯罪の度数によって理不尽な状況に追い込まれどの様な立ち振る舞いをするかを測り観測する、3回連続で犯罪行為をすると体に繋がれた幾つかの管から大量の睡眠剤が投与され、速やかに刑が執行される。
「できる限り囚人の望む世界を再現してやっても結局は再犯しちまう時点で救いがないっていうか、そもそも仕向けてるっていうか」
「というかコレ、成功した人いるんスか」
「ここに送られる時点でもう決まってる様なもんだ、そういう訳アリは色々と面倒だからな」
間も無く1人の囚人の刑が執行される、即効性で確実に至る刑が、そして数分後彼に完全な静寂が流れるだろう。
後処理の為に動き出す2人の影が、孤独の房へと深い深い深淵に消えて行く。
終わり