夕暮電柱

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4/13/2025, 8:46:36 AM

風景

ステンドガラスト

 私の街には教会がある、地元の結婚式なんかでは定番で家の両親もそこで式をあげた。
結婚するなら〇〇の雑誌で特集される様な場所でそこそこ有名。
一般的に思いつく白で塗りつぶした箱に十字架を貼り付けた建物じゃない、少し洒落ていて白は確かに基調としてはいるんだけど差し色が派手目な教会。
小規模ながらも存在感があってなんと言っても特徴的なのがステンドガラス。

 ほとんどの壁面にステンドガラスが散りばめられていて、派手目と言ったのはこれの事。外から眺めていても絵になるし、絶好の撮影場所になる。海外からも人気が高くて観光客の大半は必ず撮影しに来る訳。

 子供の頃は地元しか知らない場所で、人通りも少なくて友達との待ち合わせ場所にしてた位だったんだけど。
五年前にキラキラしたインフルエンサーが紹介した途端、人で賑わう様になって数少ない居場所を奪われた気持ちにもなったわ。

 でもおかげで商店街は活気を取り戻したし、こうして美味しいパスタにありつけてる訳だから悪くは無かったのかもね。
店内から見える教会は今日も今日とて見知らぬ人とチェキを重ねる、私は電子の板で日々感じた心のままにエッセイを綴る。そしてここのお会計もスマートに、あ足りないかも、、いいえ小銭を足せばギリギリ足りるわ。うーーん、まあこれは及第点かしら?



 見慣れたステンドガラス、一瞬だけこれが最後になるのかも知れない、もし割れてしまったら、なんて変な被害妄想を何度思い浮かべたか。私の中に眠る破壊的衝動がこちらをちらちらと覗かせては理性で押し留める。最も最後になるかも知れないのは余所の人達で、人生で二度も訪れる事は多分きっと無い。それこそ深い思い入れが無ければこの美しい芸術品をまた見たいなんて思わないでしょうね。

 ぬるりと独占欲が私の心を覆う、誰のものでも無いのに私個人への作品である錯覚、見知らぬ人のその場限りの消耗品になり続ける位ならいっその事私が壊してしまおう。私は鞄から金槌を取り出して投げつける、一投で全てのガラスが盛大に割れる音と降り注ぐ光の破片、幾つかの破片は私を傷つけて地面に落ちては砕け散る。達成感を感じながらも開放感すらある、私は満足気に頷いた、もちろん 脳内で。

 目の前に広がる、何処かの時代の風景を模ったステンドガラス、私の一番のお気に入りで破壊対象であり保護対象でもある。
後ろから二人組の観光客が私に声を掛けてきた、手には携帯つまりはそう言う事。
受け取った端末を地面へ叩きつける衝動を抑えながら、笑顔で撮影を引き受けた。

 一枚目はわざと人物を外してステンドガラスだけを収める、私だけの作品でいて欲しいけれどそうはいかない、そんなささやかな抵抗で。
もう一度照準を合わせる、今度はちゃんと二人も写す。

 再び破壊衝動が私を捉えてしまわぬ内に、鮮やかなステンドガラスと二人組をカメラに収めて、三、二、一、と、私はシャッターを切るのであった。


終わり

4/10/2025, 3:14:45 PM

元気かな


送り便箋


 揺れ動く電車の中、熟年の男性が吊り革を握り立ち、矢継ぎ早に流れる景色をただぼんやりと眺めている。
目的地の駅まではまだ遠く、先ほど停車した駅のアナウンスはついさっき鳴ったばかりだ。
祝日とはいえ平日と見紛う程の人の波に押し流され、さながら大波に揉まれたのは数分前。未だ放心状態の男性は目の前の空席にすら座れないほどに疲弊していた。

 「年かな」

 誰にも言うでもない独り言が思考から声に漏れる。
続いてため息を吐いてはようやく青い座席に座り込むと、徐に手紙を懐から取り出して読み始めた。

“お元気ですか?“

 手紙の冒頭はこちらの元気を伺う一文から始まる。
送られてきた全ての手紙の始まりは一通の例外なく統一されていて、送り主からの気遣いが伺い知れる。
送り主、もといこれは男性の妻からの手紙で遠距離恋愛していた頃の一つだ。

 三枚綴りの手紙を繊細な物を扱う様に優しくめくる、紙は色褪せても想いは褪せる事なく、そんな事もあったなと時折り軽く頷いて読み進める。親戚の話、近所の話、自分との逢瀬の思い出、また逢いたい、元気でいて欲しい。終盤は彼女の感情が溢れて冒頭と同じ言葉になる。

 それでも妻からの手紙に返事を書いた事はない、仕事の忙しさや字を書くのが苦手だからだ。代わりに電話か帰省で済ませてきたのだが、やはり後悔は拭えない。
こうして形にして想いを伝えておくべきだったと。

 あの時とはまた違う胸の痛みを感じながらも、男性は読み終えた手紙を畳もうとはせず、ただ上を向き、目を瞑って湧き上がる熱を頬に流さぬ様に堪えている。

 深く深呼吸する、何度も、何度も。
現実に引き戻したのは目的地を知らせるアナウンス。
彼女、もとい妻が眠る最寄り駅。

 古びた便箋を丁寧に畳んで懐へ仕舞い立ち上がる。
そうして今度は真新しい白い封筒を手にした。
下手でも苦手でも君に伝えたい、これは僕から君への返事の便り。初めて書くから最初だけ、君の書き方を真似するよ。

 
“向こうでも君は元気してるかな?“


 完全に停車した電車から一人の熟年男性が、前を向いて歩き出していた。


終わり

12/31/2024, 2:44:19 PM

良いお年を

凸乱入最終防衛線

 三十代半ばの私にも平等にやってくる大晦日、十二月三十一日いわゆる年の瀬って奴。最近忙しくて休む暇もないし模様事の度にトラブルがついて回る。
 この間のクリスマスだって両親と兄貴と私が話し合って飾りつけたイルミネーションも、予報になかった大雪でお釈迦様だし、妹が連絡も無しに帰省してくる物だから泡食った思い出、冷食引っ張り出して足りたから良かったけどさ。

「お姉ちゃん、アレ取って」
「自分で取れるでしょ、全く」
「へへへー、ありがとーぅ」

 暖房器具に身の半分以上を埋めて視線は液晶の板っぱち、返す感謝の言葉もわざとらしい。それでも渡してあげる私は優しい方、兄貴なら冷たく「自分で取れ」の一言だけで何もしない。
 父は厳しく気軽に物を頼む雰囲気では無いし、母は私も動きたくないの、なんて正直に返す物だから必然的に私になる、たかがティッシュ如きで面倒くさい。

「じゃあ、取ってくるから」

 リビングを後にして二階の自室へ向かう、後回しにしてきた物が一つあるからだ。
それは自室の大掃除もとい大整理。
 何を?そうです押し入れにしまった同、人、誌。
年末に行われた即売会、その在庫と戦利品の整理がまだ終わってないのである。バレない様にバレない様に毎年毎年コツコツと続けてきた努力を無駄にしたくは無い。
 
 一般的よりかはズレて居るのは分かってる、何せ私のジャンルは無機物通しのカップリングだから。マグ、飛行機、揚げ物、卵かけご飯、etc etc。他者から見ればネタ枠と言われるだろうね。

 何故このタイミングで?それは大雪が原因してる。
今朝も積もりに積もって早めに掻き出さないと後々凍りついて面倒、でも、いつも使っている雪かきがこの間の大雪で壊れたから、予備の雪かきを出さなきゃ行けない。そうここまで言えばわかるね、その予備こそ、この押し入れの奥底に眠ってる訳だ。整理はついでだけど。

 とりあえず目標物を取り出してしまえれば最低条件だけど、実家住み個室鍵無しと言えば家族の凸(とつ)
(突然乱入の意)が予想される。
親は無遠慮に、兄貴は声を掛けて開閉はしないが妹はそうじゃない。気をつけ無ければ合わせる顔が無い。

 部屋に入る、絶賛作業中の内容を保存してパソコンをシャットダウン、件の押し入れに手をかけ襖をあけ

「お姉ちゃん私もなんか手伝う〜?」

「う、ううん大丈夫。それよりお母さんの料理の手伝いしてきたら?私の方は大丈夫だから、本当に」

「分かったー」

 ...ようとした手は高速で閉まり、出入り口の妹の方へ視線を移した。
ぎこちなく話題を逸らしつつも見送る、おおかたお母さんに何か手伝える事あれば行ってきなさい、とでも言われたんだろう。ドタドタと聞こえる足音が遠くなるのを確認してから再度襖を開けた。

 危ない、自分のサークルでは無いにしろ戦利品の表紙を見られる所だった。額の冷や汗を拭いつつ手早く取り出していく、なるべく同じジャンル通しになる様に丁寧に並べて整理してようやく目標物を手にした。

 そうするとギシギシと誰かが階段を上がる音がする、この速度は母だ!先手をとって最終防衛線である自室のドアを開けて、母を迎え撃つ。背後のドアは忘れずに閉めてね。

「見つかった?」
    「あったよ!ほらコレ」

「あら、じゃあお父さんに渡しておくわね」

 母の言葉が言い切らないうちにさっさっと雪かきを手渡す、強化プラスチック製の橙スコップ✖️二個確かに押し付けた。相手が背後を見せるまで私も背後を晒せない。向こうに行ったのを確認してから部屋に戻る。
 今兄貴は雪と格闘している、お母さんと妹は料理、残す所父だが渡した雪かきで外に出るはず。

 それはそれとしてあまり時間は掛けられない、三十分は部屋にいるのだもの、手短に収めなくちゃ。
イレギュラーは唐突、急いでる時ほど起こりやすい我が家のジンクスでもある。

 慌てながらも全ての本をしまい、襖を閉じた瞬間勢いよく防衛線が打ち破られた。相手はまさかの父。

「おい、ちょっと外手伝え、量が多くてかなわん」

 一瞬体が跳ねた、けど大丈夫もう全部しまった後だもの。悠々と余裕たっぷりに了承しようとしたその時、父の足元に落ちている紙が目に入った。

まずい

「ん?なんだコレ」

 父が紙に気がついて拾おうとする、まずい。さっき出した時にしまい忘れた!
書かれている言葉は悪く無い、「良い年末を!」ありきたりな言葉しか書いてない。だけどそれはこの間の即売会で配布したフリーペーパーなのだ。

「待ってお父さm」

 今年は集大成で過去最新全ての無機物のオールスターズ、頬らしき箇所を赤らめたマグカップが、飛行機が、揚げ物達が、卵かけご飯が、、、その全てが描かれている全てが良いお年をと言っている。

「•••」

 静止を求める私の手は虚しく空をかき、その場に転倒する。見上げて見た父は手にしていたスコップを足元に落とす。理解の理から外れた様に、彼の背後には宇宙が広がっていた。


おわり

12/25/2024, 10:47:09 PM

クリスマスの過ごし方

クリスマスワンルームワンナイト

 寒空の下ドアの前で床の植木鉢を持ち上げる、目の前のドアを解錠できるスペアキーを手に持ち、僅かに付いた土埃を取り払う、普段この鍵は使われないのだから当然か。
 いつも使っている鍵は会社のロッカーの中にはあるが、ロッカーにも鍵は付いているしそうそう開けないだろう。忘れてしまったのはしょうがない急いでいたのだ。
カチャリ、と耳心地の良い解錠の音がする。

ただいま




平日ど真ん中の水曜日、街中流れるクリスマスソングとカップルをかき分けたどり着いた我が城。
パチンと灯りを付けて響く第一声は誰もいない空間に虚しく消え、代わりに寂しさを返した。

氷点下の気温に晒された築何十年のボロアパート、期待に漏れず室内は寒々しく暖房なしでは居られない。
扇風機に似た形のハロゲンヒーターと炬燵、更にはエアコンの電源を入れて台所に立つ、予約していたミニホールケーキをお皿に移しチキンはレンジへ。

兎にも角にも寒い、私の口は外にいた時と変わらず寒いしか発する事しか出来ず、悴んだ手をヒーターへ伸ばす。
ほんのり温かい熱波が私の固まった指先をゆっくりと溶かしてゆく、無心で手を閉じては開いてを繰り返していれば、短く高い音に戻された。

今日はクリスマス、毎年恒例ソロイベント。
激務でイヴを会社で過ごそうとも私には関係無い、一人の方が気楽で好きだ。
洒落たツリーも飾り付けも要らない電気代が勿体無い、
ケーキとチキンと炬燵と私、それだけあれば充分。
テレビを垂れ流しにして洗い物は明日の自分に託し、家事を何もせずまったり過ごす、これが私のクリスマスの過ごし方。

料理を置いてテレビを付ける、着の身着のまま炬燵へイン。着替えてなんか居られない、炬燵が温かく私の足を歓迎する。
ほんの一瞬違和感を覚えたが、認識する前に液晶越しから流れる楽しげな音楽に、些細な思考は隅へと流された。

イルミネーションでキラキラした都会の映像、美味しそうなローストチキン、気難しい話しかしない政治家も今日ばかりはサンタ帽子を被り、ニュースキャスターと浮かれている。
 さあ食べよう、だけど肝心のスプーンが無い。生憎素手でケーキを食す習慣は無いので致し方なし。
私は離れがたい炬燵からしばしの別れを告げ、台所へ立つ。
この時、時刻は19時を指していた。

テーブルのスマホがチカチカと点滅している、開かなくてもわかる彼からのメッセージだ。入社して半年が過ぎ教育係の私の手から離れた筈の後輩君、安易に連絡先を教えてしまったのは間違いだったかも。
最近距離が近く、欲しいと思った物をピンポイントで送ってくるのだ、当然全てお断りしている。
私生活を覗かれている気分で正直怖い。
今日の予定だってしつこく聞かれた。

だけども、私は好きで一人のクリスマスを過ごすと決めているのだ。誰にも邪魔はさせない。
プラスチックのスプーンを携えて座る、今度こそケーキにありつける。

メリークリスマス

いただきますの代わりに呟いてみた。
まだ、「ただいま」よりも先に言ってしまうとは、
私も相当浮かれているのかも知れない。


おわり(一部編集)

9/24/2024, 10:59:29 AM

ジャングルジム

私情クライマー

都会の住宅街に挟まれた狭い敷地に公園が出来た。

オーソドックスな滑り台や砂場はなく、二人掛けの木製ベンチと手洗い場、そしてジャングルジム。
数多ある遊具ひとつとしては珍しい。
見かけるのは小学校や大きな公園がせいぜいで、こんな狭い土地で広い面積を取る遊具など何をどう考えても候補から外れるに決まっている。
子供に好かれそうな黄色や橙などの塗料がされている訳でもなく、鉄本来の光沢ある棒を掛け合わせた物で、世間一般のジャングルジムより一回り大きい。
何より価格も相場の約四倍の三桁万を超えている。

こんな遊具を施設したのは中小企業の社長で、委任されているのを良いことに自身の案を押し通し現状の公園が在る。

幼少期の頃、ジャングルジムの頭頂から望む景色と登りきった達成感に強い感動を覚え、遊具に携わる会社を立ち上げた。偶然とはいえチャンスが巡ってきたのなら当然推していきたい訳で、詰まるところ私情による設置だ。

彼の意見に反対した人達の考えを裏切るように、意外にも人気はあるようで。珍しさからか若者から社会人、女子高生に老人まで訪れては登頂した。

登頂した人々は大きな賞を取ったり優勝したり会社を立ち上げるなど成果を挙げる中、当の本人は忙殺により立ち寄れず仕事を送る毎日。
束の間の休憩でネットニュースの人物が快挙を達成した見出しを眺める。まさか自身が関わっているなど微塵も思ってはいないのだが。

強い願いは物にも宿るのか、まるで都市伝説のような噂がちらほらと囁かれる頃、一人の子供が自分の背丈よりも何倍もの遊具を見上げている。
登るか立ち去るか二つに一つ、何を思うのか。

次に公園に訪れた時、巨大なジャングルジムを見上げているのはあなたかも知れない。


終わり

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