突然の別れ
ローストメモリー
「親戚の叔父さんが亡くなった」
父から聞かされた時何の感情も抱かなかった。
たった一言、
ふーん、あぁそうなんだ。
としか言いようがない。
わたしが幼い頃、良く遊んでもらっていたと聞いたけど正直覚えていない。以前祖母の家にお邪魔した時見せてもらったアルバムには、確かにわたしと若かりし叔父さんが居て沢山撮られていた。一枚を収めるスペースに二、三枚収納されて、一冊のアルバムに収まりきらない程にわたしを良く可愛がってくれた事が知れる。
赤子のわたし、食事をボロボロとこぼしているわたし、泣きじゃくるわたし、幼稚園に入園したわたし、運動会でヘロヘロなわたし、男の子とケンカするわたし。
気がつけば物入れの奥にしまっておいたそのアルバムを引っ張り出していた。
あれから何十年経っていようとも形を残し続ける紙切れに、少しだけ懐かしさを覚えた、不思議な感覚。
電車に揺られて一時間最寄駅からバスを使って三十分、そこから更に徒歩で数分歩いた先に叔父さんの家がポツンと建っている。長い様で短い道中に思いを馳せる事もなく、細長い板に仕事の引き継ぎやら連絡なり忙しなく叩くのに夢中で、旦那に声を掛けられ無ければ乗り過ごす所だった。
喪主を務めたのは遠い遠い親戚、お父さんの兄弟のそれまた親族のやらだとか、当然交わす言葉も少なく軽く会釈をし香典を渡す。
「お悔やみ申し上げます」
棺の窓から覗いた叔父さんは、心なしか笑顔で若く見えた。最期の別れだと言うのにわたしの心はそれ以外の感想が思い付かず、薄情な奴なんじゃないかとほんの少しだけ責めた。
棺の中に収めたのはあのアルバム、わたしとの思い出と共に焼かれ、向こうの世界に送られたなら叔父さんも喜んでくれるかも知れない。
いつかわたしの子供が結婚して孫からその先の代へ受け継いだ後、まだ見ぬ子孫にもわたしの事は微塵も記憶に残らない。因果応報そう思えばわたしの恩知らずな言動も許されるのかも。
なんて変な事考えてる間に火葬から出てきたお骨を箸で拾ってる訳で、もうじきに式は終盤。わたしの手伝いもいよいよ無くなる。そんな時声が掛かる。
喪主から差し出された
「良かったらどうぞ」
ありがとうございます、だなんて返したものの寄りにもよってアイスコーヒー。実はニガテ。
これは一向に思い出せないわたしへの罰なのか、はたまた偶然なのか。半透明のカップに注がれた黒色の液体をじっと眺めて、そういえば火葬後の叔父さんも所々黒くドロドロしていたなって。
不謹慎ながらも変な言葉が思い浮かんでしまう。
忘却/焙煎 記憶
ロースト メモリー なんてね。
意を決して飲んだけど、やっぱり苦くて辛い。
そんな事で思い出せる訳もなかったけどね。
終わり
恋物語
突発性フェードアウト
隣の席の彼が深いため息をつくようになった。
視線はどこか上の空で天井に穴が開くのではないかと思うほど時間が少しでも空けばただただ放心している。
本人から直接尋ねた訳ではないが、なんとなくわかる。
たぶん、「恋」だ。それも片思い。
クラスにやってきた1人の女の子、髪はブロンドに青い瞳の小柄で愛らしい他国籍の留学生。当時はそのこの話題で持ちきりで、容姿の珍しさ美しさに男女問わず質問を持ち掛けてきた。
汎用的な質問から家族構成、身長体重、彼氏の有無まで根掘り葉掘りインタビューを受けた彼女は、嫌な顔をするでもなく流暢な日本語で返す。
彼は一度も留学生に話しかけはしなかったが、お互いの年齢が一桁の時代からの付き合いだ、この位想像に硬くない。気になっている、そんな視線だ。
担任の采配で僕と反対側の席に着いたあの日から、僕越しに刺さる視線を肌で感じるようになった。
席も近くで度々話しているうちにお互いの言語で分からない箇所を教え合っている内に友達になり、仲間外れにされたと思った彼はとうとう抑えきれず、「海外の言葉が気になるから教えてほしい」と無理矢理話に混ざる様になった。僕と彼女と彼の3人で放課後まで残っては勉学と言う名の交流を楽しんだ。お陰でこの間の英語のテストは過去最高の点数で彼も赤点を抜け出し、まさに留学生様様。
お礼にと観光がてら地元を巡りを提案するととても喜び週末は3人で出かけるのが習慣となっていった。
どうせなら記録に残した方が思い出にもなるし、と彼はスマホを構えシャッターを切る。その空間ごと留学生と僕は一枚の画像に収められ、時には単体の彼女、僕、名所でカメラロールは埋まる。
だけどそんな生活も唐突に終わりを告げる。
突然ぱったりと来なくなり連絡もつかず行方不明になったのだ。隣を見やれば俯き表情の読めない彼がそこに居て悲しいのか無関心なのか、心情を伺えない。
事件性も兼ねて担任からも事情を聞かれ、警察の人が何度か学校を出入りしていたなんて話も聞いた。でもとうとう手掛かりを見つけることが出来ず捜査は打ち切られた。
翌日彼に変化があった、笑顔が増えた、元々明るい性格
なのもあり元に戻ったとも取れるけどアレは違う。目が笑っていない。
晴々としているのに言葉にできない気持ち悪さがあって、次第に僕は彼の事が心配になった。壊れてしまったんじゃないかと。
結論から言えば半分正解で半分は不正解。
後悔があるとすれば彼の家に心配だからと訊ねるべきでは無かったと言う事、見つけてしまった長い髪の毛、バラバラに刻まれた写真でいっぱいのゴミ箱、押入れに貼られた大量の写真、写真、写真。
不要な部分を切り取られ、そのどれもがカメラ目線でこちらに笑顔を振りまいている。
今、僕は椅子に縛られ身動き一つまともな声を出すことさえ出来ない状況だ。唯一機能する事が許された視覚でさえ恐怖を与えるだけの役割と化している。
目の前の物怪がゆっくり近づく、手に持ったハサミが怪しく光る。これから行われる地獄を、壁際から沢山の僕が笑顔でこちらを観ていた。
終わり
真夜中と至り
私は今キンキを犯そうとしている。
手に持った大袋にはやり方が記載され、具体的な数値が並び素材の代用案さえも提案してくる、余程不器用でない限り失敗する方が難しい。
赤いポップな書体で描かれた「カンタン!誰でも出来るシコウの一品」に間違いはないだろう。
凡人ならここで踏みとどまり時を待つ
自分の欲求に負けてしまう者は少しでもリスクを避けるため数を制限するなり、添加する素材も体に良いものをと努力をする
しかし私はそんなヤワな奴らとは違う、覚悟が違うのだ。
たった一つで満足できるものか
下拵えなど悠長に用意する時間などあるものか
ド深夜だろうと知ったことが
私は両目をかっ開き、パンパンに膨れ上がった両腕で大袋を豪快に引き裂くと、中の小袋全ての封を開ける。
さらに小さな銀袋と油の中身を特大のドンブリにぶち込み、大鍋に5つの麺の塊を熱した湯に沈めた。
素早く迅速に菜箸で解いてゆくと体積を取り戻した麺が膨らみ並々と多量の泡と共に広がる。時折吹きこぼれた湯が下火に当たり「ジュ」と熱源を殺そうとするが、すぐさま周りの火元が取り囲み延々と再生が続く。
このとき時計は2時辺りを指していた。
記載されている時間より早く火を止め、少量とは言えない熱湯をドンブリに移す、たちまち豚骨ベースのスープが容器の1/3を占め湯面には脂と解けきれなかった粉末が浮く、軽くかき回してやればほら均一。。だな。
大きな金ザルに鍋を傾ければシンクの合唱団が「ベコン、バコン」と奏でる。しっかり湯切りをして麺を丼へ移せば「至への一方通行」もとい(死期へのカウントダウン)が完成だ。
私は直ぐには起きないが後から訪れるであろうリスクを背負い、今日も「至り」への道が近くなるのを感じながら手を合わせ静かに呟いた
「頂きます」
終わり