夕暮電柱

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恋物語
突発性フェードアウト

隣の席の彼が深いため息をつくようになった。
視線はどこか上の空で天井に穴が開くのではないかと思うほど時間が少しでも空けばただただ放心している。
本人から直接尋ねた訳ではないが、なんとなくわかる。
たぶん、「恋」だ。それも片思い。
クラスにやってきた1人の女の子、髪はブロンドに青い瞳の小柄で愛らしい他国籍の留学生。当時はそのこの話題で持ちきりで、容姿の珍しさ美しさに男女問わず質問を持ち掛けてきた。

汎用的な質問から家族構成、身長体重、彼氏の有無まで根掘り葉掘りインタビューを受けた彼女は、嫌な顔をするでもなく流暢な日本語で返す。

彼は一度も留学生に話しかけはしなかったが、お互いの年齢が一桁の時代からの付き合いだ、この位想像に硬くない。気になっている、そんな視線だ。
担任の采配で僕と反対側の席に着いたあの日から、僕越しに刺さる視線を肌で感じるようになった。

席も近くで度々話しているうちにお互いの言語で分からない箇所を教え合っている内に友達になり、仲間外れにされたと思った彼はとうとう抑えきれず、「海外の言葉が気になるから教えてほしい」と無理矢理話に混ざる様になった。僕と彼女と彼の3人で放課後まで残っては勉学と言う名の交流を楽しんだ。お陰でこの間の英語のテストは過去最高の点数で彼も赤点を抜け出し、まさに留学生様様。

お礼にと観光がてら地元を巡りを提案するととても喜び週末は3人で出かけるのが習慣となっていった。
どうせなら記録に残した方が思い出にもなるし、と彼はスマホを構えシャッターを切る。その空間ごと留学生と僕は一枚の画像に収められ、時には単体の彼女、僕、名所でカメラロールは埋まる。

だけどそんな生活も唐突に終わりを告げる。
突然ぱったりと来なくなり連絡もつかず行方不明になったのだ。隣を見やれば俯き表情の読めない彼がそこに居て悲しいのか無関心なのか、心情を伺えない。

事件性も兼ねて担任からも事情を聞かれ、警察の人が何度か学校を出入りしていたなんて話も聞いた。でもとうとう手掛かりを見つけることが出来ず捜査は打ち切られた。

翌日彼に変化があった、笑顔が増えた、元々明るい性格
なのもあり元に戻ったとも取れるけどアレは違う。目が笑っていない。
晴々としているのに言葉にできない気持ち悪さがあって、次第に僕は彼の事が心配になった。壊れてしまったんじゃないかと。

結論から言えば半分正解で半分は不正解。
後悔があるとすれば彼の家に心配だからと訊ねるべきでは無かったと言う事、見つけてしまった長い髪の毛、バラバラに刻まれた写真でいっぱいのゴミ箱、押入れに貼られた大量の写真、写真、写真。
不要な部分を切り取られ、そのどれもがカメラ目線でこちらに笑顔を振りまいている。

今、僕は椅子に縛られ身動き一つまともな声を出すことさえ出来ない状況だ。唯一機能する事が許された視覚でさえ恐怖を与えるだけの役割と化している。

目の前の物怪がゆっくり近づく、手に持ったハサミが怪しく光る。これから行われる地獄を、壁際から沢山の僕が笑顔でこちらを観ていた。


終わり

5/19/2024, 2:30:04 AM