逃れられない
ペンネーム 韻を踏む推本読専少女は「名探偵シリーズ」およびその作者を応援しています
二月十四日、今日は待ちに待ったミステリー小説の発売日。私の大好きな(◯◯すぎる、名探偵)シリーズその続編で、基本変人ムーブを素で出しつつも決めるところはビシッと決める主人公アルバス、彼の奇想天外な行動に振り回されても手掛かりを見つけしっかりアシストする助手のハッチンソン。犯人から突きつけられる難攻不落の難事件に彼らの奇怪なコンビネーション推理が炸裂する。時に鮮やかに華やかに、時に滑稽にひょうきんに、鋭くエグるように追い詰めるように。
コロコロと変わる主人公の機嫌と情緒で私達読者すら振り回して来るのだ。
映像化もコミカライズも展開してない小説であるにも関わらず、関連アイテムが充実していて前作は黒猫のラバーストラップが付録として付いて来た。まさかこれが真相の大きな手がかりと同時に主人公のーーってネタバレになるから黙っとこう。ファンの間で凄く盛り上がった事だけは伝えとく。
待望も待望のその新作が世に解き放たれる、その瞬間を出待ちする気分は芸能人を取り囲む記者のようだ。特設のウェブページを下にスワイプしては再読み込み、分針が進むたびに一回、また一回。今月のギガ数がミリ単位で削り取られていくのも厭わない。揺れる電車の中液晶をひたすら擦り続けている女子高生が居たらそれは私です、そっとしといて下さい。
あわよくば冒頭だけでもと期待していたのに無情にも駅に着いてしまう、乗り過ごしてサボってしまおうかと一瞬心の悪魔が囁いたのは秘密だ。
ようやく購入出来たのはお昼休みの終わりで、チャイムとほぼ同時にアクセスが可能になった。いいでしょうヒーロー(楽しみ)は遅れて登場するモノだから、あ違う、楽しみは後に残して置くタイプだから。。。。。。何の話?
全ての授業を終了したとスピーカーから鳴り響く、必要最低限の荷物をカバンに詰め込むと、一目散に教室から抜け出す、もちろん行き先は図書室だ。
手の中に収まる文明の利器を両手で慈しむように持つ、この中には私が望む物語が綴られている。そう思うだけで胸が高鳴り今すぐにでも読んでしまいたい。
家まで待てない、小躍りする気持ちが足に出ないようにしないと、ここは学校、スキップは目立つ。
ウキウキで階段を駆け降り、別棟に向かえば真新しい図書室、早速中へと駆け出せばその前を塞ぐように壁に追い込まれた女と金髪男。
私の完璧な計画に暗雲が立ち始めた瞬間だった。
口説き文句告げてそうな男とそれに応える頬染め女の図、声こそ聞こえてこないけどコレ壁ドンよね?
いや普通に邪魔。ニコニコしてた私の表情筋を返して。
男が肩を抱き寄せ二人はそのまま図書室へ。
無理。
気を取り直して屋上!自販機の横に置いてあるようなベンチが一つ置いてあったはず。
さあ扉をあけたら広がる青空、転落防止用のフェンス、地味そうな男とかわいい女、これは告白直前!二人と目と目があった!気まずいよ!失礼しました幸せに!
めげずにどんどんいくぞー。
今度は公園、飛び交う鳩達、餌やりシニア、サッカー大好き少年群。スマホに夢中の母親と、ボールで遊ぶ幼い子、座るとこ無⤴︎い↓落ち着けな⤴︎い↓、さっきの子供がボールを追いかけ赤しnまてまてまてまて!!!
続いてファミレスお礼の折り紙ポッケの中、踏み出す前足、満員御礼パンパン店内、パーティピーボー、そもそも落ち着けないし集中できない、あさっきのお客同じ制服しかも男女で複数組、さようなら。。。イエイ。
どこに行っても大体カップル、もしくは人生の分岐点に立つ人達に出会い、おちおち読書も出来ない。
そしてここは本当に最後の砦、ベイド珈琲店。
自宅から遠ざかるし価格設定も割高、本当は避けたかったけど家の鍵忘れてて結局家に入れないし、親遅くにしか帰らないしで本当に仕方なく来た。
ある意味で正解の場所なんだけど、今日の流れ的に上手くいかなそうで正直かなり不安だ。
待ち時間も無くすんなり通され、アルバイトバリスタの導きにより私の居住地は二人用の小さな席、その隣にはテーブル席が見える。念の為長居するかも知れない期待を込めて、ホットのマンデリンしかもでかい奴をオーダー。
私は今日何度目かの溜息を吐き出してスマホの電源を入れる。書籍アプリのアイコンをタッチ、さらに件の推理本に指を重ねて触れると二人が描かれた表紙が現れた。
読む前に精神統一をする、深呼吸だ。目の前の作品と向き合う心構えの一環。
横からアルバスがクソデカホットコーヒーを差し出す、と同時に大学生くらいの男女が隣の席へ座った。
私は反射的に二人を注視した、様子を伺う為に。
男性はちょっとモテそうなイマドキ男子のただ住まいでチラチラと向かいの女性にチョコをねだっている。
女性はというと無に近い表情で丁重に断る仕草をしながら、A4サイズより大きなトートバックを片手で大事そうに抱えている。
あ、そうか今日はバレンタインデーだったわ。あまりにも無縁の行事すぎて存在すら忘れていた。
男性が切り出す、話ってなに?
女性は微笑んで勿体つけるように言う
わかってるでしょ?
男性はわからないよと返すが私には何と無くわかった、これはおめでた案件でしょ。
あのバックに入ってるのはエコー写真、二人の右手には指輪があるつまりはデキ婚コースまっしぐら。
大体予想が出来てしまえば後の流れは分かる、イチャイチャラブラブの濃厚惚気空間発生。つまりは読めない。
後は若い二人でどうぞゆっくり、小説は結局一文も読めなかったし明日にしよう、私は次の電車のダイヤを調べる為に別のアプリを開いた。
「ねぇ、わからないの?」
「えぇ?わかんないって」
二人の声が隣から聞こえる、もう、私の視線には入ることはない。
「じゃあそうね、別れましょう、私達」
「はぇ?」
。。。。え?
「浮気、してるでしょ?」
「な、何の事だかわからないよ、ハニー?」
店内の小さな談笑さえもピタリと止んだ。
視界を隣に移せば目が泳いでいる男性と、先ほどとは打って変わって無表情の女性。
「正直に言いなさい、浮気してるわよね?私の他に三人も」
おもむろに彼女はバックから何かを取り出した。テーブルの上に広げられた写真を前に男は震える声で反論する。
「ち、違うって、これは、何かの間違いd」
「何も違わない、この証拠こそが正しい、真実よ、認めなさい」
さながら鬼を滅するアニメのようだった。
それからずっと彼女のターンだった。
言い訳を重ねれば重ねるほど締め付けられ追い込まれていく被告人と、淡々とアリバイを崩していく彼女、さながら探偵のような鋭く相手の心を仕留めんばかりの言葉の槍。傍聴席の私たちの前で罪を明らかにされ、この状況から逃れられない彼は終始項垂れており、まさにこの世の終わりを堪能しているに違いない。
数時間の答弁の末の結末はこうだ。
男は言葉のアッパーカットを喰らい戦意喪失満身創痍、見事、彼女の完全勝利で幕を閉じた。
あんな事が起きたっていうのに私の関心はもうそこには無くて、彼女トートバックにつけている黒猫のキーホルダーを見つけ、私は再びテンションが上がったのであった。
終わり
5/24/2024, 2:57:52 PM