夕暮電柱

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透明
メリーリメンバー

一生に一度の晴れの舞台、俺の、俺たちの結婚式。
今日がその当日、現在進行形で準備が進められる中、俺はかつて無い程の緊張に襲われていた。
招待状の不備や漏れ出席の有無、嫁手製のウェルカムボードの設置、スケジュールの確認、支度準備、スタッフさんの手伝い。。は断られたが、とにかく何か動いて無いと胸がザワザワして落ち着かない。部屋中ウロウロ回ってみたり、深呼吸してみたり、古典的だが人の字を書いて飲んでみたり様々な和らげ方を試したが、どれも効果を実感出来ない物ばかりで役に立たない。

いっそ全く別の意識に考えを逸らせれば紛れるかもと、真っ白で汚れ一つない壁を眺め思い立つ、そうだ壁に顔を激突させその痛みで緊張との中和を試みるのは?思い立ったなら吉日?だ、よし、いくぞ、せーっ..

「新郎様失礼します、そろそろお着替えをって何をしてるんですか!?」

すんでの所で控室の扉が開き、スタッフさんが止めにかかる。何故あんな行動をと聞かれ先程の考えを伝えるれば、「お気持ちは分かりますが」と前置きをして主役なのだからどーーんと構えていれば大丈夫。ときた。
何気ない「主役」という言葉にプレッシャーが追加でのしかかる。あ、お腹痛くなってきた。


数十分後、姿見に写る自分は過去一整っていた。白のタキシードにオールバックに固められた髪の毛、お前俺かよと言いたくなる何割マシの顔面、メイクさんと衣装さんの共同作業の末に成った、インスタント魔改造、俺マーク2ここに爆誕。やっぱりプロは凄いなと素直に感心する。あんなゴツゴツザラザラがプルプルもちもちお肌になるなんて何かの魔法なんじゃないか。
感動の余韻を感じる暇もなく、お邪魔するわよと無遠慮に母親が扉を開けた。
招待客の案内でスタッフを探していたらしい、母はちらりと見やると「あら、誰かと思ったわ」とコメントを残すと続けて「時間もまだあるしついでだから飲み物は何が良い?」と普段と変わらない声のトーンで聞いてきた。

本当は冷たいコーヒーが飲みたい気分だったが、この後触れ合うだけとは言え相手のニガテとする飲料を直前に口にするのも好ましくは無い、とはいえ水じゃ物足りないのでお茶をリクエストし、母は後ろに居た父からペットボトルのお茶を手渡されそのまま俺にサーブ。。って親父いつの間に居たんだ。


間も無く式が始まる、まだ支度が完了していない花嫁を大きな扉の前でひたすら待つ。
この一枚先に沢山の親戚や職場の同僚、友達、新婦側の面々。とにかく沢山の人達が俺達の出番を今か今かと待ち望んでいる。向かい側から談笑する声が、胸のざわめきを引き連れてやってくる。
無事に終える事が出来るか、転ばないか、あいつが心変わりして帰ってしまわないか、変な寝癖は付いてないか、思考がぐるぐると回って訳が分からない。呼吸が浅くなる、今にも倒れてしまいそうだ。

そんな時、隣から俺の名前を呼ぶ声がした。聞き馴染んだあの女性の声だ、もう一度呼ばれる、今度はこちらの様子を伺うような声色で。ハッと我に帰り声の主に身を向ける。その姿を視界に収めた瞬間、全ての雑音が遠い彼方へと吹き飛んだ。

純白のドレスに身を包んだ天女、天使?
透き通る様なベールをした、花嫁がそこに居て。
美しい、心の底からそう想った。

彼女が俺の腕に手を添える、横顔も美しい、光に照らされた透明な宝石が耳元で煌めいて揺らめいて。彼女を引き立てる、視線を外せない。

扉が開いた音も、彼女の発した小さく声高な声も気が付かず、あまりの愛おしさに俺はその場で彼女を抱きしめてしまった。

以降、嫁からも同僚からもずっとこの事で弄られ続ける羽目になったがあの時の行動に後悔はない。
嫁がダイヤのイヤリングを付ける度に、また俺は忘れられないあの結婚式を思い返すのだった

終わり

5/22/2024, 10:01:10 AM