夕暮電柱

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理想のあなた
深淵の向こう側


《ようこそ電脳世界へ、初めにこの世界での体を設定しましょう。》

西暦3千とんで13年、科学の技術が爆発的に向上し今や仮想現実の世界が主流の現代。自宅から一歩も歩かずに買い物ができ、国内外誰にでも会えるし、世界の果てにすらワンアクションで飛べる。仕事も専ら自宅から職場まで向かう事なく仮想出勤だ、遠い昔ならテレワークだとか言うらしい。

《生体情報をスキャンしました、この容姿をメイクしますか?》

原則社会人として働ける年になるまでこの仮想現実には登録出来ない、詳しくは現実と仮想が区別出来る精神状態か否かで判断される。

《私のオススメは目元を明るく、全体的に爽やかな印象を持たれやすいこちらでどうでしょう》

だがそんな事どうだって良い、なんせオレの目的は。

《操作が確認できません、コンソールにタッチするか音声を発して下さい》

「うるせぇ」

パン!!!

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もう何度目かのログイン、どうにもあの機械音声が気に食わなくてイライラして返答する気にもなれず、指図もされたくも無いしでコンソールを叩き割りまた失敗。
暴力行為をすると危険行動とみなされ強制的に追い出されてしまう、セーフティとも言うがコイツの所為で一向に進まない。

じゃあなんでってログインした方がやり易いから、それだけ、ついでにハッキリ言ってしまうとオレはこの仮想現実のシステムが大嫌いだ。

【理想のあなたで始める新生活、さぁ踏み出そう世界への一歩】

そんな謳い文句反吐が出る。
発する声も容姿すら嘘で何が理想だ、何が仮想だ。
そんな物が出来たから、父も母も兄弟にすらオリジナルは居ないものとされて、勝手にオレの理想のモデルを作って置き替え、手続きが面倒で大変な戸席にすら変更を加えて本格的にオレを抹消しやがった。

悔しくて悲しくて、段々と馬鹿らしくなって、復讐してやろうそう心に誓った。

正攻法はもうやめだ、この日の為に死に物狂いで培ったハッキングスキルを全世界に披露してやろう、何が出ようが実行してやるだけだ。

_____

拍子抜けするほどあっさりと不正ログインできてしまった。なんだ見かけだけのセキュリティかよ、後はメインのサーバーにアクセスして自己消滅プログラムを実行するだけ。目の前に居るのは警備かなんだかな、仮想現実らしく格子状の檻かなんかで塞いだ方が守り良く無いか。
まぁいいけど、よっと。

あははははは!!やったやったぞ!!上手く行ったこのまま消えてしまえ何もかも!あははははばばばばばばばーーーー

『深刻なエラーが発生しました、シュミレーションを停止します』


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「監視番号B3331、社会更新プログラム続行不可を確認」

「またですか先輩、もうダメじゃないですかコイツ」

「あぁ、犯罪者を更生させるプログラムって言われてるが。現実で犯罪犯す奴が仮想世界でしない訳が無いしな」

2人の看守はまたかと言った様子でモニターの一つを確認する。1人の男が叫び狂っている場面でフリーズし、エラーを示したテキストボックスが表示されていた。
ここは仮想現実型社会更生プログラム課、精神的に異常が認められた犯罪者が収容される場所。
幾つもの独房に囚人服を着た人間が、沢山の装置を取り付けられそれぞれの房で横たわっている。
犯した犯罪の度数によって理不尽な状況に追い込まれどの様な立ち振る舞いをするかを測り観測する、3回連続で犯罪行為をすると体に繋がれた幾つかの管から大量の睡眠剤が投与され、速やかに刑が執行される。

「できる限り囚人の望む世界を再現してやっても結局は再犯しちまう時点で救いがないっていうか、そもそも仕向けてるっていうか」

「というかコレ、成功した人いるんスか」

「ここに送られる時点でもう決まってる様なもんだ、そういう訳アリは色々と面倒だからな」

間も無く1人の囚人の刑が執行される、即効性で確実に至る刑が、そして数分後彼に完全な静寂が流れるだろう。

後処理の為に動き出す2人の影が、孤独の房へと深い深い深淵に消えて行く。


終わり

5/20/2024, 3:56:01 PM