蓼 つづみ

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1/11/2026, 11:06:56 AM

昨日と同じ姿勢で立っているのに、
今日の入口が認識されない。

扉は、閉められた音さえ立てなかった。

さっきまで灯っていたはずの明かりが、
文字になる前に消える。

声をかける前提で伸ばした指は、
空気の中に取り残され、
行き場を失ったまま冷えていく。

教室では変わらず声が流れているのに、
私だけが更新されない。

外の風は強くない。
雪も降っていない。

それなのに、
教室の温度から一人分ずらされて、
平気なふりをする子どもみたいに、
黙っているしかなかった。

いくつかの季節と記録を挟んで、
扉がふいに開いた。
チャイムの鳴り方は変わらない。

けれど、机の落書きはすべて消えていて、
知っている癖の言葉はどこにもない。

私が戻るより先に、
教室は次の学年を迎えていて、

そこで交わされる言葉は、どれも低俗で、
合わせること自体が、空回りだった。

もう会えないと分かったあいつらの不在が、
遅れて、身に沁みていく。

題 寒さが身に染みて

1/10/2026, 11:11:29 AM

N/C.世界と自分は溶け合っている。

0歳.快と不快が、世界の全て。

1歳.泣き、笑い、指を伸ばす。

2歳.「いや」で確認せずとも適応した。

3歳.自分の内側の言葉にならない“声”が内面を作る。

4歳.期待通りであることで、安心が続くことを覚える。

5歳.「子どもらしく」あることが安全になる。

6歳.気づいたら、自分を他者の視点で見る事ができるようになっていた。

7歳.耐えることが能力として内面化される。

8歳.「どうしてオトナはこうなんだろう」と思う。

9歳.誰と深く関わるかを選ぼうとし始める。

10歳.自分を調整する感覚が日常になり、それが自分の性格だと思い始める。

11歳.自分のことは秘密になり、侵入を防ごうとする。

12歳.理由のない不安、苛立ちが増える。

13歳.緊張感と無力感を行き来する。

14歳.他者は自分とは違っていて、うちゅう人に見える。

15歳.世界や大人を批評し始め、自分の未熟さに苦しむ。

16歳.何を選び、どんな責任を背負っていくか考える。

17歳.誰かを求めながら、ひとりで抱える。

18歳.前へ進むしかない転び方をする。

19歳.逃げ場を失う。

20歳.それでも、未完成だと知る。

題 20歳

1/9/2026, 11:08:45 AM

ミカヅキを歌っていた
彼女の器は、
満ちきった月を迎えたように
夜を超えて 消えてしまった

遺された私は
浮き彫りになった 醜さの影

遠くからの声が
お前は美しくないと響く

近くの声が
お前の価値はお前が決めろと囁く

けれど 私の輪郭は
孤独に浮かんでは
描けないまま

題 三日月

1/8/2026, 10:51:59 AM

人間の内側にある「可視化されにくい差異」や「個別の痛み」に関する理解は、今も置き去りにされている。

なのに、社会は可視化されやすい部分だけをまとめ、声高に理解を求める。どこか不気味だ。

人の痛みは本来、静かで、局所的で、関係の中でしか手渡せずに扱われてきた。それはとても人間的な前提だ。

ひとの痛みが政治利用される気配すらある。

個人の痛みは、本来であれば、誰かひとりに理解してもらえればそれでよく、そうやってひとは繋がってきたんだ。

私はノンバイナリーで、サピオセクシュアルだが、それを社会全体に理解してほしいなどと考えたことはない。

もし、個人の理解を増やすことが目的ではなく法的な改善を望む人たちがいるのだとすれば、それは政治の場で語ればよい。

だが、小学校の性教育からオールドメディア、教育番組に至るまで、それ一色になるのはかなり異様だよ。

ひとの痛みが、扱いやすい記号にまとめられ、声高に掲げられ、善悪や正義の文脈に回収される。
その結果、誰の痛みなのか分からなくなる。

このとき、痛みはもはや当人のものではなく、政治的・社会的に“使いやすい資源”となる。気味の悪い構造だ。

ここで起きている断絶は、「理解が足りない」ことではない。
問題は、痛みの取り扱い方が変質していることだ。

痛みを否定しない。否定しない者こそ、そこに違和感を覚える。

社会不信を抱える人は、必ずしも人を嫌っているわけではない。

むしろ個々の人の弱さや善意をよく見ているからこそ、それをすり潰す仕組みに耐えられない場合がある。

別になにも叫ばずとも、
「十人十色」という言葉は、最初からあった。

善意も痛みも、最初からあった。
そして、それを利用する者がいる事実も、最初からあるんだよ。
ただ、それだけだ。

題 色とりどり

1/7/2026, 2:17:08 PM

息を吐くたび、
透明な空気が体の奥を通り抜けていく感覚があった。

だが、足跡がひとつ、またひとつと刻まれるたび、
白い肌は日常の痕跡を受け入れるように崩れてゆく。

靴底に巻き込まれた泥や、溶けた水に混じる土の色が、
純潔を静かに侵していく。

舞い落ちる粒が、肩や髪を濡らし、
その冷たさが、小さな瑞々しさとともに、
確かな痛覚を伝える。

踏み荒らされた表面は、かすかに光を反射し、
光沢を帯びる。

清らかさはすでに日常の色に染まり、
世界の透明さは戻らぬものとして、
熱と湿り気の記憶だけを残した。

題 雪

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