蓼 つづみ

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12/6/2025, 4:19:25 AM

冬の空気の冷たさが光を研ぎ澄まして、
十二月の夜の並木道は化ける。

普通の白熱灯が氷片を溶かす小さな暖炉のように燃え、

ただの窓明かりが物語の入口のように灯り、

イルミネーションは、
星座を地上に引きずり下ろしたように光る。

いつもと同じ街なのに、
本来の姿から逸脱して姿を変えるのは、
季節の魔術と呼べるだろう。

街の灯りは幸福の痕跡であると同時に、
誰かがひとりで立ち尽くす時間をも映し出す。

痛みや孤独、迷い、沈黙、
光はそれらを消し去ってはくれない。
ただ、物語がそこに静かに存在していることを淡々と照らし続けるだけだ。

夜が深いほど、帰宅して灯す一灯の温度が宝石のように光って見える。
闇と光は対立しているのではなく、
どちらかが欠けると、もう一方も形を失う。

だから、光を見つめるとき、同時にその裏側にある影も意識してしまう。

影しか見えなくても、その先には必ずどこかに淡い灯りはある。光は影に寄り添う刹那に呼吸をし、影は光へ還る前に身じろぎを見せる。二つが呼応し合い、溶け合い、歴史が積み重なって一瞬の輝きを形づくっている。

その輝きが集まって、硝子片を散らしたような、あの綺羅めく街並みは出来ているんだろう。

だからこそ、胸の奥を静かに締めつけるような感覚が生まれるのかもしれない。

私の知る“希望”とは、決して眩しく華々しいものではなく、
暗がりを手探りしたときにみつける、底光りするような力のことだ。

世界には孤独も沈黙もある。
―――それでも光はあるんだよ。

題 きらめく街並み

12/4/2025, 12:09:28 PM

インクが乾く前に指先がためらいをにじませ、
うまく言葉に出来ない気持ちを何度も書き直した。

宛名は君へ向けたはずなのに、
どこかで「届かなくてもいい」と思っていた。

だから小さく折りたたんだ文字が、
紙の重さよりも、ずっと沈んで見えた。

封筒は、まだ言えない気持ちに封をした。

圧縮された心音みたいな手紙は、
届かない場所へ行きたがるのに、
静かに引き出しの奥にある。

誰にも読まれないまま、
伝えたかったことだけが
薄い紙の内側で密かに呼吸を続けている。

題 秘密の手紙

12/3/2025, 12:07:28 PM

ひとひらの寒気が地を薄く撫でるような冬の入り口に、
君は雲よりも静かに背を伸ばし、
薄紫の冠を掲げて立っている。

風が来ても揺らがぬ芯、
凛と響く茎の青さ。
見下ろすのではなく、
ただ季節の行方を見守るように高みに咲き、
大気の澄明をそのまま纏い込んでいる。

手の届かぬ高さでありながら、
なぜか胸の奥に触れてくる花だ。
茎は空へ向かって伸びゆくのに、
その顔だけはこちらへ向けるように咲いている。

それは単なる首の角度ではなく、
高さという孤独の中で、
人の気配を探し当てた花の仕草のようだ。

大気の上層に近いところで、
冷たく澄んだ風を纏いながら、
それでもなお地上にいる僕らへ
「ここにいるよ」と囁くように花弁を傾けてくる。

見上げれば手は届かないのに、
視線だけは真っ直ぐ交わってしまう不思議さ。

散る時も崩れることはなく、
衣を落とすように地へ降りてくる。

透きとおる薄紫色は一枚ずつが驚くほど大きく、
触れればふわりと水へ変わってしまいそうなのに、
そこには儚さよりも、むしろ舞台を降りる役者の
最後の所作のような優雅さがある。

地に落ちた花弁たちは冬の光を反射し、
まるで一晩だけ残された羽衣のように横たわる。

散ったあとでさえ、あの花は高貴さを失わない。
むしろ落ちて初めて、その大きさと静かな存在感が
いっそう際立つほどだ。

キダチダリアは、ただそこに立っていた。
その立ち姿が、季節そのものと接続し、
歩かぬ冬の足音を今年も感じさせてくれた。

題 冬の足音

12/2/2025, 1:45:09 PM

名は、誰にとっても人生最初の贈り物であり、
しかも本人は自ら選ばないという、
きわめて特異な贈与でもある。

“名”という贈り物に、中身があるのか――
それを考えるには、
名を「箱」として見るか、
「器」として見るかで景色が変わる。

もし名を“箱”とみなすなら、
中身は後から入ってくる。
その人の行い、声、癖、願い、涙、ささやかな選択――
そういう生の細片が、時の流れとともに箱の内側に沈殿していく。
つまり、名は最初は空だ。
空だからこそ、持ち主の生を受け入れられる。

もし名を“器”とみなすなら、
中身はすでにある。
名に含まれる音の響き、歴史、字形、
それらすべてが、名そのものに初期値として宿っている。
持ち主はその器に自分の生を注ぎ、形をゆっくり変えていく。

だからその贈り物の中身は、
空でもあり、満ちてもいる。

題 贈り物の中身

12/1/2025, 3:33:27 PM

私にはきっと、
共感が少し足りない。

世界の余計な表皮をそっと剥いで、
骨格が晒す手触りを
どうしようもなく求めてしまうから。

多くの人は、
「みんなが言ってるから」
「教科書に載っているから」
「専門家がそう言うから」
──そんな合意の膜で編まれた世界を
軽やかに回っている。

けれど私は、
“これは私の実在に接続しているか”
その一点でしか視界を組み立てられない。

科学を疑っているのではなく、
ただ、信仰の匂いに敏感なだけだ。

宇宙の写真も、式も、論文も、
それらはすべて「別の誰かの視界」。
理解はできる。
だけど「見ていなくとも信じよ」と迫られると、
途端に受け入れ難くなる。

「惑星があるらしい」という情報と、
「そこに惑星がある」と確信する感覚は、
全く異なる階層にある。

そんな私の目に映る星はというと、
夜空に浮かぶ灯りではなく、
夜そのものの質が、ところどころ
結晶して立ち上がった模様だ。

夜風がひとつ通れば、
空気は波紋のようにたわみ、模様は揺らぐ。
それを人は“瞬き”と呼ぶのだろう。

流れ星とは、
夜の模様のひとつがほどけ、
静かに失われていくこと。

だから拾えない。
あれは願いの器じゃない。

胸の奥がひゅっと凪ぐように、
「世界が少し壊れた」と告げる不吉な徴。

願いは叶うのではなく、
世界の端がかすかに裂ける一瞬を代償にして、
彼方へ届いてしまう
──ただ、それだけの現象。

だから、本当は、
流れ星なんて落ちないほうがいい。

夜の空気が凍てつくと、世界のノイズが沈黙する。

夜そのものがキンと張り、余計な雑味は封じられ、
あの模様だけがクリアに立ち上がるんだろう。


題 凍てつく星空

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