どこから入ったのかもわからないまま
気づけば、ひらけた風の通り道を探してる。
迷宮は出口を示すためのものではなく、
君が“誰にひらかれるべきか”を見つけるための回廊なんだ。
君の内部構造が自然にひらかれる先を目指して。
題 君が隠した鍵
私は未熟児として生まれ、重度の喘息のため入退院を繰り返し、義務教育をまともに受けてこなかった。
家庭はアルコール依存とモラハラ傾向のある父、
カサンドラ傾向のある母に支配され、情緒的・教育的なネグレクトが常態化していた。
両親の歪んだ倫理観から、漫画も本もテレビも、あらゆる遊びも禁止され、閉鎖的だった。
私に言葉を与えてくれたのは、酒に沈んだ父がギャンブルの景品で持ち帰るCDアルバムたちだった。繰り返し巻き戻しては歌詞カードを開いた。
今も私は語彙力がない。
私の話し方は独特なようで、どうしても、比喩・構造・抽象・ニュアンスの層で話してしまう。すると、しばしば周囲からは「回りくどい」「難しい言い方をやめろ」などと言われて衝突する。
ただ、自分の気持ちを正確に、精密に言い表さずにはいられない衝動だけに取り憑かれ、このアプリで思想文を書き続ける。
10代の頃、私はあの家を出て、ようやく適切な距離を取ることができた。
それは、長く握らされていた時間を手放し、本来の自分の尺度で呼吸できる空間を掴んだということ。
過去を捨てたのではなく、自分の未来を選んだということ。
影はしぶとく消えない。
“記憶の影”は誰の人生にも痕跡として残る。
私は影の支配権を奪い返し、背後に置いた。
「手放す」とは、消すことではなく、正しい場所に返すことだ。
私は、抑圧の継承を終わらせる。
題 手放した時間
わたしは、春に生まれた。
掌をひねったような若葉が、
まだ薄膜のように透けていた頃、
風はやさしくて、世界の匂いは水に似ていた。
夏が来ると、葉の緑は濃くなり、
太陽の光を飲み込むたび、
体の奥に“熱”が沈んでいった。
その熱は、まだ名を持たない。
いつか色になる前の、静かな胎動だった。
そして――秋。
ある朝、空気がひやりと変わる。
その一瞬を、わたしは今でも忘れない。
葉の裏側を流れる細い細い道が、
まるで呼び覚まされたみたいにざわめいて、
緑がほどけ、光が内側から滲み出してくる。
最初に赤くなったのは、
いちばん高い枝の、いちばん日を浴びた葉だった。
その葉が赤へ変わったとき、
わたしは思った――
ああ、これは“疼き”だ。
長い季のあいだ溜めてきた熱が、
血潮のように表へ溢れていく疼き。
やがて赤は橙と混ざり、
橙は黄を抱き、
黄はまた赤に縁取られ、
わたしは数万の炎をその身に灯した。
風が吹くたび、
その炎は揺らめき、
“色の音”が細かく鳴った。
ちり、ちり、と、誰にも聞こえない微かな音で。
それは燃えるのではなく、
自分の中にしまい込んできた季節をひらいていく営みだった。
春の淡さ、夏の熱、雨の重み、
鳥の影、虫の影、
あらゆる記憶が色へと、光へと姿を変える。
わたしの紅葉は、死ではない。
散りゆく瞬間まで、
世界を抱きしめるための「回想」だ。
葉が地へ落ちたときでさえ、
それは“終わり”ではなく、
土に戻ってなお続く呼吸の一部である。
わたしは毎年、紅葉という名の記憶を編み直す。
色のかたちを変えながら、
季節とともに生き、
季節とともに語り続ける。
題 紅の記憶
眠りの映像
空想の心象
未来の形象
そのどれもを夢と呼ぶのは、
何かを思い描くという共通からだろうか。
“断片”と聞いて3つのうちからすぐに想起させれたものは、“眠りの映像”だった。
眠っている時に見る夢は、
心が意識の監視から放れたときに、
沈黙していた層が声をあげる現象だ。
悪夢に目を覚ましたとき、
心の深いところでまだ治りきらないものがあると知らせているのかもしれない。
ひとは、起きている間、たくさんの事を無かった事にして生きている。
治せない痛み
目を背けたい恐れ
精神のひび割れ
無意識のざわめき
怒り、傷、悔しさ、欲望
凍てつく孤独
理性はそれらを包むようにふわっと蓋をしている。
だけど眠るとその蓋は開かれてしまう。
だから、目を覚ました時に記憶している夢の断片は、
内側の地層に触れるための大切な手がかりでもあるんだ。
題 夢の断片
誰かが決めた声高な願いを、
口先だけで揃えさせられる教室。
「翼が欲しい」
その一節は、私には宿らない。
この足は、泥に触れている方が静かに根を下ろせる。
地を離れたいと思えないのは私だけじゃないだろう。
飛ぶという比喩が示す自由や希望は、
あまりにも短絡的で乱暴だ。
どうせ、ひとの道なんて
脳が発達した動物が故の“長い生の持て余し”に過ぎない。
行き先なんて無くても本当は構わないんだ。
未来は進む先のどこかじゃなくて、
形を変えながらも息づいてゆく想いそのものだと思うから。
「誰も幸せになれないよ」
そんな声が、胸の奥をかすめても
簡単には沈まない恋もあるだろう。
制度が人を区画に分け、肩書きが必要とされていても、
どの枠にも収まりきれない熱もあるだろう。
だれもがその鉄を熱いうちに打てるわけじゃない。
現実は確かに重い。
だから、
火を焚けないなら、小さな炉でできる範囲を探す。
誰もが巨大な鉄塊を打ち鳴らす必要はない。
細い針金だって、指先で曲げるだけで形は変わる。
そして、鉄を持たない事は欠落でもない。
公の仕組みや学校は、
「目立つ」「結果が出る」「他人と比べて優れている」
そういうフィルターで才能を探してしまう。
――だから皆たいせつなことを簡単に忘れる。
本当の才能ってもっと静かで、
対価も与えられずに日常の中に埋もれてるんだ。
たとえば、
人の話をじっくり聞けること。
空気を読んでそっと動けること。
ひとつのことを長く続けられること。
傷ついても、誰かを責めずに飲み込めること。
そういうものこそ本当は世界を柔らかくしている。
誇るべきだし侮るべきじゃない。
飛ばなくたっていい。
たとえ塞ぐときが長く続いても構わない。
自分の可動域を掴もうとすること
その過程こそが希望そのものなんだって信じてるよ。
題 見えない未来へ