わたしは、春に生まれた。
掌をひねったような若葉が、
まだ薄膜のように透けていた頃、
風はやさしくて、世界の匂いは水に似ていた。
夏が来ると、葉の緑は濃くなり、
太陽の光を飲み込むたび、
体の奥に“熱”が沈んでいった。
その熱は、まだ名を持たない。
いつか色になる前の、静かな胎動だった。
そして――秋。
ある朝、空気がひやりと変わる。
その一瞬を、わたしは今でも忘れない。
葉の裏側を流れる細い細い道が、
まるで呼び覚まされたみたいにざわめいて、
緑がほどけ、光が内側から滲み出してくる。
最初に赤くなったのは、
いちばん高い枝の、いちばん日を浴びた葉だった。
その葉が赤へ変わったとき、
わたしは思った――
ああ、これは“疼き”だ。
長い季のあいだ溜めてきた熱が、
血潮のように表へ溢れていく疼き。
やがて赤は橙と混ざり、
橙は黄を抱き、
黄はまた赤に縁取られ、
わたしは数万の炎をその身に灯した。
風が吹くたび、
その炎は揺らめき、
“色の音”が細かく鳴った。
ちり、ちり、と、誰にも聞こえない微かな音で。
それは燃えるのではなく、
自分の中にしまい込んできた季節をひらいていく営みだった。
春の淡さ、夏の熱、雨の重み、
鳥の影、虫の影、
あらゆる記憶が色へと、光へと姿を変える。
わたしの紅葉は、死ではない。
散りゆく瞬間まで、
世界を抱きしめるための「回想」だ。
葉が地へ落ちたときでさえ、
それは“終わり”ではなく、
土に戻ってなお続く呼吸の一部である。
わたしは毎年、紅葉という名の記憶を編み直す。
色のかたちを変えながら、
季節とともに生き、
季節とともに語り続ける。
題 紅の記憶
11/23/2025, 9:17:30 AM