蓼 つづみ

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私は未熟児として生まれ、重度の喘息のため入退院を繰り返し、義務教育をまともに受けてこなかった。
家庭はアルコール依存とモラハラ傾向のある父、
カサンドラ傾向のある母に支配され、情緒的・教育的なネグレクトが常態化していた。

両親の歪んだ倫理観から、漫画も本もテレビも、あらゆる遊びも禁止され、閉鎖的だった。

私に言葉を与えてくれたのは、酒に沈んだ父がギャンブルの景品で持ち帰るCDアルバムたちだった。繰り返し巻き戻しては歌詞カードを開いた。

今も私は語彙力がない。

私の話し方は独特なようで、どうしても、比喩・構造・抽象・ニュアンスの層で話してしまう。すると、しばしば周囲からは「回りくどい」「難しい言い方をやめろ」などと言われて衝突する。

ただ、自分の気持ちを正確に、精密に言い表さずにはいられない衝動だけに取り憑かれ、このアプリで思想文を書き続ける。

10代の頃、私はあの家を出て、ようやく適切な距離を取ることができた。
それは、長く握らされていた時間を手放し、本来の自分の尺度で呼吸できる空間を掴んだということ。
過去を捨てたのではなく、自分の未来を選んだということ。

影はしぶとく消えない。
“記憶の影”は誰の人生にも痕跡として残る。
私は影の支配権を奪い返し、背後に置いた。

「手放す」とは、消すことではなく、正しい場所に返すことだ。

私は、抑圧の継承を終わらせる。

題 手放した時間

11/23/2025, 10:50:18 PM