「大空」
私と貴方は身分も暮らしも違った。
辛そうに、何とか生きる貴方。
そして、何の苦労もなく暮らす私。
少しでも貴方達を救いたくて。
少しでも私と貴方の間を埋めたくて。
私は食事や住処を渡した。
貴方は、貴方達はとても喜んでくれた。
このままずっと、こんな暮らしが続くと思っていた。
でも、ある日突然、私は遠いところに行くことになった。
とても悲しかった。
貴方は見送りに来てくれなかった。
身分が違っても、暮らしが違っても、来てくれると思っていた。
でも、そうはならなかった。
それから暫く遠い国で暮らして、漸く帰ることのできる日が来た。貴方に会えると思うと、とても嬉しくて仕方がなかった。
なのに。
貴方はもう、どこにもいなかった。
飢えと寒さで苦しんでこの世を去ったと聞いたわ。
また会えると信じていたのに。
とても、とても悲しかった。
いつも大空を見上げて、この空の下でいつも繋がっていると信じていたのに、私はただ希望を映し出す鏡を見つめていただけだった。
ごめんなさい。
どうして行ってしまったの?
愛していたのに。
分厚い雲がかかった大空を、今日も私は、見つめている。
「ベルの音」
街にある塔から、高らかなベルの音が聞こえる。
君の帰りを知らせる、ベルの音が聞こえる。
君は僕が、最初で最後の恋をしたひと。
海を溶かしたような瞳も、輝くマホガニー色の髪も、暖かな手のひらも。全てが美しくて、幻の様だった。
そんな君は、身分も違う僕達を大切にしてくれた。
寝床や食事を与えてくれた。
愛を与えてくれた。
幸せだった。
それ以上は望まないつもりだった。
でも。
僕は君が欲しかった。
そんなある日、君はどこか遠い国の王子に見初められて、そのままどこかに行ってしまった。
当たり前だった。みんなはこんな素敵なひとを、放っておく筈がない。それに、君は僕と結ばれるよりも、ずっと幸せな生活を送る方が相応しいことだってわかっていた。
全部わかっていたから、僕は君を見送ることもできなかった。
見送れなくてごめんなさい、なのか、それともそれすら当然なのか。考える必要もない。
悲しくて、君の人生の汚点にはなりたくなくて、気持ちがぐちゃぐちゃで。考えることもできない。
せめて、どこか知らないところで、僕の知らない生活を送ってください。幸せになってください。
君の幸せが永遠に続く限り、僕は君にとって他人でいます。
そう思って、今度は君がこの街を発つことを知らせるベルの音を、僕は黙って聴いていた。
「寂しさ」
「前回までのあらすじ」───────────────
ボクこと公認宇宙管理士:コードネーム「マッドサイエンティスト」はある日、自分の管轄下の宇宙が不自然に縮小している事を発見したので、急遽助手であるニンゲンくんの協力を得て原因を探り始めた!お菓子を食べたりお花を見たりしながら、楽しく研究していたワケだ!
調査の結果、本来であればアーカイブとして専用の部署内に格納されているはずの旧型宇宙管理士が、その身に宇宙を吸収していることが判明した!聞けば、宇宙管理に便利だと思って作った特殊空間内に何故かいた、構造色の髪を持つ少年に会いたくて宇宙ごと自分のものにしたくてそんな事をしたというじゃないか!
それを受けて、直感的に少年を保護・隔離した上で旧型管理士を「眠らせる」ことにした!
……と、一旦この事件が落ち着いたから、ボクはアーカイブを管理する部署に行って状況を確認することにした!そうしたらなんと!ボクが旧型管理士を盗み出したことになっていることが発覚したうえ、アーカイブ化されたボクのきょうだいまでいなくなっていることがわかった!そんなある日、ボクのきょうだいが発見されたと事件を捜査している部署から連絡が入った!ボクらはその場所へと向かうが、なんとそこが旧型管理士の作ったあの空間の内部であることがわかって驚きを隠せない!
……ひとまずなんとか兄を落ち着かせたが、色々と大ダメージを喰らったよ!ボクの右腕は吹き飛んだし、ニンゲンくんにも怪我を負わせてしまった!きょうだいについても、「倫理」を忘れてしまうくらいのデータ削除に苦しめられていたことがわかった。
その時、ニンゲンくんにはボクが生命体ではなく機械であることを正直に話したんだ。「機械だから」って気味悪がられたけれど、ボクがキミを……キミ達宇宙を大切に思っているのは本当だよ?
それからボクは弁護人として、裁判で兄と旧型管理士の命を守ることができた。だが、きょうだいが公認宇宙管理士の資格を再取得できるようになるまであと50年。その間の兄の居場所は宇宙管理機構にはない。だから、ニンゲンくんに、もう一度一緒に暮らそうと伝えた。そして、優しいキミに受け入れてもらえた。
小さな兄を迎えて、改めて日常を送ることになったボク達。しばらくのほほんと暮らしていたが、そんなある日、きょうだいが何やら気になることを言い出したよ?なんでも、父の声を聞いて目覚めたらしい。だが父は10,000年前には亡くなっているから名前を呼ぶはずなどない。一体何が起こっているんだ……?
もしかしたら専用の特殊空間に閉じ込めた構造色の髪の少年なら何かわかるかと思ったが、彼自身もかなり不思議なところがあるものだから真相は不明!
というわけで、ボクはどうにかこうにか兄が目を覚ました原因を知りに彼岸管理部へと「ご案内〜⭐︎」され、彼岸へと進む。
そしてついにボク達の父なる元公認宇宙管理士と再会できたんだ!
……やっぱり家族みんなが揃うと、すごく幸せだね。
そして、構造色の少年の名前と正体が分かったよ。なんと彼は、父が考えた「理想の宇宙管理士」の概念だった。概念を作った本人が亡くなったことと、ボク以外の生きた存在に知られていないことで、彼の性質が不安定だった原因も分かった。
ボクが概念を立派なものに書き換えることで、おそらく彼は長生きするだろうということだ。というわけで、ボクも立派に成長を続けるぞ!
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「ニンゲンしゃん!」「ん?どした?」「なにもないよ!」「そっか。」「えへへ〜!」「かわいい」
「ニンゲンくん!キミは兄を可愛がりすぎだ!ちったぁボクも可愛がったらどうだい?!!」はいはい。かわいいかわいい。
「寂しいなあ!!!」
悪かったって。
「まあいい!許そうじゃないか!」
「それはそうと───」突然呼び鈴が鳴る。
「おや、お客さんのようだよ?ニンゲンくん、出てきたまえ。」
全く心当たりがないが……誰だ?
とりあえず出るか。
「……はい。」
「ニンゲンさん、お久しぶりです。覚えておられますか?⬛︎⬛︎達を造った者です。」
あー、えーっと……「おとーしゃん!」
「おとーしゃんだ!!」
「お父さん?!公認彼岸管理士の試験に受かったの?!!」
「そうd「おとーしゃん!おとーしゃん!!」
「⬜︎⬜︎、ちょっと静かに。」「むー!」
「久しぶりだね。ふたりとも元気そうで何よりだ。」
「へへっ!」「げんきだよー!」
「ニンゲンさん。いつもこの子達がお世話になっております。これ、もしよければどうぞ。」
そう言って何かを手渡してきた。
これは……「賽の河原まんじゅう」……?
えーと、あのー……。「どうかしましたか?」
「まあ、気になるよね……。」「気になる……とは?」
「あぁ、賞味期限ですか?」「んなわけないでしょ、お父さん!」「これ、食べても大丈夫なの?!」「当たり前だろう?」
「なんと言うか……黄泉竈食ひにならないか心配だよ!」
よもつへぐい……ってなんだ?
まああの世のものを食べるのは怖いから……。
「食べるか食べないかは好きにすればいいよ。」
「……にしても、⬛︎⬛︎はこの宇宙を大事にしているんだね。」
「え、ま、そりゃあ?」
「だってこの宇宙は───「ちょっとそこまでにして!」
え、この宇宙がなんて……?「なんでもないよ!」
「ふふっ。これでもっと寂しくなくなるね!」
「ボクね、正直いうと、この一万年間ずっと寂しかったんだ。⬜︎⬜︎だけじゃなくお父さんまでいなくなって、ボクはひとりぼっちだった。」
「でも、ふたりとも戻ってきてくれて、ニンゲンくんもいてくれて、ボクはもう寂しくないよ!」
「みんな、ありがとう!」
大好きな家族との時間を取り戻すことができたんだ。
……だから自分は邪魔者かもしれないな。
「ニンゲンくん!」「?」
「一緒にこのおまんじゅうを食べていっぱい話そう!」
……仕方ない。なんてな。
本当は嬉しい。
ありがとう。自分を寂しさから救ってくれて。
……ありがとう。
「冬は一緒に」
今日は特段寒い。住んでいる町の近くでも雪が降っているそうだ。なるほど、雪がふってもおかしくない寒さなわけだ。
なぁ、マッドサイエンティスト。
「ニンゲンくんから話をしてくれるなんて珍しいねえ!!!ボクはとーっても嬉しいよ!!!……で、ご用件は?」
いや、寒いから何かしようじゃないかー、とか言うのかと思ってたけど、何も言ってこないからなんとなく声かけてみただけだ。
「んー。寒いだけじゃあキミに負担がかかるだろう?だから何も言わなかったわけだが、何かしたいことがあったのかい?」
いや、全く。「なんだいそれは……。」
「だが、したいことならあるよ!」
なんだ、あるのかよ。「全く!キミはもう!!」
「ボクはねえ!こたつに入りたいのだよ!」
こたつ?「そう、こたつ!」なるほど……?
「ニンゲンしゃん!」「ん?」「こたちゅ てなあに?」
「こたつは……テーブルに布団がついたみたいなやつ……。」
「てーぶるに、おふとん?」「まあ、そんな感じ。」
「そうそう!冬は一緒にこたつに入るのが醍醐味なのさ!」
「まあボクと⬜︎⬜︎は太陽の熱に直接晒されようと冥王星に1億年放置されようと全くもって問題ないわけだが!」
……それなら、こたついらないんじゃないか?
「イヤだなあニンゲンくん!ボク達は文化を楽しみに来ているのだよ?!キミとの時間を楽しく過ごしたいっていうのに!」
悪かったって。
「へへっ!キミが幸せなら、ボクはそれで大満足さ!」
「ボクもー!ニンゲンしゃんがうれちいの、だいしゅきー!」
「……ありがとう。」
「それじゃあ、こたつ出すか。ふたりも手伝ってくれ。」
「「はーい!」」
こんな日常なら、どれだけ寒くても暖かくいられそう……なんて思いながら、こたつの準備をした。
その後、みんなでこたつから出られなくなったのは言うまでもない。
「とりとめもない話」
「ニンゲンくーん!見てよこれ!」
「りんご!みかん!!美味しいに違いない!!!」
なんだよ急に。
「ボクねえ!みかん狩りに行きたいのだよ!」
「行こう!ね?!いいでしょ?!!」
はいはい。
「ニンゲンしゃーん!ねーねー!」「なになに?」
「おじょに て なに?」「おぞに……?」「お雑煮じゃないかな?」「ん!おじょーに!」
お雑煮っていうのは……。
「ニンゲンくん!この前のトマトさあ!美味しかったよねえ!」「たんぽぽまんはいいこ?おともだち なれるー?」
「ニンゲンくん!」「ニンゲンしゃん!」
……相変わらずみんなやかましい。
でも。こういうとりとめもない話をできるのは、自分にとっても、もしかしたらふたりにとっても幸せなんだろうな。
……いつもありがとう。