「冬のはじまり」
「おちびー。起きるぞー。」「……やー。」
「寝ててもいいけど朝ごはん先食べるからなー?」「やー。」
「じゃあ起きようか。」「むー。」
そうだよな。布団から出たくない気持ちはよくわかる。
冬がもうすぐそこまで来ているんだ。
「あれ、珍しいね!⬜︎⬜︎が起きてこないなんて。」
「出たくないんだとよ。」「寒いからかな?」「多分。」
「それじゃあ、あれしようか!」「何?」
「あれだよあれ!全くキミは察しが悪いねえ!」
……今日も今日とてむかつくな。
「おしくらまんじゅう!」
おしくらまんじゅう?あぁ、子どもがやってるあれか。
「おちくらまんじゅ?」「あ、やっと出てきた!」
「というか」「なんだい?」
「おしくらまんじゅうって、もっと大勢でするもんじゃないのか?」「細かいことは気にしなくても大丈夫さ!」「あと」「まだあるのかい?!」「ある。」
「こんなちっちゃい子を混ぜて大丈夫なのか?力負けしそうなんだけど。」
「それ言っちゃあ、本来の物理法則を適用すればおしくらまんじゅうをした日にはキミなんて宇宙の果てまで吹っ飛ぶよ?」
「怖。」
「それじゃあ、始めようか!」
「おしくらまんじゅうおされてなくなー!」
「きゃー!えへへ!」
「おしくらまんじゅう!」「おしゃれて!」「なくな!」
……なんか、あったかい。
こんなことすること、いつの間にかなくなってた。
久しぶりにすることで初めてそれに気づく。
「ニンゲンしゃ、あったかいねー!」「うん。あったかい。」
「さてさて、ちょっといい運動(?)も終わったことだから!朝ごはんを食べようか!今日はたくさん作ったんだ〜!」
今日も朝から賑やかだ。
いい一日になりそう、かも。
「終わらせないで」
私はあなたを置いていってしまった。
遠い場所まで、あなたのもとにもう二度と戻れないほど遠い場所まで来てしまった。
あいつは死んじまった。
ケンカして家を出ていったその先で事故に遭った。
俺のせいで、あいつを死なせることになった。
ごめんなさい。私がつまらない意地を張ったせいでこんなことになってしまったの。
悪かった。ごめん。あんな酷い言い方しなくてもよかったのに。
私のせいで。
俺のせいで。
取り返しのつかないことになってしまった。
だけど、どうかお願い。
あなたの命を、こんなところで終わらせないで。
あなたにはこれからがあるのよ。後追いなんてやめて!
だから、ケジメをつけないとな。
自分の命を持って、あいつの命の責任を取らないと。
お願い。未来を生きてちょうだい?
……あいつに会いたいっていうのが本音だけど。
あなたにはずっと生きていて欲しいの。だからおねがい───
原因を作った俺が長生きなんかする資格はない。だから───
もっと生きて!
もう死ぬよ。
「愛情」
「ニンゲンしゃん!」「だいしゅきだよー!」
この小さな機械は自分に向かってよくこう言う。
嬉しいと同時に、なんで出会ってそう長くない誰かをそんなふうに思えるのか不思議でたまらなかった。
だからつい、聞いてしまった。
「なんで好きなんだ?」
「だってねー、だっこちてくれるからー!」
「それだけ?」「んーん。」
「えとねー、ごはんたべたりねー、おちゃべりちたりねー、いぱーいたのちいから!かわいいて褒めてくれるから!」
「もし、抱っこもせず、楽しいこともしなかったら?可愛いって褒めなかったらどう?それでも好き?」
「だいしゅきだよ?なでしょなことゆーの?」
「……ごめん。ちょっと気になっただけだよ。」「んー。」
「ね、ニンゲンしゃん!ニンゲンしゃんはボクのこと、しゅき?」「……うん、好きだよ。」「だいしゅきていってよー!」「大好きだよ。」「やたー!」
……好きってなんなんだろうな。いまだにわからない。
勝手に期待するだけして、勝手に失望したら嫌いになる。
それをただ繰り返すだけなのに。
「ニンゲンしゃんがいぢわるでもねー、ボク、ニンゲンしゃんだいしゅきだよ?」「……なんで?」「だってねー、⬛︎⬛︎ちゃんのおともだちだから!」「だいじなこの、おともだちだからー!」
……そうか。この子は目一杯愛情を注がれて、大好きな家族がそばにいて、猜疑心を持つ必要もなく暮らしてきたんだ。これ以上ないくらいに純粋なこどもだから、自分のことを好きだと言った。
可愛い。羨ましい。自分だってこんな風になりたかった。
なんで自分はこんなこと考えてるんだ。
ただ今すべきなのはこの子の気持ちを純粋に受け止めること。
それだけなのに。
「変な奴に騙されちゃ駄目だぞ?」「んー?……ん!」
「ニンゲンしゃ、おなやみ?」「え、いや……?」
「しょーなの?よかったー。」「ぎゅー。」「??」
「むずかちいおかおだったからぎゅーちたの!」
「よしよし。ありがとう。お兄ちゃんはかわいいな。」
「かわい?やたー!」「ニンゲンしゃんもかわいーよ!」
「もいっかい!あいじょーいぱーいのぎゅー!」
あったかい。かわいい。……なんだか心が満たされていく。
「じゃー、いっちょにおひるねちようねー!」「はいはい。」
こんな日がいつまでも続けばいい。
そう思って、自分と小さな機械はひとときの眠りについた。
「微熱」
久しぶりに風邪を引いた。
あたまがいたい。からだがいたい。
あついのかさむいのか、それすらもわからない。
微熱に酔っ払ったみたいに踊ってみる。
せかいがぐるぐるまわる。
家具まで踊り出す。
微熱に酔っ払ったみたいに歌ってみる。
わたしのうたごえがわんわんひびく。
つられてピアノも歌い出す。
微熱に酔っ払ったみたいに笑ってみる。
わたしのわらいごえがくうきをつきぬける。
空気が赤くなった気がする。
微熱に酔っ払ったみたいに泣いてもみる。
わたしのなみだがおはなにふりそそぐ。
花が涙色に染まる。
微熱に酔っ払ったみたいにベッドに寝転がる。
あつくてけりあげたふとんがすなになる。
部屋が砂漠になる。
微熱は私を酔わせて弱らせて。
風邪の原因よ。
あなたはだれなの?
どうしてわたしをよわせるの?
どうしてわたしをよわらせるの?
酔って弱って、たのしいたのしい。
意味もなくまた笑う。
からから、笑い声が空虚に響く。
部屋は静かになった。
ああ、怖い怖い。
わたしはこのまましんでしまうのかしら。
ちゃんとてんごくへいけるのかしら。
私は生きたいのかしら。
それとも逝きたいのかしら。
だんだんへやとわたしのさかいめがぼやぼやしていく。
なのにまぶたもカーテンもとじない。
まるであめざいくでかためられているかのように。
ああ、すきまかぜがきもちいい。
つめたいみずがほしい。
ぎゅっとだきしめられたい。
風邪を引いた私を、愛してほしい。
どうかおねがい。
愛して。
「太陽の下で」
外は寒いが陽の光はあたたかい。
こんな時には洗濯物が比較的よく乾く。
今日は悪い日じゃないか───「おしゅわり。」「……?」
「なに?」「おひじゃ、かちて?」「ニャー」
なんか小さいのがやってきた。どうやら膝に座りたいらしい。
「ひなたぼっこ!いいでちょ〜?」
嬉しそうに膝の上に座ってくる。ついでに子猫もじゃれついてきた。「ねね、ニンゲンしゃん!」「おひしゃま、あったかいね!」「そうだな。よく晴れてていいな。」「んー!」
部屋の中とはいえ、太陽の下で、ふわふわで小さな子どもと子猫と一緒に日向ぼっこ……。知らないうちに眠くなってきた。
ふかふかのカーペットに、もちもちふわふわで温かい子ども、そして知らないうちに丸まっていた子猫。柔らかいもの達に囲まれているせいか、もう眠ってしまいそうだ。
小さなこの子の頭を危うく枕がわりにしそうになってハッと目が覚める。顔を覗き込む。眠っているようだ。
こういう他愛もない時間が、しあわせと呼ばれるものなのかもしれない。そんなことを思っているうちに、足が痺れてきてしまった。でも動けない。どうしたものか……。
「随分とおくつろぎのようだねえ。」
小声で眠る子どもの弟が話しかけてきた。
まあ、そうなんだけど、足が痺れてるのに動けないというか。
ちょっと場所変わってくれよ。
「いいけど、キミはもう日向ぼっこをしなくていいのかい?」
まあ、もう満足したからいいよ。
「そんなこと言わずに!ボクの隣に座ればいいじゃないか!」
「ほら、ここ!冬が近づいて日が低くなってきたから広く長く日向ぼっこが楽しめるのさ!」なるほど。
「今日はいつもより、ちょっとのんびり過ごそうよ!」
その言葉を聞いてから少し経った頃には、もう全員眠ってしまっていた。
こんな日も悪くないな、なんて。