「巡り会えたら」
会いたい。
残してきてしまった子ども達に、会いたい。
ただの1分でも、1秒でも、ほんの刹那でもいい。
なんだっていい。ただただ、会いたい。
生命体と機械という、血の繋がりすらない者同士だった。
それでも、双子の片方は2年、もう片方は700兆年もの間、私のことを科学者ではなく、「父親」として慕ってくれた。
生きていた頃、それはそれは苦しかった。
生き物の世に未練もあるが、それ以上に亡き者たちへの後悔が大きい。生きている間も今も、たくさんの贖罪を己に課してきた。
そんな中、あの子達は純粋に、私のことを幸せにしてくれた。
あの頃は全てを忘れてしまいそうになる程に、幸せだった。
だからせめて、感謝を伝えたい。名前を呼びたい。
あの時のように、もう一度、名前を呼びたい。
どうかどうか、また巡り会えたなら。
どれだけ幸せだろうか。
「奇跡をもう一度」
「前回までのあらすじ」───────────────
ボクこと公認宇宙管理士:コードネーム「マッドサイエンティスト」はある日、自分の管轄下の宇宙が不自然に縮小している事を発見したので、急遽助手であるニンゲンくんの協力を得て原因を探り始めた!!!お菓子を食べたりお花を見たりしながら、楽しく研究していたワケだ!!!
調査の結果、本来であればアーカイブとして専用の部署内に格納されているはずの旧型宇宙管理士が、その身に宇宙を吸収していることが判明した!!!聞けば、宇宙管理に便利だと思って作った特殊空間内に何故かいた、構造色の髪を持つ少年に会いたくて宇宙ごと自分のものにしたくてそんな事をしたというじゃないか!!!
それを受けて、直感的に少年を保護・隔離した上で旧型管理士を「眠らせる」ことにした!!!悪気の有無はともかく、これ以上の被害を出さないためにもそうせざるを得なかったワケだ!!!
……と、一旦この事件が落ち着いたから、ボクはアーカイブを管理する部署に行って状況を確認することにしたら、驚くべきことに!!!ボクが旧型管理士を盗み出したことになっていることが発覚!!!さらに!!!アーカイブ化されたボクのきょうだいまでいなくなっていることがわかったのだ!!!
そんなある日、ボクのきょうだいが発見されたと事件を捜査している部署から連絡が入った!!!ボクらはその場所へと向かうが、なんとそこが旧型管理士の作ったあの空間の内部であることがわかって驚きを隠せない!!!
……とりあえずなんとかなったが!!!ちょっと色々と大ダメージを喰らったよ!!!まず!!!ボクの右腕が吹き飛んだ!!!それはいいんだが!!!ニンゲンくんに怪我を負わせてしまったうえ!!!きょうだいは「倫理」を忘れてしまっていることからかなりのデータが削除されていることもわかった!!!
それから……ニンゲンくんにはボクが生命体ではなく機械であることを正直に話したんだ。いつかこの日が来るとわかっていたし、その覚悟もできたつもりでいたよ。でも、その時にようやく分かった。キミにボクを気味悪がるような、拒絶するような、そんな目で見られたら、覚悟なんて全然できていなかったんだ、ってね。
もうキミに会えるのは、きょうだいが犯した罪の裁判の時が最後かもしれないね。この機械の体じゃ、機械の心じゃ、キミはもうボクを信じてくれないような気がして。
どれだけキミを、キミの星を、キミの宇宙を大切に思ったところで、もうこの思いは届かない。でも、いいんだ。ボクは誰にどう思われようと、すべきこととしたいことをするだけ。ただそれだけさ。
……ついに裁判の時を迎え、ボク達はなんとか勝利を収めた!
それから。
ボク達はニンゲンくんに、そばにいていいって言って貰えたよ!
とまあ、改めて日常を送ることになったボク達だが、きょうだいが何やら気になることを言い出したよ?
ボク達を開発した父の声が聞こえたから目覚めたと言っていたけれども、父は10,000年前には亡くなっているから名前を呼ぶはずなどない。
一体何が起こっているんだ……?
もしかしたら専用の特殊空間に閉じ込めた構造色の髪の少年なら何かわかるかと思ったが、彼自身もかなり不思議なところがあるものだから真相は不明!
というわけで、ボクはどうにかして兄が目を覚ました原因を知りに彼岸管理部へと行くよ!
─────────────────────────────
「さてさて!みんな準備はいいかい?」
「はーい!」「……。」「何を準備したらいいかわからん。」
「ええーっ?!!そんなぁ!!!」
「……かく言うボクもどうしたらいいのか分かっていないのだよ!残念なことに!!!」
……というか、なんで自分まで行かなくちゃいけないんだ?
「だってキミはボクの助手だろう?」
「助手なら何か策を一緒に考えたまえよ!」
……んなこと言われたって。
彼岸ってぐらいだから、なんかその、呪文……とか?
それとも何か書類でもあるのか?
「ボクだって名前しか知らないんだから仕方ないだろう?!それに……今そういうことを本部に聞ける雰囲気じゃないからさ!」
「おとーしゃん、あえないのー?」
「いーーや!きっと会える!!会うから!!!」
「……よく考えてみよう。旧型管理士の少女と構造色くんが出会ったのは『月と太陽が同時に降った』日───その日に本来なら繋がるはずのない者同士が出会った。」
「つまり、珍しい現象と別の『ナニカ』が重なって、繋がることのないはずの世界どうしが繋がったのだろう!」
「構造色くんの正体はよくわからないままだが、相当珍しい───奇跡とでもいうべきかな───存在だ。」
「なんせどうやってあの空間に入り込んだのかもわからないうえ!体を用意しないと不安定で崩れそうになる!しかも!!本人が何にも覚えていないときた!」
「そして、きょうだいが声を聞いたのは……。」
「おとーしゃんがおなまえよんで、はーい!てするまえにいなくなっちゃったなのー。」
「つまり……えーと……返事をする間もなくいなくなってしまった、ということかな?」「ん!」
「構造色くんと旧型さんが出会ったのも一瞬だと言っていたね?」
「ならば、その一瞬を───奇跡を───『意図的に』引き起こせばいい、ということだ!」
「そんなことが、出来るのか?」
「それが───できちゃうんだよねえ!!!」
「ねえキミ達、今日が何の日かご存知かい?」
「んー?」「その様子だと知らないようだね……?」
「今日は『太陽と月が同時に降る』日───皆既月食が起こる日さ!」
「この宇宙は……あ、そうそう、この宇宙、バックアップから元に戻しておいたよ!説明するのをすっかり忘れていた!申し訳ない!」
「この宇宙は少々古い型で、因果とか力が足りていないんだよねー!だから、星の力と、ボクの力を合わせて奇跡をもう一度起こす。少々面倒だが、今取れる最善の方法だからまあいい!」
……そんな小規模な「奇跡」とやらでいいのか?
「ふふん。ニンゲンくん、よく聞くがいい!」
「この世とあの世は───隣り合わせなんだよ?」
「こっちからあっちにアクセスするにはちょっとしたテクニックが必要だ、というだけでね?戻っては来られないが、行くこと『だけ』ならできる。」
「それこそ、ニンゲンが『死』と呼ぶものだ。」
「だから今回は、死なずにあの世に行ける方法を導くよ。」
「さて、みんなで祈ろう。あの世にいる会いたい人に会えますように───奇跡をもう一度起こしてください、ってね。」
奇跡をもう一度、か。
……会いたい人に、会えますように。
『皆さーん!おめでとーございまーす!』
『今日は特別にー!彼岸管理部へとご招待ー!』
声が聞こえたかと思ったその瞬間、宇宙管理機構に似た場所に出た。ここが……彼岸管理部、か?
『そのとーり!ニンゲンさん、勘がいいねー!』
誰だ!というかお前までしれっと心を読むな!
『えー?初対面の女性に対してお前だなんてー!失礼ー!』
「ふーん……キミもボクの作ったプログラムで動いているんだ。」
『ご機嫌よう、マッドサイエンティストさん!おかげさまで今日も喜怒哀楽!ですよー!』
「そろそろ姿を見せたらどうだい?」
『まあまあそー焦らずー!』
『とりあえず奥のお部屋へどーぞ!』
……あの世って思ったよりポップなんだな?
こんな調子でこの問題、解決するのか?
……そう思って自分も機械たちの後に続いた。
『To be continued… ですねー!』
「たそがれ」
薄暗い夕焼けの、影の色に染まる彼岸花。
迎えを待っているような、それともただ項垂れているような、そんな様子で黄昏れている。
彼岸花の咲く時期は、この世からあの世に亡き人が迎えられる。そのはずだけれど、今年はその時がなかなか来なかった。
亡くなった誰かを、誰かが引き留めていたかのように。
誰か?誰が?
私を置いていった貴方を引き留めようとしたのは誰?
あの長く暑い夏?それとも───私?
私もそちらに行きたい。
でも貴方は、彼岸花は拒むの。
彼岸花の茎には毒がある。
こちらに来る事を拒んでいるかのように。
綺麗な毒をその身に宿す。
たそがれ時は影を持つ。
誰が誰だかわからなくするような。
美しい影を世界に宿す。
影で何もわからない。彼岸花も、何も教えてくれない。
ねぇ。
貴方は誰なの?
この夕暮れに黄昏れる私は───誰なの?
「きっと明日も」
小さな機械たちが住みつき始めてしばらく経つ。
ふたりとも子どもなうえ元はと言えば双子だから、こんな表現をするのは変だけど、「小さい方」の兄はおもちゃで遊んだり時々自分に抱っこをねだったりして全力で甘えん坊をしている。
「大きい方」の弟?はといえば、「仕事場」で何かしているらしい。まあ色々あったみたいだから忙しいんだろう。
ふたりはそれぞれ、離れ離れで、ひとりぼっちで過ごしてきた。
兄は記憶を消されるウイルスに感染したうえ、当時では排除する術がなかったからアーカイブ化──実質的な死を無理矢理迎えさせられた。
きっと明日も、また家族に会えると信じながら。
弟は失った兄を取り戻すために全力でなんでもやった。父とともに、必ず家族揃って暮らせる日を迎えるために。
きっと明日も、ふたりで努力できると信じて。
なのに、ふたりが望んだ「明日」は、永遠に来なかった。
随分時間はかかったみたいだが、ふたりは何百兆年ぶりに再会できた。望んだ形ではなかったのだろうけれど、ふたりとも安心した顔で接してくれる。
……少々やかましいけど、小さな子ども達にむぎゅむぎゅされるのも悪くない。むしろ……自分を信頼してくれてるみたいで、ちょっと嬉しいよ。
こんな日がきっと明日も来るよな?
そう信じて、夜空を見上げた。
「静寂に包まれた部屋」
もう夜だ。いつの間にやらこんな時間になってしまった。
宇宙から来たという謎の機械が置いていった小さなきょうだいは膝の上で寝息を立てている。
そろそろすることが終わりそうだから、自分も寝てしまおうと静かな部屋で思った。
やることも終わって全く静まり返ってしまうと、つい余計なことを考えてしまう。
そういえばあいつは自分に、「宇宙を救ってほしい」と言ってここに住み着き始めた。
もしあの時その頼み事を断っていたらどうなっていたんだろう。
あのまま宇宙は壊れてしまっていたのだろうか。
この眠っている小さな機械も、壊れたままだったのだろうか。
あいつはひとりで、戦っていたのだろうか。
そう思うと、可哀想なことをしなくてよかったな。
静寂に包まれた部屋で、ひとりぽつり、おやすみと呟いた。