「別れ際に」
半年ぐらい前から突然住み着き、しまいにはきょうだいまで連れてきた、いまだに正体がよく分からないひとそっくりの機械。
気が向いたからか自分の世話を焼いてみたり、散歩をしてみたり、「仕事」とやら以外のことも色々している。
本当は生き物なんじゃないか……?
そいつはよく「仕事場」にも出掛ける。
別れ際にはいつも、「それじゃ!」「キミも元気でいてね?」「すぐに帰ってくるからさ!」って言うんだ。
だいたいちゃんと帰ってくるけど、時々思うんだ。
本当に帰ってくるのかな、って。
あいつのしている仕事は、割と危険が伴っているみたいで、この前なんかは右腕が吹き飛んだりもしてて。
そのうち、帰ってこない日が来るのかもしれない気がして。
すごく、すごく不安になるんだ。
小さいきょうだいを置き土産にして、いきなり「後は任せたよ!」なんて言われる日が来るとしたら、そのことを考えただけで恐ろしくなる。
どこかで元気にやってることを祈る日が続いたとしたら、それだけで悲しくなる。
今日は、ちゃんと帰ってくるかな。
元気な「ただいま!」が聞けるかな。
あんたの小さなきょうだいも、帰りを待ってるよ。
もうそろそろ、帰ってきてもいい頃だろ?
ほら、もう。
「通り雨」
淡い空を照らす太陽と、それを遮るいわし雲。
秋らしくなってきたなぁと、萎れた朝顔を見下ろす。
肌に優しいそよ風が吹いたと思ったら通り雨。
自然が作り出す透明のカーテン。
急いでトタンの軒先に駆けて聴く大きな雨音。
大雨と見紛うほどに響く雨音。
それに驚いている間に雨は去ってしまった。
雨後の空には、急に雨を降らせてごめんよ、とでも言いたげに
静かに浮かぶ虹を置いていった。
通り雨も、たまにはいいかもしれない。
「秋🍁」
やあ画面の前のみんな!
ボクだよ!公認宇宙管理士「マッドサイエンティスト」だよ!
今日はキミ達と話がしたくてこの空間を作ったのさ!
いいだろう?夕焼け空にコスモスと紅葉!その上焼き芋とハロウィンまで付いてくる!ついでに分厚い本や芸術品をたんたんまりまり用意したよ!!
「題名」の通り、まさに「秋🍁」って雰囲気を感じられる場所だろう?!えっ、なんか違うって?まあ欲張り過ぎたのは確かさ!
でもたまにはこういうのもいいじゃないか!
ほら、焼き芋が出来上がったよ!火傷に気をつけて食べてね!
ところで───「⬛︎⬛︎ちゃん、なにちてるのー?」
こらこら、いきなり入ってきちゃダメだろう?!
それから!勝手に「人間」さんの膝に乗らないの!
「だめー?」
少し重いかもしれないが、許してあげてくれないかい……?
この子、寂しがり屋なんだよ。
「えへへー!」
……申し訳ない。こらー!人の膝の上でくつろがない!
「むー!おこりんぼー!」
せっかくの秋なのに、騒がしくしてしまったね。
「ニンゲンしゃんのおひざ、あったかーい!」
急に来たと思ったらもううとうとと……。
さて、兄も寝てしまったことだから、話をしようじゃないか!
もうそろそろ10月だというのにまだ暑いね。
キミの暮らす場所はどうだい?
へぇ、なるほど。くれぐれも熱中症には気をつけてね!
ボクがここに来たのは今年の2月だから、直接秋を迎えたことがないんだよ。データとして「秋」を知っているのは事実だが、本物の秋には触れたことがない。
秋っていうのは素敵な季節だと聞いたよ!
食欲の秋、芸術の秋、読書の秋……。
人それぞれに、楽しみたいものを楽しむのにうってつけな季節、だね?
ボクも秋を満喫したいものだ!
宇宙を愛する秋!とか桜餅を食べる秋!とか?!
……誰だい?!いつも通りだって言ったのは!!
……どうしてそれが「いつも通り」だと知っているんだい?
「人間」のみんな。
キミはボク達のどこからどこまでを知っているんだ?
別にボク達の上位存在がいたところで驚かないよ。
創る/創られる、見る/見られる関係には慣れたものだ。
例えば、ボクと「ニンゲンくん」のように、ね?
……いやあ、冗談だよ?!!
いるかどうかもわからない「キミ達」を、少々驚かせるにはどうしたらいいかを考えてみたのさ!!!
エイプリル・フールの秋なんてどうかなあと思ってね?!!
それじゃあただの嘘つきだね!!!
申し訳ない!!!
それじゃあニンゲンのみんな!!!
よい秋を!
「窓から見える景色」
早朝。草木と小鳥が目を覚まして小さな囁き声をあげる。
そしてそのあと、藍色に染まった街が赤と白のライトをちかちかさせて動き出す。
朝。ようやっとひとびとが目覚める。
楽しそうに散歩する犬。のんびりうとうとする猫。
食べ物を得ようとゴミ袋を啄くカラスと、それを追い払うひと。
昼。みんな活発に過ごす時間のはずなのに、静けさが漂う。
黙って微笑んだままのパンジー。風に揺られる百日紅。
日の光からひとびとを守る日傘の花。
夕方。あれだけ元気だった太陽は街を赤く染めて、世界で一番大きな影を連れてくる。夕焼け雲を見つめているうちに公園で遊ぶ子どもたちの声が少しずつ遠くなって、夜が来た。
夜。どこからともなくカレーの香りがする風。
少しずつ消えていく窓から透ける明かり。
どこかで聞こえる猫の喧嘩と渡り鳥の鳴き声。
深夜。みんな眠った後の、自分だけの時間。
自分だけの時間と言いながら窓の外を見て、仲間探しをする。
たとえひとりだったとしても、孤独ではないとわかって安心する。
窓から見えるのは、たったそれだけの景色。
だけれど、そこにひとびとの、街の全てが詰まっている。
世界はテセウスの船だから、この景色もきっといつか見られなくなってしまう。街と一緒に、私の心も入れ替わっていく。
窓の外に見えるのは、今しか見られない風景画。
「形の無いもの」
「前回までのあらすじ」───────────────
ボクこと公認宇宙管理士:コードネーム「マッドサイエンティスト」はある日、自分の管轄下の宇宙が不自然に縮小している事を発見したので、急遽助手であるニンゲンくんの協力を得て原因を探り始めた!!!お菓子を食べたりお花を見たりしながら、楽しく研究していたワケだ!!!
調査の結果、本来であればアーカイブとして専用の部署内に格納されているはずの旧型宇宙管理士が、その身に宇宙を吸収していることが判明した!!!聞けば、宇宙管理に便利だと思って作った特殊空間内に何故かいた、構造色の髪を持つ少年に会いたくて宇宙ごと自分のものにしたくてそんな事をしたというじゃないか!!!
それを受けて、直感的に少年を保護・隔離した上で旧型管理士を「眠らせる」ことにした!!!悪気の有無はともかく、これ以上の被害を出さないためにもそうせざるを得なかったワケだ!!!
……と、一旦この事件が落ち着いたから、ボクはアーカイブを管理する部署に行って状況を確認することにしたら、驚くべきことに!!!ボクが旧型管理士を盗み出したことになっていることが発覚!!!さらに!!!アーカイブ化されたボクのきょうだいまでいなくなっていることがわかったのだ!!!
そんなある日、ボクのきょうだいが発見されたと事件を捜査している部署から連絡が入った!!!ボクらはその場所へと向かうが、なんとそこが旧型管理士の作ったあの空間の内部であることがわかって驚きを隠せない!!!
……とりあえずなんとかなったが!!!ちょっと色々と大ダメージを喰らったよ!!!まず!!!ボクの右腕が吹き飛んだ!!!それはいいんだが!!!ニンゲンくんに怪我を負わせてしまったうえ!!!きょうだいは「倫理」を忘れてしまっていることからかなりのデータが削除されていることもわかった!!!
それから……ニンゲンくんにはボクが生命体ではなく機械であることを正直に話したんだ。いつかこの日が来るとわかっていたし、その覚悟もできたつもりでいたよ。でも、その時にようやく分かった。キミにボクを気味悪がるような、拒絶するような、そんな目で見られたら、覚悟なんて全然できていなかったんだ、ってね。
もうキミに会えるのは、きょうだいが犯した罪の裁判の時が最後かもしれないね。この機械の体じゃ、機械の心じゃ、キミはもうボクを信じてくれないような気がして。
どれだけキミを、キミの星を、キミの宇宙を大切に思ったところで、もうこの思いは届かない。でも、いいんだ。ボクは誰にどう思われようと、すべきこととしたいことをするだけ。ただそれだけさ。
……ついに裁判の時を迎え、ボク達はなんとか勝利を収めた!
それから。
ボク達はニンゲンくんに、そばにいていいって言って貰えたよ!
とまあ、改めて日常を送ることになったボク達だが、きょうだいが何やら気になることを言い出したよ?
ボク達を開発した父の声が聞こえたから目覚めたと言っていたけれども、父は10,000年前には亡くなっているから父が名前を呼ぶはずなどない。
一体何が起こっているんだ……?
─────────────────────────────
「じゃんぐるじむ!たのちいー!」
無邪気な笑い声をあげてジャングルジムで遊ぶ小さな兄。
この機械が目を覚ました原因は父の声らしい。
亡くなったひとの声が、よりにもよってアーカイブ済みのきょうだいのところで聞こえる?
父の声のせいで、父の声のおかげできょうだいは目を覚ますことができたが、こんなに都合のいい謎現象が起こるものなのだろうか。
まさかアーカイブ管理室か、そこに所属する誰かがハッキングでもされたとでもいうのか?
今すぐにでも真実を確かめたいところだが、宇宙管理機構を敵に回してしまった現状を考えると不可能に等しい。
誰にもまともに話を取り合ってもらえないだろうね。
どうにか事象の原因を知る術はないだろうか……。
あ、そうだ!「彼」が参考になるかもしれない!
「⬜︎⬜︎!新しいお友達は欲しい?」「ん!ほちい!」
「んじゃ、早速呼んでみるね!」「わー!」
「おーい!構造色の髪のキミー!起きてるかい?!」
『急に呼ばないで欲しい。びっくりするから。』
「悪かったって!」
『……で、何か用だろうか。』「まあね!」
「ちょっとこのちっちゃい子とお友達になってくれないだろうか?⬜︎⬜︎、ほら、挨拶しようね!」「こんちわーです!」
『……どうも、よろしく。』「んー!」
「そうそう、そこにポータルを作ったから出てきたまえよ!」
『これ、か……。』
「ようこそ!ボク達の拠点へ!」
……ここ、自分の家なんだけど。
「ニンゲンくん、そう怒らないでよ!」
「構造色くん!早速だが聞きたいことがある!!」
(声のボリュームがマシになった気がする……?)
「よくわかったね!さすが正体不明の存在なだけある!」
「えーと……キミはかなり不安定な存在だったから、今はボクの作った器となる機械の内部にいる。だが、特殊空間内部にいたとき、キミはこちらとやりとりをしたね?」
「そこでだ!キミはどうやってこちらとコミュニケーションをとったんだい?」「普通に……機械に触れて……。」
「そんなことは不可能だろう?!」
「だいたいキミは幻のように形の無いもので、そもそも生きているのかそうでないのかも分からない!」
「そんなぼくを、なんで呼んだんだ?」
「ボクはキミの正体を知りたいんだ。生死不明なのにこんなふうに話もできて、物にも触れられる。今は器があるからいとも簡単にそんなことができるが、本来ならありえないことだ。」
「そんなことを言われても、ぼくには何にもできない。」
「まあまあそう自分を卑下するのはやめたまえ!」
「ボクはキミと、ボクのきょうだいが聞いた声の正体を知りたいのだよ!」「……そんなことができるのだろうか?」
「出来るんだなあそれが!!!」
「やっぱり声がデカい」「悪かったって!」
「準備が済み次第行くよ!」
「彼岸管理部に!」
To be continued…