「梅雨」
いつの間にやら、もう6月に入った。
ほんの少し前までツツジやネモフィラ、チューリップが満開だなんて思っていたのに、今や梅雨の時期に差し掛かっている。
「時の流れのなんと早いこと!!!」
「えっ、そんな長い間居候をされているのですぅ……?」
「居候じゃなくて『共・同・生・活』ね!」
いや、居候でt「黙らっしゃい!!!」はい。
「それはそうと!!!そろそろアジサイが綺麗な季節がやってくるよ!!!というわけで早速見に行こうじゃないか!!!」
「あじさい……とは?」
「あぁ、新人くんは来たばかりだからこの宇宙のことはほとんど何にも知らないよねぇ!!!」
「でも安心したまえ!!!ボクのデータを共有するから、それを参考にするといい!!!」
「ありがとうございますぅ!」
「ふむふむ……分かったのですぅ!アジサイというのはこの地域では今頃花を咲かせるのですねぇ!」
「その通り!!!おとなしい植物だから襲われる心配はない!!!しかし、ニンゲンが食べると中毒を起こしてしまうから気をつけたまえよ!!!」
「とにかく!!!百聞は一見にしかずだ!!!データを見るだけじゃ面白くないだろう?!!一緒に観に行こうじゃないか!!!」
逮捕状を出されている身だとは思えない程大胆なのですぅ……。
「時には大胆であることも大事なのさ!」
あんたは「時に」じゃなくて「いつも」大胆だろ。
「それじゃあ出発だ!!!」
ところで、この辺りにアジサイがたくさん見られる場所なんてあったか?全然心当たりがないんだが……。
「山の麓に土砂崩れを防ぐ目的でアジサイが植えられた場所があるようだよ!!!そう遠くはない!!!ほら、歩くよ!!!」
「あのぉ、ちょっと疑問なのですがぁ……。」
「ん???」
「歩かなくても瞬間移動などをすればよいのでは……?」
「キミ……目の付け所がいいね!!!」
「もちろん!!!瞬間移動でも時間遡行でも、便利なものは使った方が楽だと思うよ!!!」
「だが、あんまりそういうものにニンゲンくんを触れさせてばかりいると、万が一突然ボクらがいなくなった時に相当苦労するだろうと思ってね……ただでも出不精だから。」
へぇ……出不精で悪かったな。
「いやぁ?!!便利な世の中になったからこそ、キミだって出不精でいられるんだ!!!何というべきか、出不精でいられるように文明の利器を駆使している訳だろう?!!」
「出不精なことを悪いことだとはボクは思わないが!!!科学技術の発展に感謝しておいた方がいいと思うよ!!!」
確かに、それはそうかもな。
「それはともかく!!!あくまでボクの方針として!!!この星では、むやみやたらにチョーカガクの力を借りることはしないのさ!!!」
「なるほどなのですぅ!」
「その調子で、気になることがあればどんどん聞いてくれたまえ!!!」
「あ、逆にボクが聞いてもいいかい?!!気になるから!!!」
「はい、なんでしょうぅ?」
「キミ、どうしてボクの居場所が分かったんだい?」
「ここは第712宇宙のバックアップ内だ。バックアップとは名ばかりで、今はこっちが実質本番環境みたいなものとはいえ、そう易々と誰かにアクセスされるようにはしていない。」
「要するに、非常に見つけづらいはずのこの場所を、いとも簡単に発見、そしてアクセスした方法を説明したまえ。」
「えーっとぉ……マッドサイエンティストさんに頂いた桜餅のデータを解析して、どの宇宙のどの辺りで作られたものなのかを突き止めたのですぅ。」
おい。あんたはこんなタイミングで足跡を残しまくったのか。
こんな雑な仕事をボクがするわけない、とか言いながら証拠品をがっつり残してるとか……。ますます疑われるだろ。
「……さすがだね!結果的にキミへのプレゼントが仇となった訳だが!!!よく仕事ができる仲間が出来て、アーカイブ管理士たちも大助かりだねぇ!!!ハハハ!!!」
「一応言っておくが!!!ボクはアーカイブを勝手に持ち出して使用するなんてことはやってないから!!!」
「さて!!!そろそろアジサイが見えてくるはずだ!!!」
やっと山の麓にたどり着いた。土と草のにおいがする。
昨日の夜降った小雨のせいか、じめじめしてぬかるんでいる。
「わわっ!」新任の管理士が足を滑らせる。
足元気をつけるんだぞ。「すみませんですぅ。」
「おや!!!見えるかい?!!あれがアジサイだ!!!」
後輩を置いていくなよ、なんて思いながら目をやった。
紫や青、明け方の空みたいな薄紫、淡いピンクに白と、色とりどりのアジサイが植えられている。
色だけでなく、花びらの大きさやつき方も多種多様だ。
「花びらみたいな部分、実は花びらではなく萼なのですよぉ!」
がく?あぁ、花びらの付け根の部分のアレか。へぇ。
「ねーねー!!!この中にハートの形のアジサイってあると思うかい?!!見つけられたらいいことがあるらしいと聞いたから探したいのだが!!!」
「へぇ!気になるのですぅ!わたしも探すのですぅ!」
仕方ない。探すか。
「お!!!これはどうだろう!!!ハートに近い形に見えるのだが?!!いや……ハートと呼ぶには少々丸っこいか……。」
「なかなか見つからないのですぅ……。」
うーん。何となく思ったが、多分特定の角度から見た時にしかハートっぽくならないんじゃないか?
「そうだね〜……キミの言う通りだと思うよ。……あ!これ!!!」
そう言って指を差した先には、見事なハート型のアジサイがあった。本当にあるのかよ。
「これも写真に撮って保存しておかなくては!!!」
「わぁ!かわいいのですぅ!」
はしゃぐふたりの背中を見つめた。
小さいきょうだいみたいだな。
「ほら、ニンゲンくん!!!キミもちゃんと見たまえ!!!」
「そうですよぉ!せっかく見つかったんですからぁ!」
嬉しそうに笑い合うふたりを見て思った。
この星、というか自分が見ている世界にはもう、喜びも楽しみもないって、そう思ってた。
でも、もしかしたらそれは違うのかもしれない。
無邪気に話をする彼らに対して、何かこう、言い表せない不思議な感情が芽生えてきたんだ。
優しさ?慈悲?母性……はなんか違う気がするが。
とにかく、彼らが見ている世界を守りたい、みたいな感情?
自分にできることなんてたかが知れているだろう。
だが、彼らのためにも、もっと満たされておきたい。
……なんてことを考えていた。
「無垢」
いつも通り朝が来て、いつも通り起きる。
いつも通り自称マッドサイエンティストに挨拶して、いつも通りそいつが作った朝飯を食べる。
ただただありきたりな日常を送っているだけなのに、いつの間にか心が曲がって擦れて汚れる。
ひとの、自分の汚い所ばかり目について嫌になって。
そのうち夢も希望もなくなって。
ただただ日常をやり過ごすだけになる。
それに比べてあんたは、自分よりもずっと長い間宇宙管理の仕事をしているのに、純粋というか、無垢とでも言うべきか。
とにかくまっすぐなままなんだ。
「無垢かあ!!!キミにはボクがそんな風に見えているんだね!!!参考になるよ!!!」
「ボクは宇宙一仕事をしているマッドサイエンティストだ!!!だからいろんなものを見てきたのさ!!!暖かいものも、冷たいものも!!!」
「だからボクはキミの思うような『無垢』な存在とは言えないかもしれないね!!!」
「だが!!!ボクは宇宙を愛して守りたいのさ!!!冷たさにも暖かさを見出し、たとえどれだけ拒絶されたとしても手を差し伸べる!!!そうありたいのだよ!!!」
「ところで無垢といえば、少し前に新任のアーカイブ管理士に会ってね〜!!!まだまだ小さく極めて愛らしい!!!ボクには及ばないが!!!」
「それって、わたしのことですかぁ?」
「そうそう、キミのこと……」
「「え???」」
自称マッドサイエンティストの喉から変な音が出た気がする。
……というかあれは誰なんだ?!お前の知り合いは鍵掛けてるはずなのに勝手に上がってくるやつばっかりじゃないか!
「あああのぉご無礼を働き申し訳ないのですぅ!」
「わたしは新任の公認宇宙管理士ですぅ!アーカイブ管理室に所属しているのですぅ!よろしくおねがいしますですぅ!」
「おやおやおはよう……。さっき会ったばかりだと思うのだが、ボクに何か用かい?」
「はいぃ!あなたに逮捕状が出ているのですぅ!」
「「は?!!」」
お前、何やったんだよ?!逮捕状?!!
「間違いなく濡れ衣だよお!!!」
「えぇ、と……。仮にボクに宛てた逮捕状があったとして、なぜアーカイブ管理士のキミが来たんだい?」
「最後にわたしにお話しされた言葉が変だったから、ですぅ!」
「ボクが話した言葉が?……あっ。」
あってはいけない心当たりがあるのか。
「『急用を思い出したから』っていう言い回しのことだね?」
「さすがマッドサイエンティストさん!大正解なのですぅ!」
「はぁ……全く。」
「アーカイブに不正アクセスして旧宇宙管理士を勝手に持ち出し、罪から逃れようと本部からの逃亡は、流石に看過できない……とのことですぅ。」
お前、そんなことしたのか?
「だから!!!してないって!!!」
「そもそもそんなことをしてボクが得すると思うのかい?!!」
「そんなハイリスクな自作自演など行いたくはないよ!!!」
「新人くん、迅速な対応は評価に値するよ。だが、キミも分かっているはずだ。」
「ボクはやってない!!!や っ て な い ! ! !」
「そうだねぇ……納得がいかない以上、ボクかてそう易々と引き下がるわけにもいかない。とはいえ、このまま放置するのはもっとまずい事になる。」
「よーし!!!ボクも腹を括った!!!」
「新人くん!!!ボクが変なことをしていないことを証明するために!!!ここでボクを見張りたまえ!!!」
「えっ、えぇーっ?!」
「そしてトラブル発生以降のボクの全データをチェックし、本部に転送するといい!!!分かったね?!!」
「よーし……。」
「画面越しにこっちを見ている本部の皆さん!!!今の発言は聞いていたね?!!これから新人くんがボクのことをしーっかり監視する上、データのチェックも行ってくれる!!!」
「この子の初仕事だ!!!暖かく見守りたまえよ!!!」
「う、うわぁーなのです!」
「これでキミも後には引けないね。」
新人……の桜色の髪と深緑の瞳が震えている。気の毒だ。
というか、監視するっていうことは居候がひとり増えるってことだよな……?
本物の無垢と無垢だと思っていた存在を見比べて、これからさらに騒がしくなりそうな生活のことを考えることくらいしかできなかった。
「ごめんね」「終わりなき旅」5/29、30
はぁ……参ったな!!!一体どういうことなんだ?!!ありとあらゆる手段を駆使しているというのに!!!アイツと連絡がつかない!!!
アーカイブ管理室から脱出した旧型の宇宙管理機構の一部のおかげで!!!ボクの管轄内にある宇宙がエラいことになってしまったというのに!!!
こうなったらもう現地に突撃するしかないね!!!
現在のこの場所の時刻は午前1時34分。ニンゲンたちはもうとっくに眠りについている!
彼らを起こさないように静かに突撃しないと、だね。
……キミも、いい夢を見てね。
おやすみ。
夜の挨拶を済ませたボクはアーカイブ管理室に向かった。
01110011 01110000 01100101 01101100 01101100
あれ、おかしいな……アイツの情報が検知されないぞ?!
アーカイブ管理士が他の場所に用事で席を外しっぱなしなんてところは見たことがない!!
……もしかして通達も流せないほどのやらかしをしてクビになったとか??そんなはずはないだろう!
まあとにかく!!誰がいようがいまいがボクはここに用事があるから入るぞ!!!
「こらーー!!!持ち場を離れて何して───あれ???」
……初めて見る顔だな。まるで桜餅をそのまま公認宇宙管理士にしたかの如く可愛い……ボクには及ばないが!
「わぁ、あの、えとぉ……!」
「驚かせて悪いが、単刀直入に聞く!!!」
「とんでもないことをしでかしてくれたのはキミか?!!」
「あ、あのぉ……。」
「ん???」
「あなたがマッドサイエンティストさん、ですかぁ……?」
「そうとも!!!ボクこそコードネーム『マッドサイエンティスト』だ!!!よろしく頼むよ……じゃなくて、まぁいいや。」
「キミの名前は?」
「あ、わたしは『おまじない』といいますぅ。よろしくおねがいするのですぅ!」
「おまじない、か……どうぞよろしく!!!」
「あのぉ……。」
「ん???」
「サイン、頂いてもいいですかぁ……?」
「さいん???あぁ、いいよ???」
「わぁ!ありがとうございます!」
「あと、握手して頂いてもいいですかぁ……?」
「いいよぉ???」
「わぁ〜!!!」
「あの、実はぁ……。」
「なんだい???」
「実はわたし、あなたをすっごく尊敬しているのですぅ!」
「あなたは我々宇宙管理機構の頂点!感情型でありながら生まれてからたった2年で公認宇宙管理士の資格を取得して!おまけに仕事量も一番多い!!」
「よくご存知で!!!」
「それに!いつも笑顔で平和主義!多数のトラブルも現地まで赴いて鮮やかに解決されるのですぅ!!」
「ボクはマッドサイエンティストだからね!!!そのくらいお茶の子さいさいなのだよ!!!」
「まさかキミがボクの大ファンだったなんてね〜!!!まぁ、多分ボクのファンじゃない管理士はいないかなあ!!!ハハハ!!!」
「とにかく!!!さっきは大きな声を出してごめんね!」
「ボクのファンに会えて嬉しい、が……まさかボクをおだてて責任から逃れよう、なんてことは考えていないね……?」
「えぇ?!そんなこと考えてもいないのですぅ!第一、わたしはここに来てからまだ4時間しか経っていないうえ、一緒にお仕事をする方ともお会いしていないのですぅ。」
「ふーん???……てことは、まだ業務内容すら知らないんだよね???」
「はいぃ……。」
「それならますます申し訳ないことをしたね……。悪かった!」
年少者の頭を撫でつつボクは考えた!
まずは引き継ぎができるアイツを───おや???
「おい、マッドサイエンティスト!!アーカイブ管理室への入室許可は得たのか?!」
「キミこそ持ち場を離れて一体何をやっていたんだ?!!」
「今はお前に構っている暇などない!」
「ボクこそ遊びに来たわけじゃないもんね!!!」
「「事件でそれどころじゃない!」!!!」
「えーと、あれ……?」
「事件?何を言っている?お前が犯人だろう?」
「はぁ?!!」
「……でも、なんとな〜く話は分かったよ。」
「どういうことだ?」
「その前に、おまじないくん、彼を紹介しておこう!!!」
「彼はね、アーカイブ管理士の『重い蓋』!ボクよりちょっとだけ後輩!気難しいが真面目でいいヤツだから安心したまえ!!!」
「あ!今日からアーカイブ管理室に所属の『おまじない』なのですぅ!『重い蓋』さん、よろしくおねがいするのですぅ!」
「あ、あぁ。よろしく頼む。」
「おまじないくん、今からのトラブル対応をよく見ておくといい!!!アーカイブ管理室でこういうことは滅多に起こらないが、備えあれば憂いなしだよ!!!」
「はい!」
「よ〜しよし、いいお返事だ!!!」
「では、話を戻そう!!!」
「まずは重い蓋くん、キミの話を聞こう!!!」
「……悪いが今から会議がある。これに目を通して『静かに』待っていてくれないか?」
えぇ〜、でも仕方ないか。
「おまじないくん、こっちに来たまえ!!!レポートのいい見本だよ!!!」
「これは……。」「ふむふむ。」「えっ」「はぁ?!!」
書かれていたことをまとめると、色々と話が噛み合わない理由がわかった。
①数ヶ月前にアーカイブ管理室から旧型の宇宙管理士が行方不明になっていることが発覚
②持ち出された履歴がないことから事件・事故両方の可能性で捜査(この時彼も被疑者の一員として位置付けられ、先程まで外部との接触ができなくなっていた)
③アーカイブ管理室のセキュリティシステムに不正アクセスがあることが発覚
④アクセスログを解析すると、アクセス元がボクであることが判明
⑤現在、コードネーム『マッドサイエンティスト』の公認宇宙管理士を捜索中
「ボクがそんなことをするわけがなかろう?!!」
「わたしもそう思うのですぅ。」
「というかさ!!!仮にボクがこの事件を起こしていたとしてだ!!!後始末が雑すぎる!!!」
「例えばでいうと、」
「今この部屋にはキミとボクがいるだろう?!!」
「ここにこの部屋にいる者のデータがリアルタイムで表示されているんだが、ここをこうすると……。」
「あっ!マッドサイエンティストさんが『いない』ことになっているのですぅ!」
「この通り!!!データの改竄ができる!!!」
「真似しちゃダメだよ?」
「はいっ!」
「他にも!!!ここを書き換えるだけで……。」
「わたしがふたりいることになっているのですぅ?!」
「こういうこともできちゃうのさ!!!」
「念を押すが、真似しないでね?」
「はいぃ!」
「おそらく、犯人はボクをスクラップにするためにこういう技術を使って、あたかもボクが悪いことをしたかのように装った。」
「だが、本物のボクであればログを残すなんていうヘマをするわけがない!!!誰だかわからないが詰めが甘いな!!!」
「それでもイマイチよく理解できないのが、犯人の目的だ!!!」
「むむぅ……。」
「この可愛くて賢いスーパーなマッドサイエンティストたるボクを失うのはどう考えても宇宙にとっての損失だからね!!!」
「その通りなのですぅ。」
「おい!」
「あ、もう会議は終了かい?!!」
「さっきから聞いていれば……全く碌なことを話していない!」
「おまじない……って言ったか?あんた、コイツから変なこと吹き込まれていないだろうな?」
「はい!吹き込まれてません!」
「いい返事だ!!!可愛いねぇ〜!!!ボクの大好きな桜餅をあげちゃう!!!」
「ありがとうございます!大事に飾りますねぇ!」
「美味しいよ〜!!!ほら、食べてごらんよ!!!」
「新人に餌付けするな!」
「はぁ……お前のせいで碌でもない目にあった。」
「悪かったよ!!!」
「でも、キミも分かっているんだろう?」
「ボクがこの事件の犯人じゃない、ってことが。」
「……ああ。お前のやることなすことは好まないが、それを加味してもお前が起こしたことではないのだろうとは正直思っている。」
「……お前はこんな雑な仕事をするやつじゃないからな。」
「ただ、『証拠』がある以上、便宜上とはいえ今でもお前が犯人であるという認識を変えることはできない。そのうちそっちにも捜査が入ることだろう。」
参ったな……。
あの星に拠点を作ってから少ししか経っていないのに……。
ニンゲンくんと一緒に、行きたい所もしたいこともあったんだけどなぁ。
最悪の事態に備えて、情報と「スペア」を更新しなくては。
……いや、この情報の移動も監視されているんだろう。
だから下手なことはできない。
だが!!!ボクはキミのいる星に戻りたいんだ!!!
この事件が解決したら、協力してもらったお礼としてのんびりと終わりなき旅をすると決めているからね!!!
「というわけで!!!急用を思い出したから失礼するよ!!!」
「急に喋るな!」
「ま、また会いましょう!」「あぁ!!!必ずね!!!」
「……嵐のようなやつだ。」
「あっ、あのぉ……?」
「どうした?」
「マッドサイエンティストさんを疑いたくはないのですが……。最後、変な言い回しをされてましたよね?」
「ん?あ、確かにそうだな。」
「『急用』を『思い出した』……?」
「まさかあいつ、本当は事件の犯人だったのか……?」
「こうなったら、こっちも本気を出すしかないな……。」
「おい、おまじない!念のためこのことを本部に伝えてくれ。」
「はいっ!」
「それから……」
「あいつを追跡して確保してくれ。」
「追跡して確保……ですかぁ?!」
「ああ、その通りだ。」
「なるべく早く、下手に傷つけずに頼む。」
「かしこまりましたぁ!」
……あぁあ、引き受けてしまったのですぅ……。
マッドサイエンティストさんが管理する宇宙の数は膨大なうえ、特殊空間も探すとなるとキリがないのですぅ……。
何かいい方法はないのでしょうかぁ……?
い、今はとにかく、本部の皆さんに上手にお伝えしないと!
わたしもお仕事、頑張るのです!
「半袖」
……暑い。あまりの暑さに目が覚めた。時計は6時くらいを示している。……まだ眠いが二度寝するには時間が長いうえ、この暑さだ。
仕方ない、起きるか。立ちあがろうとすると、ふと手に柔らかいものが触れた。何かと思って手元を見遣るとミントグリーンのふわふわしたものがある。
びっ……っくりした!なんであんたがここで寝てるんだよ?!
「ん……今日は早いね〜、おはよう!」
「というか、そんなに驚かなくたっていいじゃないか!!!ちょっとキミのベッドを拝借したくなっただけだよ!!!」
「そういえば、今日は何か用事があるのかい?!!」
いや、あまりにも暑くて起きてしまっただけで用事はない。
……もしかしてあんたがベッドにいたから暑かったのか?
まあいい、とりあえず着替えて朝食でも食べよう。
「う〜む……キミに満足してもらえるような朝ごはんを作りたいものだが……。」
暑くても平気なように、半袖のTシャツをタンスから引っ張り出して着る。何ヶ月か前までは半袖の服なんて寒くて着ていられないと思っていたが、今なら随分と快適だ。
「おや、ちょうどいいタイミングで来たね……おや?!!」
「それ、半袖!!!半袖じゃないか!!!ホンモノは初めて見たよ!!!」
……こんなものを見て喜ぶのか。
この星の外から来た自称マッドサイエンティストの感受性は未だによくわからない。
「いーなー!!!ボクも半袖の服を着たいものだよ!!!」
「さて!!!今日の朝ごはんは夏野菜をたっぷり使ったサンドイッチだよ!!!夏野菜には火照った体を冷やす効果があるのさ!!!今のキミにぴったりだね!!!」
いただきます。……うん、美味い。
感受性はよくわからないのに味覚は自分に相当合っている。
一体どういうことなのだろうか。不思議でたまらない。
「驚くことなかれ……ボクはキミの味覚を熟知し、それに最適化した食べ物をお出ししているのだよ!なるほど、それはそれは美味なものばかりなわけだ!!!」
なるほど……ちょっと怖……。
「ねー、せっかく早起きしたんだからさ!!!ボクが着られる半袖の服を買いに行こうよ!!!キミがいなけりゃボクがこの星で何にもできないのは知っての通りだろう?!!」
頼むよー!!!なんて言いながらあんたは頭を下げる。
やれやれ、仕方ない。半袖を買いに行くか。
「やったー!!!」
とはいえ、服屋が開くまでにまだしばらく時間がある。
それまでの間、どういう服が欲しいのか聞いておこうか。
「そうだねー……ボクは桜の柄のTシャツが欲しいなぁー!」
日本かぶれの観光客みたいなチョイスだな。
あんまり売ってないと思うぞ。
「む〜……難しいね!!ねー、良い感性をお持ちのキミよ!!!」
「ボクに似合いそうな服を選んでくれたまえ!!!」
実際に見てみないとどれが似合うかなんてわからない。
「選ぶ楽しみがいっぱいというわけだね!!!」
「店に行くまでのお楽しみにしておくよ!!!」
……そう言われても、服のことは正直何にもわからない。流行りとか、パーソナルカラーとか、何にも把握してない。
でも、あんたは可愛い見た目だからなんでも似合うんだろうな。
だから、服選びはちょっと楽しみだよ。
……なんてことを考えながら、朝日が高く昇るのを待った。
「天国と地獄」
ここは黄泉の国……ではなく、不安定なぼくを格納するための空間。
ぼくの体なのか、それとも魂というべきなのかは分からないが、ぼく自身が不安定な状態でも問題なく行動できるようにするための「容れ物」も用意してもらった。
人呼んで「マッドサイエンティスト」の彼(彼女?)に見つけてもらえなければ今頃ぼくはどうなっていたのだろうか。考えるだけでも恐ろしい。
「いやぁ、助かってよかったねぇ!!!さすがボクだ!!!」
……このひとは相当自己肯定感が高いな。
「褒め言葉なら素直に受け取るよ!!!」
「そういえば、キミに聞きたいことがあるのだが!!!」
「聞きたいこと?」
「そう!!!聞きたいこと!!!」
「……単刀直入に聞く。キミはどうやってあの空間に入り込んだんだ?」
「そして、なぜあの場所を黄泉の国だと思ったんだい?」
「……正直言って、何も分からないんだ。分からないというか、何も覚えていないと言うか……。」
「ただ、自分が生きている実感が抜け落ちているんだ。」
「ふぅん、なるほど?生きている実感、ねぇ。」
「ただボクが言えるのは、あの空間に微かな生体反応があったのと、壊れたはずの機械からキミが送信したメッセージを受信したことでキミの存在に気づいた───」
「つまり、実感が伴わないかもしれないが、キミは『生きている』のだよ。」
「ただ、キミの言う通り、そして『微かな生体反応』ならびにキミの『魂』の不安定性から分かる通り、キミは生死の境を彷徨っている可能性があるね。」
「黄泉の国、というか生命活動が終了した後の世界のことはなんとな〜く知っているが、生憎専門外だからわからないよ。」
言い終えた後、自称マッドサイエンティストは飲み物を口にして、何かを思いついた様子でこちらを見た。
「ところで、少々興味が湧いたから聞いてみよう。キミにとってあの空間は天国と地獄のどっちだったんだい?それとも、もっと別の世界だったのかい?」
「あくまで『おそらく』だが、我が助手とキミのいた、いや、いるべき星は同じところだ。たとえ違っても非常に似通った、共通点の多い世界である事は確かだろう。」
「そういえばあのニンゲンくんのいる世界では、『実はこの世界が地獄』説、それから派生したジンセイを揶揄する『懲役80年』という言葉があるようだね……はぁ。」
「国や地域によって死後の世界の概念は異なるもの……とはいえ、ボクがアクセスできているんだから、少なくともあの星は死後の世界のものではないよ。」
「話を戻そう。キミはあの空間をどう思った?」
「そうだな……正直言うと、どっちでもなかった。でも、人がいなかったから彼岸の世界だと思った。」
「その通り!あの空間は天国でも地獄でもないからね!それに、このボクお手製の密室なんだからそう易々と誰かに侵入されると困るのだよ!!……まぁキミに入られたんだけど。」
「そうだ!ついでに質問しておこう!」
「キミはもし全てを思い出せたら、自分のいるべき場所に戻りたいかい?」
「正直、よくわからない。」
「……そうか。」
「あくまで公認宇宙管理士としてのボクの意見だが、あるべきものはあるべき場所に収まっているのが理想なのだよ。」
「ただ、唯一懸念すべきことがあるとすれば、『元いた場所に戻る』ことによってその何か自体や周辺に多大な影響を与えないかどうか───」
「キミで例えるなら、完全な状態───つまり少しの欠けもなく記憶が戻り、肉体と魂の結びつきが強固になった状態で、かつていた場所に戻る───ことによる影響の有無、だね。」
「もしかすると、元通りになることでキミが大いに苦しむかもしれない。実際、キミは自分のことを全て忘れているうえ、魂だけで漂っているだろう?」
「あくまでボクの考えに過ぎないのだが、『自分を思い出したくない』『あの場所にはもう戻りたくない』という過去のキミの思いが今のキミに反映されているのかもしれないんだよ。」
「まあ!!!専門外だからわからないけどね!!!」
「……。」
「そうだ!!!そう言うのを取り扱っている部署のヤツらに話を聞きに行こうか!!!きっとキミのことがもっと分かるだろう!!!」
「……。」
「ん、どうしたの???」
……話を聞き疲れたのは初めてかもしれない。
考えるのは後にしてもいいか?
「おっけー!!!好きなだけゆっくりしてくれたまえ!!!」